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第三王子の決意

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「神の裁き」
「そうだ。これがお前の罪を裁く」

 フィリップ殿下の前に見せつける様に二つの杯が載せられた銀盆を、第二王子殿下は突き出しました。
 細い足がついた杯は銀製で、杯一つは貴族令嬢でも一口で飲み干せる様な大きさです。
 小さな杯ではありますが、その中に入っているのは貴族の家に生まれた者は幼い頃に悪夢に見た経験が一度や二度はあるであろう『神の裁き』という恐ろしい毒です。
 その毒は貴族位の者が重罪を犯し、その罪の代償として陛下から賜るものです。
 
 貴族の罪は、爵位の返上や謹慎等で償いをすることが殆どですが、それより重い罪であれば爵位返上の上強制労働や処刑などがあります。一般的な処刑は毒杯や絞首刑や斬首などですが、それよりも重い刑罰が今目の前で行われている『神の裁き』です。
 私が知る刑罰の中で、この紙の裁きが一番重い罰なのではないかと思います。

 死んだ方がいいという苦しみを延々と受けながら、正気を失うことも出来ずただ耐えるのみ。
 そんな時間を延々と受け続けなければならないのです。

「お父様、どうして杯が二つも。フィリップ殿下の罪がそれほど重い等、私は思いません」

 確かにフィリップ殿下は、王子であるという役割を果たしていなかったとは思います。
 王家の血筋を偽ったという罪も、勿論あるでしょう。
 ですが、神の裁きを杯二つ。
 王妃様やアヌビートよりも重い罰を受ける等、それほどの罪をフィリップ殿下が犯していたとは思えないのです。

「お父様、どうしてですか。フィリップ殿下にそれほどの罪があるというのでしょうか」
「フローリア、黙って見届けなさい。私達にフィリップ殿下への罪の裁きに口を挟む資格はない」
「ですが」

 お父様の言葉に私は口を閉じるしかありませんでした。

 視線を小さな窓に戻すと、第二王子殿下は何の感情も読み取れないお顔でフィリップ殿下を見つめていました。

 ゴクリ。

 フィリップ殿下の唾を飲み込む音が聞こえた様な気がしました。

「神の裁きを賜ると」
「そうだ。この杯は、お前とお前の運命の相手の分だ」
「え、エミリア? どうして彼女が、彼女は火あぶりになるのではないのですか。神の裁きだなんて。そんな罪を彼女は犯していない筈ですっ」

 フィリップ殿下は狼狽えて、第二王子殿下に詰め寄りました。
 火あぶりと神の裁き、どちらが重いかといえば私にはどちらも同じという気がしますが、フィリップ殿下にとっては神の裁きの方が重いのでしょう。
 
 その違いは、一瞬で命を失うか。永遠とも感じる苦痛を感じ続けるかです。

「お前にとってはそうでも。陛下にとってはそうではない。だからこその杯だ」
「そんな」
「だが、陛下は温情を与えようと仰っている」
「温情」
「そうだ。この杯をどちらかが二つの飲み干すというのなら、片方は瞬時に命を屠ろう。そう仰っておいでだ」
「瞬時に命を屠る。つまり、斬首か何かで罪の償いをするのですか」

 瞬時に命を刈り取るか、神の裁きで苦しみ続けた上に命を失うか。
 それは小さな様に見えて大きな違いがあります。

「お前は王家の血筋を偽った大罪があるし、男爵令嬢は放火という罪がある。放火は大罪、その罪は火あぶりで償うものだ」
「はい。分かっています。エミリアは、あの子は火あぶりで罪を償うしかありません」

 未遂な上、王妃様の命令で行った可能性が高いというのに、エミリアさんにある未来は火あぶりの刑で自分の命を失うものしかありません。

「私がもしエミリアの杯を飲むとしたら、彼女はどうなりますか」
「放火をしたという罪は変わらないが、そうだな。斬首になるかもしれないな」

 長く苦しむ斬首か、延々苦しみ続ける神の裁きか。
 その選択は、あまり意味が無いようにも思いますが、それでも斬首の方がマシなのかもしれません。

「でしたら、杯は私がエミリアの分も飲みます。それで彼女の苦しみが一瞬で終わるなら。彼女を巻き込んでしまった私が彼女の罪の償いも行います。それ以外、私が彼女に償えることはないのですから」

 フィリップ殿下の選択は、私には意外と思えるものだったのです。 
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