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運命の相手、そんなのは嘘なのかもしれない

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「エミリアは愚かな娘でした。知っていますか? 最初彼女は私が誰なのかすら分かってなかったんですよ。我儘な第三王子として学内で有名だった私を知らなかったんです」

 突然フィリップ殿下はエミリアさんについて語り始めました。
 第二王子殿下はそれを遮らずに聞いています。
 
「彼女の家は王都から遥か遠くに離れた場所に領地を持つ男爵です。田舎者だと馬鹿にされていた彼女は、昼食を一人裏庭の隅で食べていました。目立たぬ場所で隠れる様に食べているその姿がなぜか気になって、私は声を掛けたんです。珍しく私が一人でいた日でした、あの日は確か癇癪を起してフローリアやその他を追い払い一人で裏庭に向かっていたんです」

 フィリップ殿下の言葉を聞いて、私は彼の癖を思い出しました。
 華やかな場が好きな様に見えて、フィリップ殿下はごくたまに一人になろうとされる時がありました。
 今思えばフィリップ殿下は学園で、王太子殿下や他のご兄弟の話を聞いた時、得意な魔法の話になった時、そう王家に関係する何かの話題の後気持ちが不安定になり、私達に当たり散らしていた様に思います。
 そうなった時のフィリップ殿下を宥めることは私には出来ず、そっと距離を置いてフィリップ殿下のお気持ちが静まるのを待つしかありませんでした。
 待つとは言ってもお一人にするわけにはいきません。
 私やフィリップ殿下の取り巻き達は、そっとフィリップ殿下に気が付かれない様に遠くから見守っていました。
 そういう時のフィリップ殿下は、人気のない裏庭や図書館の裏辺りにいらっしゃることが多かったのです。
 エミリアさんと出会ったのもそういう時だったのでしょう。

「一人で食事をしている彼女がなぜか気になって、声を掛けると彼女は嬉しそうに笑って、でも自分といると迷惑が掛かるからとそう言ったんです」
「そんな駆け引きに引っかかったのか」
「駆け引き。そんなものじゃありません。出来の悪い第三王子でも遊びとして声を掛けてくる者達は存在しました。そういう令嬢達とエミリアは違ったんです」

 何が違ったというのでしょうか。
 私とフィリップ殿下の関係は、強制的なものでしかありませんでした。
 将来夫となる人だから、将来妻となる私だから、フィリップ殿下とのどうしようもない溝を埋めるべく努力し続けました。フィリップ殿下はその私を疎ましく感じ、でも婚約者である為に最終的には傍に置くしか出来なかったのです。
 取り巻き達は家の繋がりだけで傍にいるだけでした。
 もし本当に友達なら、フィリップ殿下を思っての関係なら、フィリップ殿下が好き放題しているのを黙って見ていたりしなかったでしょう。
 侯爵家に婿入りする予定のフィリップ殿下には、王太子殿下や第二王子殿下の様な未来の側近候補は存在しませんでしたが、友人と言われる人達は王家が第三王子の側付きとして用意した人達が主なのです。
 第三王子であるフィリップ殿下に悪意を持った者達が近寄ってこない様、害することがない様見守り時には諫める関係であるべき者達は、生徒会役員としても存在していた筈ですが、彼らはその職務を忘れた様にフィリップ殿下に好き放題させていました。

「何度か私はエミリアと昼食をともにし、段々それ以外の時間も一緒に過ごす様になりました。それだけの時間を使った後、やっとエミリアは私が第三王子だと知ったのです。驚きますよね」
「演技ではないのか。学内にいてお前を知らぬものなどおらぬだろう」

 第二王子殿下の疑問は当然でしょう。
 第三王子であるフィリップ殿下は良くも悪くも目立つ存在でした。
 同学年のエミリアさんが、それを知らぬはずがないのです。

「分かりませんが、そのころすでに私はエミリアに惹かれていて、それが演技でもいいと思っていました。どうしてでしょう。エミリアの側では私は楽に息がつけたのです。出来のわるい第三王子でも、優秀な婚約者を虐める不出来な男でもない私を、ただの学生でしかない私を、エミリアが認めてくれていたからなのかもしれません」
「だから運命の相手だと。愚かなことだ」
「愚か、そうですね。運命の相手だと思いましたが、違うのかもしれません。ただの依存か現実逃避、それでしかなかったのかもしれません。そうです私は愚かです。だって私はいつの間にか卒業後にエミリアと過ごす未来を夢見る様になってしまったのですから。あの頃すでにフローリアにとって最悪な婚約者だった私は、より一層悪人となったのです。罪の意識は感じませんでした。母上の魔法によってなのか分かりませんが、フローリアを傷つける自分は心地よかった。婚約者なんて不本意でしかなくて、虐げて良い存在なのだとフローリアを認識していたのですから、罪の意識なんて持つはずも無かった」

 今更ですが、そんな風に言われると婚約していた私が気の毒で、憐れで、そして惨めに思えて仕方なくなります。
 どうして私はフィリップ殿下の婚約者だったのでしょう。
 どうして私はエミリアさんの様になれなかったのでしょう。

 エミリアさんと私は、一体何が違ったのでしょうか。

「エミリアは愚かで馬鹿な女でした。友達がいなくて、毎日学校に通うのが苦痛だけれどでも勉強が楽しいから通っているのだと、そう言いながら笑う顔が可愛くて、いじらしくて、私に愚痴を聞いてくれてありがとうとか言うのが、何故か嬉しかった」

 そんな話をする人はフィリップ殿下の周囲にはいなかったでしょう。
 貴族の子息令嬢は、いいえ、そもそも貴族の誰も彼もは自分の弱みを周囲に見せたりはしません。
 足の引っ張り合いをしている相手に弱みを見せるのは、自分の将来に関わる問題になってしまうからです。
 
「貴族の娘としてはどうしようもないな」
「はい。そう思います。それでもそうやって素直に弱さをさらけ出す彼女が愛おしかった。守ってあげたいとそうおもったのです」

 守ってあげたい。
 そんな言葉がフィリップ殿下から出るとは思いもしませんでした。
 婚約してからフィリップ殿下は私を蔑むことしか言ってこなかったというのに、エミリアさんにはそんな思いを持っていたというのです。

 一体私と彼女の何が違ったのか、私に何が足りなかったのか。
 そう思わずにはいられませんでした。
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