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恐ろしい魔法

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「フィリエ伯爵に似せようとする一方、母上はどうしてか怠惰な私を望みました。下位の者を蔑み努力をせず気に入らなければ癇癪を起こすしてもいい。私は偉いのだから周囲の者が私が過ごしやすいように努力するべきだと。そして母上が言うことだけが正しいのだと。母上に従う私は良い子で兄上達は悪人なのだと」

 それが王妃様の魔法だったのでしょうか。
 ですが兄弟の仲を悪くして王妃様は何がしたかったのでしょうか。
 王太子殿下は次の陛下となられる方ですし、その方とフィリップ殿下の仲を悪くするのは悪手ではないかと思います。ゾルティーア侯爵家は忠臣と名高い家ですが、それはお父様への評価でありもしもフィリップ殿下が王太子殿下との仲を改善出来ないまま我が家に婿入りしていたとしたら今と同じ関係を築けるとは思えません。
 それは国にとって良くない流れになっていた筈です。

「私が良い子だから、私だけを愛していると」
「そうか」
「どうしてでしょうね。何故なのでしょうね。私は母上から愛されていることだけが自分にとって大切なもので、それだけが私の価値だと信じていたのです。だから、兄上。王太子殿下にいつもそう噛みついていたのです。王太子殿下は母上に愛されていないだろうと。いかに私が母上に愛されているかと自慢して、それで王太子殿下に勝った様な気持ちになっていた」

 フィリップ殿下の告白が私には衝撃でした。
 お兄様を幼いころに亡くしほぼ一人娘として育った私には兄弟がいる感覚はありません。
 従兄達は私に甘く、ケネスでさえ私に甘くて私は従兄達と何かを競ったこともありません。
 ですから兄弟で何かを争う等分かりませんが、フィリップ殿下は王太子殿下と競っていたのでしょう。
 こういう感覚が分からないところが、フィリップ殿下に寄り添えなかった原因なのかもしれません。
 私はそういう意味でエミリアさんに劣っていたのでしょう。
 王妃様の魔法の前に、きっと私がフィリップ殿下を理解出来なかったせいで私達は友達の関係にすらなれなかったのです。

「王太子殿下に、今だけ兄上と呼ばせてください。兄上にどうか私の愚行をお詫びしていたと伝えて下さい。私は本当は兄上になりたかった。尊敬する父上にそっくりな金の髪に青い瞳、そして父上そっくりの堂々としたその姿に本当は私はなりたかった。母上は銀色の髪が良いと緑色の瞳が良いといつも言っていたけれど。茶会や夜会の席で他の兄弟達が揃っていると自分だけが異質なのだと感じてしまい悔しかった。兄上が他の兄弟達に優しく笑う姿を見て、私にも笑いかけて欲しいと思っていたんです」
「そんな事。お前がそんな事を思っていたなど」
「思うのは一瞬です、そう思い悲しむのに、すぐに忘れて母上が言う通り銀色の髪が素晴らしいと思うのです。青色の瞳など汚らしい、母上とフィリエ伯爵と同じ緑の瞳がこの世で一番美しいと思うのです。でも、心の底では私だけが違うのが悲しかった。どうして私だけが違うのだとずっと悲しんでいたのです。母上の魔法が解けて理解出来ました。私の銀の髪や緑の瞳が美しいと思っていたのは母上の魔法のせいだったと。私の思考は、私の思いは母上に支配されていたのだと。本当の私は、兄上達と一緒に剣の稽古をしたかった。馬に一緒に乗って、一緒にダンスの練習をしてみたかった。羨ましかったのです。ずっとずっと羨ましくて仕方が無かったのです」

 フィリップ殿下の言葉は、告白は、誰にとっても衝撃でした。
 誰がそんな事をフィリップ殿下が思っていると気が付いたでしょう。
 そんな風にフィリップ殿下が思い悲しんでいると気が付いたでしょう。
 王太子殿下は右手で顔を覆い深く息を吐きました。
 お父様とお母様は、互いを見つめ合い小さく首を横に振りました。
 私は、私はケネスに助けを求め繋いだ手に力を込めました。
 ケネスの手の温もりだけが私を支えていたのです。

「羨ましい? お前は愚かなままだな。母上に一人だけ膝に抱かれ甘えていたというのに」
「それは。それは」

 第二王子殿下はフィリップ殿下の思いを否定しているのでしょうか。

「外見がなんだ。お前が弟であったのは変わりない。母上が交流を望んでいないと分かっていたから私達は近づこうとしなかったが、お前が私達の愚かで可愛い末の弟だったのは変わらない事実だ。いつかは分かり合う日も来るのかもしれないとそう思っていたんだ」

 ぐにゃりと第二王子殿下の顔が一瞬歪んだ後、すぐに元の顔に戻してフィリップ殿下に見せつける様に銀盆を天に捧げました。

「判決は先程の部屋で行う。それまではここで待て」

 誰にとっても悲しい時間でした。
 フィリップ殿下は一人になった部屋で、力なく床に座り込み天を仰ぎました。

「兄上、一度でいいからあなたに弟だと認めて欲しかった。エミリア、愚かな私のせいで君の人生を歪めてしまった。すまないエミリア」

 フィリップ殿下の声は小さな部屋の中で虚しく響いたのです。 
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