【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
107 / 123

運命の相手、そんなのは嘘なのかもしれない

しおりを挟む
「エミリアは愚かな娘でした。知っていますか? 最初彼女は私が誰なのかすら分かってなかったんですよ。我儘な第三王子として学内で有名だった私を知らなかったんです」

 突然フィリップ殿下はエミリアさんについて語り始めました。
 第二王子殿下はそれを遮らずに聞いています。
 
「彼女の家は王都から遥か遠くに離れた場所に領地を持つ男爵です。田舎者だと馬鹿にされていた彼女は、昼食を一人裏庭の隅で食べていました。目立たぬ場所で隠れる様に食べているその姿がなぜか気になって、私は声を掛けたんです。珍しく私が一人でいた日でした、あの日は確か癇癪を起してフローリアやその他を追い払い一人で裏庭に向かっていたんです」

 フィリップ殿下の言葉を聞いて、私は彼の癖を思い出しました。
 華やかな場が好きな様に見えて、フィリップ殿下はごくたまに一人になろうとされる時がありました。
 今思えばフィリップ殿下は学園で、王太子殿下や他のご兄弟の話を聞いた時、得意な魔法の話になった時、そう王家に関係する何かの話題の後気持ちが不安定になり、私達に当たり散らしていた様に思います。
 そうなった時のフィリップ殿下を宥めることは私には出来ず、そっと距離を置いてフィリップ殿下のお気持ちが静まるのを待つしかありませんでした。
 待つとは言ってもお一人にするわけにはいきません。
 私やフィリップ殿下の取り巻き達は、そっとフィリップ殿下に気が付かれない様に遠くから見守っていました。
 そういう時のフィリップ殿下は、人気のない裏庭や図書館の裏辺りにいらっしゃることが多かったのです。
 エミリアさんと出会ったのもそういう時だったのでしょう。

「一人で食事をしている彼女がなぜか気になって、声を掛けると彼女は嬉しそうに笑って、でも自分といると迷惑が掛かるからとそう言ったんです」
「そんな駆け引きに引っかかったのか」
「駆け引き。そんなものじゃありません。出来の悪い第三王子でも遊びとして声を掛けてくる者達は存在しました。そういう令嬢達とエミリアは違ったんです」

 何が違ったというのでしょうか。
 私とフィリップ殿下の関係は、強制的なものでしかありませんでした。
 将来夫となる人だから、将来妻となる私だから、フィリップ殿下とのどうしようもない溝を埋めるべく努力し続けました。フィリップ殿下はその私を疎ましく感じ、でも婚約者である為に最終的には傍に置くしか出来なかったのです。
 取り巻き達は家の繋がりだけで傍にいるだけでした。
 もし本当に友達なら、フィリップ殿下を思っての関係なら、フィリップ殿下が好き放題しているのを黙って見ていたりしなかったでしょう。
 侯爵家に婿入りする予定のフィリップ殿下には、王太子殿下や第二王子殿下の様な未来の側近候補は存在しませんでしたが、友人と言われる人達は王家が第三王子の側付きとして用意した人達が主なのです。
 第三王子であるフィリップ殿下に悪意を持った者達が近寄ってこない様、害することがない様見守り時には諫める関係であるべき者達は、生徒会役員としても存在していた筈ですが、彼らはその職務を忘れた様にフィリップ殿下に好き放題させていました。

「何度か私はエミリアと昼食をともにし、段々それ以外の時間も一緒に過ごす様になりました。それだけの時間を使った後、やっとエミリアは私が第三王子だと知ったのです。驚きますよね」
「演技ではないのか。学内にいてお前を知らぬものなどおらぬだろう」

 第二王子殿下の疑問は当然でしょう。
 第三王子であるフィリップ殿下は良くも悪くも目立つ存在でした。
 同学年のエミリアさんが、それを知らぬはずがないのです。

「分かりませんが、そのころすでに私はエミリアに惹かれていて、それが演技でもいいと思っていました。どうしてでしょう。エミリアの側では私は楽に息がつけたのです。出来のわるい第三王子でも、優秀な婚約者を虐める不出来な男でもない私を、ただの学生でしかない私を、エミリアが認めてくれていたからなのかもしれません」
「だから運命の相手だと。愚かなことだ」
「愚か、そうですね。運命の相手だと思いましたが、違うのかもしれません。ただの依存か現実逃避、それでしかなかったのかもしれません。そうです私は愚かです。だって私はいつの間にか卒業後にエミリアと過ごす未来を夢見る様になってしまったのですから。あの頃すでにフローリアにとって最悪な婚約者だった私は、より一層悪人となったのです。罪の意識は感じませんでした。母上の魔法によってなのか分かりませんが、フローリアを傷つける自分は心地よかった。婚約者なんて不本意でしかなくて、虐げて良い存在なのだとフローリアを認識していたのですから、罪の意識なんて持つはずも無かった」

 今更ですが、そんな風に言われると婚約していた私が気の毒で、憐れで、そして惨めに思えて仕方なくなります。
 どうして私はフィリップ殿下の婚約者だったのでしょう。
 どうして私はエミリアさんの様になれなかったのでしょう。

 エミリアさんと私は、一体何が違ったのでしょうか。

「エミリアは愚かで馬鹿な女でした。友達がいなくて、毎日学校に通うのが苦痛だけれどでも勉強が楽しいから通っているのだと、そう言いながら笑う顔が可愛くて、いじらしくて、私に愚痴を聞いてくれてありがとうとか言うのが、何故か嬉しかった」

 そんな話をする人はフィリップ殿下の周囲にはいなかったでしょう。
 貴族の子息令嬢は、いいえ、そもそも貴族の誰も彼もは自分の弱みを周囲に見せたりはしません。
 足の引っ張り合いをしている相手に弱みを見せるのは、自分の将来に関わる問題になってしまうからです。
 
「貴族の娘としてはどうしようもないな」
「はい。そう思います。それでもそうやって素直に弱さをさらけ出す彼女が愛おしかった。守ってあげたいとそうおもったのです」

 守ってあげたい。
 そんな言葉がフィリップ殿下から出るとは思いもしませんでした。
 婚約してからフィリップ殿下は私を蔑むことしか言ってこなかったというのに、エミリアさんにはそんな思いを持っていたというのです。

 一体私と彼女の何が違ったのか、私に何が足りなかったのか。
 そう思わずにはいられませんでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命って何ですか?

まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

処理中です...