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後悔3
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「フィリップに罪はないと?」
「そもそも王妃様がご自分の不貞を隠し王家の血統を偽ったことが罪です。ですが、それをフィリップ殿下が自ら望んで行っていたわけではありません」
「元凶は母上だからな。フィリエ伯爵も王妃には逆らえなかっただろうし、侯爵家を脅した様にフィリエ伯爵も脅していたのだろうとは思う。母上の罪深さは恐ろしい程だ」
お父様とお母様は、私がフィリップ殿下の婚約者となり王宮に向かう度、私の命を心配したでしょう。
王宮、しかも王妃様の宮では何が起きても不思議ではありませんし、お父様達が守りたくても不可能なのです。
私は人質に取られた様なものです、私の命を守る為王妃様の要求は叶えるしかなかったでしょう。
同じようにフィリエ伯爵も王妃様に脅されていたのでしょうか。
自分の欲求を満たす為、王妃様は妊娠を偽装し流産も偽装したのです。
恐ろしい話です。恐ろしすぎる話です。
「母上は、本当に、罪深い」
第二王子殿下は深くため息を付き、アヌビートへくるりと背を向けました。
「第二王子殿下?」
「少し休んでおれ、最終的な判決は先程の部屋で行う」
「畏まりました」
第二王子殿下はアヌビートを残し小部屋を出ると、今度はフィリエ伯爵の小部屋へと移動しました。
「お父様?」
「黙って見ていなさい」
「はい」
フィリエ伯爵は項垂れた様子で立っていました。
部屋の作りはアヌビートの部屋と同じです。
そこに第二王子殿下が躊躇いなく入っていくと、フィリエ伯爵は殿下の持つ銀盆の上の杯を見てそこから視線を動かせなくなりました。
臣下の礼すら忘れたフィリエ伯爵に、第二王子殿下が声を掛けると初めて伯爵は殿下に礼をしました。
「失礼致しました」
「いや、いい。フィリエ伯爵、これが何か分かるな」
「はい。私が賜る陛下の温情にございます」
「温情だと言うのか」
「はい」
第二王子殿下の前に両膝をつき、フィリエ伯爵は掌を上にして両手を差し出しました。
「犯してはならぬ罪を、忠実な臣下である私は犯しました」
「そうだな」
「それを考えれば、これは温情にございます。犯した罪の重さを考えれば古えの車裂きの刑や鳥刑に処されてもおかしくないでしょう。私の罪それほどに酷いものです」
車裂きの刑というのは四肢に縄を付けその縄を牛に四方に引かせ体を裂くという刑だと聞いています。鳥刑は鳥の頭がやっと入るだけの籠に体に鳥の好むものを塗りつけた死刑囚を入れ、鳥にその死刑囚の体を啄む様に仕向けるという恐ろしい刑です。
鳥は一度に多くを啄むことは出来ない為、死刑囚はすぐには命を失えず長く苦しむのだそうです。
「はい。存じております。ですがそれをされても私は従うのみと申し上げているのです」
「強気の発言をしようと、伯爵の行く先はこれだ。神の裁きにより苦しみ抜いた末の死。覚悟するんだな」
第二王子殿下はそっけなく言いながら、それでもアヌビートにそうした様に杯はフィリエ伯爵に見せているだけですぐに飲ませようとはしていない様に見えます。
あの杯を飲んだが最後苦しみをずっとひたすら耐え、耐えた先にあるのが死です。
救いのない日々を過ごすしかないのです。
「一つだけお願いがございます」
「なんだ、命乞いなら無駄だぞ」
フィリエ伯爵の声は淡々としていて、恐怖も何も感じることは出来ません。
「一度も私は父としてフィリップ殿下に愛情を向けることは出来ませんでした。先程もフィリップ殿下を自分の子だと思ったことはないと申しました」
「そうだな」
「最後に一つだけ、彼の父親として彼の分の杯を私に頂けないでしょうか」
「……偽善だな」
まさかフィリエ伯爵がアヌビートと同じ様に言い出すとは思っていませんでした。
フィリエ伯爵は、フィリップ殿下の事を何も思っていなかった筈です。それなのに。
「はい。十分に分かっています」
「父としての情はあったのか」
「いいえ、ございません。あったのはただの恐怖でした。彼が育ち、どんどん自分に似てくるという恐怖です。私が望んで出来た子ではありません。王妃様に子を宿したと聞かされた日から私はずっと恐怖に怯えていました。」
「そうだな。フィリップは伯爵によく似ている」
「陛下がいつか気が付くのではないか。他の誰かが気が付くのではないか。そのことに怯えて私は生きてきました。妻や子は薄々気が付いていたのかもしれませんが、私には何も言いませんでした。私に似た顔をしているフィリップ殿下の顔を直視出来たことすらありません。そんな事恐ろしくて出来ませんでした」
「それなのに、フィリップの杯を伯爵が飲むと」
「はい。どうしてもフィリップ殿下も死を賜るしかないのだとしても、神の裁きではなく、もっと苦しまずに命を消せるものに変えて頂けませんか。それが父として何も出来なかった私の願いにございます」
延命ではなく安らかな死を、フィリップ殿下に与えて欲しいとフィリエ伯爵はそう願っていたのです。
「そもそも王妃様がご自分の不貞を隠し王家の血統を偽ったことが罪です。ですが、それをフィリップ殿下が自ら望んで行っていたわけではありません」
「元凶は母上だからな。フィリエ伯爵も王妃には逆らえなかっただろうし、侯爵家を脅した様にフィリエ伯爵も脅していたのだろうとは思う。母上の罪深さは恐ろしい程だ」
お父様とお母様は、私がフィリップ殿下の婚約者となり王宮に向かう度、私の命を心配したでしょう。
王宮、しかも王妃様の宮では何が起きても不思議ではありませんし、お父様達が守りたくても不可能なのです。
私は人質に取られた様なものです、私の命を守る為王妃様の要求は叶えるしかなかったでしょう。
同じようにフィリエ伯爵も王妃様に脅されていたのでしょうか。
自分の欲求を満たす為、王妃様は妊娠を偽装し流産も偽装したのです。
恐ろしい話です。恐ろしすぎる話です。
「母上は、本当に、罪深い」
第二王子殿下は深くため息を付き、アヌビートへくるりと背を向けました。
「第二王子殿下?」
「少し休んでおれ、最終的な判決は先程の部屋で行う」
「畏まりました」
第二王子殿下はアヌビートを残し小部屋を出ると、今度はフィリエ伯爵の小部屋へと移動しました。
「お父様?」
「黙って見ていなさい」
「はい」
フィリエ伯爵は項垂れた様子で立っていました。
部屋の作りはアヌビートの部屋と同じです。
そこに第二王子殿下が躊躇いなく入っていくと、フィリエ伯爵は殿下の持つ銀盆の上の杯を見てそこから視線を動かせなくなりました。
臣下の礼すら忘れたフィリエ伯爵に、第二王子殿下が声を掛けると初めて伯爵は殿下に礼をしました。
「失礼致しました」
「いや、いい。フィリエ伯爵、これが何か分かるな」
「はい。私が賜る陛下の温情にございます」
「温情だと言うのか」
「はい」
第二王子殿下の前に両膝をつき、フィリエ伯爵は掌を上にして両手を差し出しました。
「犯してはならぬ罪を、忠実な臣下である私は犯しました」
「そうだな」
「それを考えれば、これは温情にございます。犯した罪の重さを考えれば古えの車裂きの刑や鳥刑に処されてもおかしくないでしょう。私の罪それほどに酷いものです」
車裂きの刑というのは四肢に縄を付けその縄を牛に四方に引かせ体を裂くという刑だと聞いています。鳥刑は鳥の頭がやっと入るだけの籠に体に鳥の好むものを塗りつけた死刑囚を入れ、鳥にその死刑囚の体を啄む様に仕向けるという恐ろしい刑です。
鳥は一度に多くを啄むことは出来ない為、死刑囚はすぐには命を失えず長く苦しむのだそうです。
「はい。存じております。ですがそれをされても私は従うのみと申し上げているのです」
「強気の発言をしようと、伯爵の行く先はこれだ。神の裁きにより苦しみ抜いた末の死。覚悟するんだな」
第二王子殿下はそっけなく言いながら、それでもアヌビートにそうした様に杯はフィリエ伯爵に見せているだけですぐに飲ませようとはしていない様に見えます。
あの杯を飲んだが最後苦しみをずっとひたすら耐え、耐えた先にあるのが死です。
救いのない日々を過ごすしかないのです。
「一つだけお願いがございます」
「なんだ、命乞いなら無駄だぞ」
フィリエ伯爵の声は淡々としていて、恐怖も何も感じることは出来ません。
「一度も私は父としてフィリップ殿下に愛情を向けることは出来ませんでした。先程もフィリップ殿下を自分の子だと思ったことはないと申しました」
「そうだな」
「最後に一つだけ、彼の父親として彼の分の杯を私に頂けないでしょうか」
「……偽善だな」
まさかフィリエ伯爵がアヌビートと同じ様に言い出すとは思っていませんでした。
フィリエ伯爵は、フィリップ殿下の事を何も思っていなかった筈です。それなのに。
「はい。十分に分かっています」
「父としての情はあったのか」
「いいえ、ございません。あったのはただの恐怖でした。彼が育ち、どんどん自分に似てくるという恐怖です。私が望んで出来た子ではありません。王妃様に子を宿したと聞かされた日から私はずっと恐怖に怯えていました。」
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「それなのに、フィリップの杯を伯爵が飲むと」
「はい。どうしてもフィリップ殿下も死を賜るしかないのだとしても、神の裁きではなく、もっと苦しまずに命を消せるものに変えて頂けませんか。それが父として何も出来なかった私の願いにございます」
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