上 下
98 / 123

裁きの行方

しおりを挟む
「王妃よ。余の最愛よ。そなたをあの茶会の席で余の妃と望み、そなたは余の手を取った」

 王妃様はきっと陛下のお声など聞こえてはいないでしょう。
 額飾りを外そうともがき、印の熱に苦しみの声を上げながら目の前に立つ王太子殿下を睨みつけています。

「アダム、あなたはそんなにこの母が憎いの。あなたはいつもそうだった。私が腹を痛めて産んだというのに、可愛げの欠片もない憎らしい子。私はお前に憎まれても構わないわ。ああ、ラッセルもいるのね。本当に憎らしい可愛げのない子供達。お前達などどんな理由があっても愛せないわ。陛下そっくりの顔なんだもの。顔を見る度に吐き気がする」

 なんて酷い言い方をされるのでしょうか。
 もしかすると王妃様は、神聖契約を破った印の熱による苦しみの為もう正気ではないのでしょうか。
 実の母親である王妃様に酷い言葉を投げつけられた王太子殿下と第二王子殿下のお気持ちを思い、私は眉をひそめながら神にお二人の心をお守りくださる様祈りました。
 例えどんなに不仲であろうと、母親に疎まれて喜ぶ子はいないでしょう。
 それが成人を過ぎた大人であっても同じだと、私は思うのです。

「王妃よ」
「さっさと毒杯を下さいませ、陛下。それを飲んで苦しんで死んでみせましょう。ええ、それは私にとっては幸せの盃にございます。王家を陛下を謀りフィリップを授かった私とお義兄様は毒杯を賜って当然ですもの。愛するお義兄様と同じ罰を受けるなど、私には幸せなだけです。ええ、褒美ですとも」

 死が王妃様の褒美になるのでしょうか。
 喜びの罰を王妃様に与えるのでしょうか。

「そんな事を言えるのは今だけだ。この毒は、死んだ方がマシだと思う苦痛を死ぬまでの間与え続ける。朝も昼も夜も、ずっとずっとそなたに与え続けるのだ。そして額飾り、それもそなたを苦しめるだろう。神との約束を破った王妃には何よりの罰だ。美貌が老いさらばえて、自慢の銀髪が白髪に、艶々とした肌がカサカサの砂土の様になり、皺だらけになっているのだから」
「そうですね。母上の自慢の美貌が老いにより衰えて、母上の義兄はどれだけ嫌悪しているでしょうね」

 嫌悪の言葉に王妃様はぐるりとフィリエ伯爵の方に顔を向け、そうして喚き始めました。

「嘘よね。お義兄様、私の顔を嫌悪しているの?」
「……あなたの顔は醜い。見るのも苦痛な程だ」
「そんなっ。そんなお義兄様っ」
「元々周囲が言う様な美貌を私はあなたに感じていなかった。あなたは一般的には美しかったのかもしれないけれど、自分の欲の為には他人を陥れることを躊躇わず、人の真心を踏みにじって平気な顔をしていた。その本性を知る私にはそなたの顔等美しくもなんともなかった。むしろ醜いと感じていた。ずっと」

 フィリップ殿下の年齢分、いいえもっと長い間王妃様に脅されて、罪の意識に苛まれて生きてきたのですからフィリエ伯爵の王妃様への恨みは相当なものでしょう。
 どんなに恨みがあっても、それを公に出来なかったのは彼女がこの国の王妃だったからなのでしょう。

 どんな理不尽な要求も、私を人質に取られて従うしかなかった私の両親と同じ苦しみを伯爵も味わっていたのだと思います。
 
「そんなお義兄様。私はずっとお義兄様だけを愛し続けていたというのに」
「私は愛していなかった。むしろ憎んでいた」

 冷たいとすら感じる程のフィリエ伯爵の答えは、王妃様の心を折るには十分な衝撃があったのでしょうか。
 王妃様は俯き言葉を発しなくなってしまいました。

「王妃よ。そなたはなぜ余の母上を殺める様、アヌビートに指示したのだ」
「憎かったからよ。私のフィリップを、存在を隠しお義兄様へ託したあの子を否定したからよ」
「否定」
「正しくない子だと。神に存在を許されない子だと否定したのよ。王太后様は陛下との子ではないと疑っていたから
そう言っていたのだろうけれど。私にとってはお義兄様との子だから正しくないのだと聞こえたの。そんなの殺すしかないでしょう? 私の子を否定するなんて、神ですら許されない行いよ。そんな人生きていていいはずがないわ」

 王妃様の言葉を誰か共感出来た人はいるのでしょうか。
 そんな逆恨みの様な思いから、王太后様の命を儚くさせたのでしょうか。

「死がそなたの救いになるのかもしれないが、神の裁きはそんなに甘いものではない。これよりこの国一番の大罪人である王妃に神の裁きを与える。余と王妃以外は部屋を出る様に」

 死が王妃様の救いになるとしても、それ以上の裁きがこの国にはありません。
 ですから私達は小さな敗北感を胸に抱きながら小さな盃を持つ陛下の姿を横目に、私達は部屋を出るしかなかったのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

『完』婚約破棄されたのでお針子になりました。〜私が元婚約者だと気づかず求婚してくるクズ男は、裸の王子さまで十分ですわよね?〜

桐生桜月姫
恋愛
「老婆のような白髪に、ちょっと賢いからって生意気な青い瞳が気に入らん!!よって婚約を破棄する!!せいぜい泣き喚くんだな!!」 「そうですか。わたくし、あなたのことを愛せませんでしたので、泣けませんの。ごめんなさいね」  理不尽な婚約破棄を受けたマリンソフィアは……… 「うふふっ、あはははっ!これでわたくしは正真正銘自由の身!!わたくしの夢を叶えるためじゃないとはいえ、婚約破棄をしてくれた王太子殿下にはとーっても感謝しなくっちゃ!!」  落ち込むどころか舞い上がって喜んでいた。  そして、意気揚々と自分の夢を叶えてお針子になって自由気ままなスローライフ?を楽しむ!!  だが、ある時大嫌いな元婚約者が現れて……… 「あぁ、なんと美しい人なんだ。絹のように美しく真っ白な髪に、サファイアのような知性あふれる瞳。どうか俺の妃になってはくれないだろうか」  なんと婚約破棄をされた時と真反対の言葉でマリンソフィアだと気が付かずに褒め称えて求婚してくる。 「あぁ、もう!!こんなうっざい男、裸の王子さまで十分よ!!」  お針子マリンソフィアの楽しい楽しいお洋服『ざまあ』が今開幕!!

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜

みおな
恋愛
 私は10歳から15歳までを繰り返している。  1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。 2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。  5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。  それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...