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すべてが嘘だった

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「僅かな時間でも伯爵家に行くためだけに前伯爵夫人の死を隠したというのか」

 黙り込む陛下を気遣う様に見ながら、王太子殿下はアヌビートに尋ねました。
 
「はい。私は前伯爵夫人の治療を行う名目で王妃様に同行致しました」
「だがそれは本当に短時間だろう。宿泊等は出来なかった筈だ。だが母上は確か一度だけにヶ月近く伯爵家に戻っていたことがあったと聞いている。その時フィリップを授かったのではないのか」
「それは」

 アヌビートは何度も躊躇うしぐさをし、王妃様の方をちらちらと何度も見た後、最後には決心した様に口を開きました。

「あの頃、王妃様は子供が流れたばかりで王宮にいるのが辛いとそう理由づけて、悲しみに泣き暮らしておいででいた。ですから体が戻るまでとの条件で陛下は伯爵家の滞在をお許しになったのです」
「子供が流れたばかり? それですぐフィリップを授かったというのか?」
「それは……。子供が流れたというのも、そもそも妊娠も嘘だったのです。どうしても伯爵家に暫く滞在したいから妊娠を偽造し、腹が目立つ時期になる前に子が流れた偽装をせよと」

 それも王妃様からの命令だったのでしょう。
 どれだけ王妃様は嘘を重ねているのか分かりません。

「なんだと、あれだけ嘆き悲しんだのは嘘だったというのか。私はまだ子供だったが母上の嘆く様子を覚えている。それ程母上の悲しみは深かった。あれが嘘だったと?」

 王太子殿下は驚いた様にアヌビートに問いかけます。
 それはまるで舞台に上がった役者の様に用意された台詞を言っている様に見えました。

「はい。私は王妃様の命令で妊娠を偽装し、子が流れるのも偽装しました。子が流れる原因の場所は王太后様の宮のお茶会の後が良いと王妃様が仰り、私は服用してから数時間後に体調を崩す薬を用意しました。妊娠の偽装はある薬を日々服用することで月の物が来ることを止めました」
「そんな薬があるのか」

 どうしてアヌビートはそんなに詳細に話が出来るのでしょうか。
 王太子殿下は、私達を観客に王妃様の断罪劇を続けていきます。
 そうこれは芝居なのでしょう。
 そう思わなければ、恐ろしさでこの場にいられません。
 黙り込んだままの陛下、床に手を付き頭を下げたままのフィリエ伯爵、王妃様の罪を告白し続けるアヌビート。
 王妃様は小さな声で何か呟きながら、ギラギラとした瞳でフィリエ伯爵を見つめ、フィリップ殿下は王妃様の姿を悲し気にただ見ているだけです。

「子が流れたとするにはその月の物を利用すると王妃様が思いつかれ、王太后様の宮で定期的に行われるお茶会に丁度月の物が来るよう薬の服用を止めていたのです。私は用意していた体調を崩す薬を、王太后様の宮で飲食を始めて少し経った頃に効果が出る様に量を調整して王妃様へお飲みいただきました。そうして王妃様は王太后様の宮でお倒れになりました。月の物の出血を子が流れた為と私は嘘をつきました。私は妊娠中の王妃様の体調管理の為という理由で傍に控えていましたから、王太后様の侍医は王妃様を診ることはなく私の言葉を疑うものはいませんでした」

 王太后様の宮のお茶会で何かを食した後倒れたら、その場にいた人達が王妃様を害したと疑われたことでしょう。
 自分の欲望を満たす為、王妃様は他人を陥れたのです。

「その日のお茶会を余は覚えている。忘れられぬ、あの日王妃を害したと疑われたのは余の従妹だった」
「陛下の従妹? まさか」

 言われてお父様はそう呟いてお母様と視線を合わせました。

「はい。疑われたのは王妃様に手ずから淹れた茶を勧めた陛下の従妹様です。ただ茶になにも証拠が無かった為罪には問われませんでした。ですが、その騒動が元で従妹様は自ら領地に謹慎すると言われて、それからずっと王都にはいらっしゃることは無かったと聞いております」
「確かにあの時あれは皆から疑われ、だが証拠が出なかった。まさか王妃よ、そなたあれを陥れたのか」

 ぶつぶつと王妃様は何かを呟いています。
 陛下が王妃様を呼ぶ声も、届いていないかの様です。

「王妃、王妃よ! そなたは誠に彼女を陥れたのか、罪のない彼女を!」
「罪が無い? あの人はお義兄様を誑かそうとしていた女狐よ、私を卑しい出だと馬鹿にしながらお義兄様に夜会で自ら声を掛けていた恥知らずな女よ。だから私が身の程を分からせたのよ。それの何が悪いと言うのですか。私はあの人に馬鹿にされていたのですよ。卑しい女だ、顔と体で陛下を誑かした女だと笑って馬鹿にしていたのですよ」

 髪を振り乱し、王妃様は陛下に向かい叫びました。
 王妃様が髪を振り乱す度、白い髪がはらはらと落ちていきます。
 艶の無いパサパサの髪が落ちていく様は、とても惨めで目を背けたくなる光景です。
 子供を何人産んでも若く美しいと言われていました。
 その美しかった顔は今私からは見ることは出来ませんが、物語の数百年生きた老婆の様な白髪はバサバサと揺れ抜け落ちて行くのです。

「お義兄様は私のものよ。誰にも渡さない。私のお義兄様よ。だからお義兄様に近づく者は排除するのよ。当然の報いなのよ」

 狂気なのだと思いました。
 自分の欲の為に他人を害しそれが当然だと叫ぶ姿は醜悪で、恐怖でしかありませんでした。

「泣いて泣いて、笑いたくなるのを堪えられなかったけれど、それを誤魔化すために泣き暮らしたの。皆が面白い位に騙されてくれたわ。私を嫌う王太后様まで謝罪に来てくれたのよ。わざわざ私の宮に来て、王太子妃になり息子を産んだ私に「下賤な出の身には渡せない」と言って見せびらかすだけだった王家の王妃が受け継ぐ首飾りを、その時に下さったの。馬鹿みたいね。私はそんなもの欲しくなんて無かったというのに、本当に馬鹿みたい。誰もかれもが私の嘘を信じたのよ」

 狂った様な王妃様の独白、それは叫ぶような声だというのに何故か泣いている様に聞こえたのです。
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