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罪と心の闇と
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フィリップ殿下とアヌビートを侯爵家で拘束してから三日後、私と両親とイオン様は王宮へと呼ばれました。
「お父様呼ばれたのは王妃様の件でしょうか」
「それ以外考えられないだろう。王太子殿下によればあの日の晩王妃様は寝室で意識を失われたそうだ。王妃様の侍医であるアヌビートが我が家に来ていたため、アヌビートの弟子と陛下の侍医が診察を行ったそうだが、特に病気の症状はなく意識もすぐに戻った。だが」
「だが?」
「王妃様の銀色の髪は艶の無い白髪になり、顔も手も百歳の老婆よりも皺だらけで急激に痩せ細っているため、何かの奇病ではないかと陛下に報告されたそうだ」
「百歳の老婆よりも皺だらけ」
お父様は昨日王太子殿下の元に親子鑑定の魔道具を運んでいきました。
フィリップ殿下の目の前で陛下との親子鑑定を行いましたが、それをもう一度今度は王妃様と陛下とフィリップ殿下、そして王妃様の義兄フィリエ伯爵で行うのだそうです。
「親子鑑定はもうされたのでしょうか」
「いや、私達の目の前で行うと王太子殿下は仰っていた。王家の血統に関係する重大な判定だ。当事者だけでなく第三者の者の立ち合いが必要だと、そう仰っていた」
お父様の説明に私は胃の辺りがキュウッと締め付けられる様な感覚に襲われました。
フィリップ殿下の慟哭が、まだ耳に残っているのです。
それをもう一度聞かなければならないのでしょうか。
「フローリア辛いならお前は別室に控えさせて頂くことも出来るが。ケネスも護衛としてついて来ているのだから一緒にいるといい」
「い、いいえ。私はフィリップ殿下の婚約者だったのです。彼が誰の子供だったのか、私は知るべきだと思います」
「そうか。でも無理はしないように」
「はい。ありがとうございます」
お父様の隣に座るイオン様は、私を気遣わしげな表情で見ています。
私の隣に座るお母様は、ぎゅっと握りこんだ私の手を両手でそっと包んでくれました。
ケネスは騎乗し馬車について来ていますが、きっと彼がここにいたら同じように私を心配してくれたでしょう。
私は、一人ではないのです。私を心配してくれる皆が付いていてくれるのです。
でも、フィリップ殿下は。
「フィリップ殿下は、王妃様の魔法で性格も考え方も変えられていたのだと思います。王太子殿下はどの様に考えていらっしゃるのでしょうか」
「そうだな。イオン殿の解呪の魔法を受けた後のフィリップ殿下は今までの殿下と違っていた様に思う。私は王妃様の魔法は、従属の魔法の様に自分の気持ちは持ったまま命令に従う魔法なのだと考えていた。だが、そうではなかったのだな」
従属の魔法というのは、従魔師という職業の者が魔物を従えるための魔法です。
魔物は従属魔法を使われ従魔師を主と認識すると、主の命令に逆らえなくなります。ですが、魔物本来は自分の意思を持っているので従魔師が命令をしない場所では魔物の考えで暴れたり人を襲ったりするのです。
その為、従魔師が傍にいられない場合は魔物が力を使えなくする魔道具が取り付けられた檻の中に入れられているのです。
「精神操作の魔法とは恐ろしいものなのですね。イオン様」
「ええ。とても恐ろしいものです。ですが、精神操作の魔法で良かったです。もしもあれが魅了の魔法だった場合は術者が死なない限り解除出来ませんから」
「まあ、何てこと。そんな魔法もあるの?」
お母様は声を上げた後慌てて扇を開きます。
イオン様も慌てた様に俯きます。
大神官であるイオン様は、本来であれば女性と視線を合わせる様なことはあってはいけないのですが、狭い馬車の中では色々と難しいこともあるのです。
「み、魅了は人間が使える魔法ではないと言われています。魔物の中には強力な魅了魔法を使えるものがいて、それらは魅了と幻覚の魔法を一緒に使い人を襲うのです」
「ああ、そういう魔物が他国に居ると聞いたことがある。上半身が人で下半身が魚の人魚と呼ばれる美しい魔物で、歌声に魔力を乗せ船に乗った人を海に落とすのだそうだ」
他国を海路で渡る場合嵐等の心配よりも、魔物の襲撃の心配の方が大事なのだそうです。
大きな海の魔物の他、人魚という魔物もいるのでしょう。
不勉強で私は聞いたことがありませんでした。
「人魚はどうして人を襲うのだ」
「人魚は女性のみで、人の男性を襲い夫とするのだと言われています」
「知能が高いのか?」
「はい。そう言われていますが、詳しいことは判明していません」
「そうか。だがそんな恐ろしい魔法を使う者が人にはいないと聞いて安心した。王妃様の魔法だけで十分厄介だというのに、それ以上の魔法がある等考えたくもない」
お父様はそう言いますが、人というのは試行錯誤する生き物です。
特に魔術師と言われる者達は未知の魔法を研究し自分のものとする行為に貪欲です。
いつか魅了を魔術師が使える日が来ないとも限らないのかもしれません。
「魅了は兎も角、王妃様の魔法だ。アヌビートが王妃様の魔法により罪を犯したのだとしても、人を殺めすぎている。だがその罪は公には裁けないだろう。王太后様を殺めた等どうやってそれを公に出来る。陛下はどうなさるおつもりなのか」
お兄様以外にもアヌビートはその手で命を屠っているのです。
王妃様の魔法がそうさせたのです。
「今日ですべてが終わるのだろうか」
憂鬱な私達を乗せ馬車は王宮に向け走り続けたのです。
「お父様呼ばれたのは王妃様の件でしょうか」
「それ以外考えられないだろう。王太子殿下によればあの日の晩王妃様は寝室で意識を失われたそうだ。王妃様の侍医であるアヌビートが我が家に来ていたため、アヌビートの弟子と陛下の侍医が診察を行ったそうだが、特に病気の症状はなく意識もすぐに戻った。だが」
「だが?」
「王妃様の銀色の髪は艶の無い白髪になり、顔も手も百歳の老婆よりも皺だらけで急激に痩せ細っているため、何かの奇病ではないかと陛下に報告されたそうだ」
「百歳の老婆よりも皺だらけ」
お父様は昨日王太子殿下の元に親子鑑定の魔道具を運んでいきました。
フィリップ殿下の目の前で陛下との親子鑑定を行いましたが、それをもう一度今度は王妃様と陛下とフィリップ殿下、そして王妃様の義兄フィリエ伯爵で行うのだそうです。
「親子鑑定はもうされたのでしょうか」
「いや、私達の目の前で行うと王太子殿下は仰っていた。王家の血統に関係する重大な判定だ。当事者だけでなく第三者の者の立ち合いが必要だと、そう仰っていた」
お父様の説明に私は胃の辺りがキュウッと締め付けられる様な感覚に襲われました。
フィリップ殿下の慟哭が、まだ耳に残っているのです。
それをもう一度聞かなければならないのでしょうか。
「フローリア辛いならお前は別室に控えさせて頂くことも出来るが。ケネスも護衛としてついて来ているのだから一緒にいるといい」
「い、いいえ。私はフィリップ殿下の婚約者だったのです。彼が誰の子供だったのか、私は知るべきだと思います」
「そうか。でも無理はしないように」
「はい。ありがとうございます」
お父様の隣に座るイオン様は、私を気遣わしげな表情で見ています。
私の隣に座るお母様は、ぎゅっと握りこんだ私の手を両手でそっと包んでくれました。
ケネスは騎乗し馬車について来ていますが、きっと彼がここにいたら同じように私を心配してくれたでしょう。
私は、一人ではないのです。私を心配してくれる皆が付いていてくれるのです。
でも、フィリップ殿下は。
「フィリップ殿下は、王妃様の魔法で性格も考え方も変えられていたのだと思います。王太子殿下はどの様に考えていらっしゃるのでしょうか」
「そうだな。イオン殿の解呪の魔法を受けた後のフィリップ殿下は今までの殿下と違っていた様に思う。私は王妃様の魔法は、従属の魔法の様に自分の気持ちは持ったまま命令に従う魔法なのだと考えていた。だが、そうではなかったのだな」
従属の魔法というのは、従魔師という職業の者が魔物を従えるための魔法です。
魔物は従属魔法を使われ従魔師を主と認識すると、主の命令に逆らえなくなります。ですが、魔物本来は自分の意思を持っているので従魔師が命令をしない場所では魔物の考えで暴れたり人を襲ったりするのです。
その為、従魔師が傍にいられない場合は魔物が力を使えなくする魔道具が取り付けられた檻の中に入れられているのです。
「精神操作の魔法とは恐ろしいものなのですね。イオン様」
「ええ。とても恐ろしいものです。ですが、精神操作の魔法で良かったです。もしもあれが魅了の魔法だった場合は術者が死なない限り解除出来ませんから」
「まあ、何てこと。そんな魔法もあるの?」
お母様は声を上げた後慌てて扇を開きます。
イオン様も慌てた様に俯きます。
大神官であるイオン様は、本来であれば女性と視線を合わせる様なことはあってはいけないのですが、狭い馬車の中では色々と難しいこともあるのです。
「み、魅了は人間が使える魔法ではないと言われています。魔物の中には強力な魅了魔法を使えるものがいて、それらは魅了と幻覚の魔法を一緒に使い人を襲うのです」
「ああ、そういう魔物が他国に居ると聞いたことがある。上半身が人で下半身が魚の人魚と呼ばれる美しい魔物で、歌声に魔力を乗せ船に乗った人を海に落とすのだそうだ」
他国を海路で渡る場合嵐等の心配よりも、魔物の襲撃の心配の方が大事なのだそうです。
大きな海の魔物の他、人魚という魔物もいるのでしょう。
不勉強で私は聞いたことがありませんでした。
「人魚はどうして人を襲うのだ」
「人魚は女性のみで、人の男性を襲い夫とするのだと言われています」
「知能が高いのか?」
「はい。そう言われていますが、詳しいことは判明していません」
「そうか。だがそんな恐ろしい魔法を使う者が人にはいないと聞いて安心した。王妃様の魔法だけで十分厄介だというのに、それ以上の魔法がある等考えたくもない」
お父様はそう言いますが、人というのは試行錯誤する生き物です。
特に魔術師と言われる者達は未知の魔法を研究し自分のものとする行為に貪欲です。
いつか魅了を魔術師が使える日が来ないとも限らないのかもしれません。
「魅了は兎も角、王妃様の魔法だ。アヌビートが王妃様の魔法により罪を犯したのだとしても、人を殺めすぎている。だがその罪は公には裁けないだろう。王太后様を殺めた等どうやってそれを公に出来る。陛下はどうなさるおつもりなのか」
お兄様以外にもアヌビートはその手で命を屠っているのです。
王妃様の魔法がそうさせたのです。
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