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本当の恋だった?

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「母上はフローリアを殺そうとしているのですか、なぜ?」
「それ位説明されずとも分かるだろう。お前を侯爵家の婿にする為だ、お前が運命の相手だとか言い出してフローリア嬢と婚約破棄されたせいでお前は侯爵家への婿入りが出来なくなった。だが、母上はお前をどうしても侯爵家へ婿入りさせたくて仕方ないらしい。侯爵家ではそんな事昔から望んでいないというのに」
「別に婿入り等せずとも私だって伯爵家は興せる筈です。それでは何故いけないのですか」

 散々泣き喚いた後漸く落ち着いたフィリップ殿下は、不思議な程に落ちついた声で王太子殿下と会話を始めました。
 相変わらずフィリップ殿下は拘束され、床に転がされたままです。
 誰も体を起こしてあげようとすらしていませんが、いいのでしょうか。

「私は伯爵位で十分だ。私はエミリアと彼女と婚約をして」
「エミリアさんは、放火の罪で牢へ入っていますが、どうでもいいと、エミリアさん等羽虫程度の価値しかないと仰っていたのではありませんか?」

 先程のフィリップ殿下の発言を思い出し尋ねました。
 先程フィリップ殿下との会話で、エミリアさんの放火の罪の話をしたのですからフィリップ殿下も覚えている筈です。
「エミリアが放火、ああっ。そうだ、母上がエミリアへ命令したのだ。ああ、どうしたらいい。放火の罪人は火あぶりだというのに」

 殿下は王妃様の命令だと言い切った後、「母上、母上どうして」と繰り返し言いながら涙を流しています。
 フィリップ殿下の泣いている姿は私にとって衝撃で、どうしていいのか戸惑ってしまいました。

「羽虫では無かったのですか? どうでもいいと仰ったではありませか」

 ここまで人は反応が変わるものでしょうか、先程と今のフィリップ殿下はまるで別人です。
 今のフィリップ殿下は、エミリアさんの罪を、王妃様の罪を正しく理解して悲しんでいる様に見えるのです。
 さっきフィリップ殿下は、頭は悪いし生まれも悪い女だ。あんなのが私の運命? 笑わせるなと確かに言っていたというのに、どうしてこんなに違うのでしょうか。

「頭は悪いし生まれも悪い女だ。あんなのが私の運命? 笑わせるなとも仰いました。お忘れになりましたか」
「違うっ!私はエミリアを本当の運命の相手だと思っている。だが母上が」
「母上がどうした」

 私と同じようにフィリップ殿下を不審な目で見ていた王太子殿下が問いかけます。
 エミリアさんへの思いを、王妃様がどうしたというのでしょう。

「男爵の娘など私には相応しくない。あんな娘は羽虫と同じだと。だから何故か私はそう思うようになって。でも、今は違うと思えて何故なんだ。急にどうしてそう思うのか分からない」

 私はケネスと顔を見合わせました。
 王妃様は精神操作の魔法で、フィリップ殿下の意識を変えたのではないでしょうか。
 それならエミリアさんへの発言が全く違うものになっても理解できます。

「大神官イオン、母上の魔法は人の気持ちも命令で変えられるのか」
「はい、お答え致します。精神操作の魔法はどんな命令も相手に行うことが出来ると言われています。先程もお話した通り魔法を重ねて掛ける事によりその支配力が増しますから、フィリップ殿下へ何度も魔法を掛けていれば感情を操作するのは容易いかと。王妃様はフィリップ殿下の母君でいらっしゃいますから、手を握り視線を合わせ会話をしてもメイド達も不審には思われないでしょう」

 そう言えばイオン様と、王妃様が魔法を発動する条件は手を握り視線を合わせ会話をすることではないかと話をしていたことを思い出しました。
 
「手を握り、視線を合わせる?」
「はい。お嬢様と王妃様の魔法の発動は条件があるのではないかと話をしました」
「手を握り、視線を合わせる。それが発動条件、そうか、そうなのか」

 王太子殿下は俯いて、右手で顔を覆ってしまいました。

「王太子殿下、何か」

 お父様が心配そうに王太子殿下に声を掛けると小さく首を横に振った後、顔を上げました。

「幼い頃、何度か母上は私の手を握り視線を合わせ話をすることがあったのだ。何か魔力が流れる感覚がその度にあってどうしてだろうと思っていた。だが、その度に私の中で何かが反発してそうすると、何故か母上の私を嫌悪している感情が流れ込む様な気がしたのだ」
「それは」
「私達兄弟は光魔法を持っている。光魔法には精神耐性強化という補助魔法があるのだ。精神に干渉する魔法に対抗できる魔法だ。多分私は無意識に母上の魔法に対抗していたのだろう」

 悲しみ、王妃様が自分に魔法を掛けようとしていたのだと気が付いたのでしょう。
 その悲しみが伝わってきたのです。

「私は母上に抱きしめられたことも、母上の膝に抱き上げられたことも無かった。手を握り視線を合わせてくれるのが唯一の……だがあれは、魔法を掛けようとしていたのだな」
「兄上は父上に大切にされていたではありませんか」
「父上はご存じだったのだろう。お前が自分の子ではないと」

 言いながら王太子殿下はフィリップ殿下の傍に膝を付きナイフを取り出すと、指先を傷つけ血を取りました。

「な、なにを」
「侯爵。魔道具を」
「はっ。こちらでございます」

 お父様がテーブルに魔道具を出し王太子殿下は採取したばかりのフィリップ殿下の血液と、陛下のであろう血液を魔道具の魔石にそれぞれ垂らしました。

「では、発動します。親子と確認できれば青く光ります。そうでなければ赤く光ります」
「分かった」

 お父様が魔道具を発動しました。
 瞬き一回分、その僅かな時間で確認が終わり魔道具に取り付けられた魔石は赤く光ったのです。

「赤か」

 王太子殿下の声が部屋に響きました。

「嘘だ。嘘だ。嘘だっ!」

 王妃様の侍医アヌビートの告白で、陛下のお子ではないと言われていてもそれでも嘘だと信じたかったのでしょう。魔道具により親子ではないと証明されても、きっとそれでも信じたいのでしょう。

「どうして、どうして。父上の子でないのなら。私は一体誰の、誰の子だというのだ」

 父親が王妃様の義兄である伯爵だとは、きっとフィリップ殿下は信じたくないのでしょう。
 先程知らされたばかりの双子の妹の瞳が、祖母である前伯爵夫人と同じ紫の瞳だと知っても、それでも信じたくはないのでしょう。

「母上は愚かだ。どうしてこんな事を」

 王太子殿下は天井の一点をただ見つめ、そうして口を閉じてしまいました。
 部屋の中はフィリップ殿下の泣き声だけが、ただ響いていたのです。
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