【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
82 / 123

王妃の罪

しおりを挟む
「こちらの部屋です」

 鏡の間に到着し、扉を開こうとしてケネスが私の手を止めました。

「ケネス?」
「アヌビートという医師が今どういう状態か分からないのに不用意に開けるな」
「え、ああそうね。私ったら」

 先程の王太子殿下が仰った事を考えていた私は、何も考えず扉を開こうとしていました。
 
「ドアを開くぞ」
「ああ、その前に。親子の鑑定が出来る魔道具を侯爵領から運んだと聞いたが。それはすぐに使えるのか」
「いえ、使用するには父親、母親、子供、それぞれの血液が必要です。それぞれほんの一滴程度ですが」

 親子鑑定の魔道具と聞いて、私の胸は急にぎゅっと鷲掴みされた様に苦しくなりました。
 王太子殿下が親子鑑定をしたい相手はたった一人、フィリップ殿下でしょう。

「そうか。父上の血液は頂いてきたのだが」
「三人の血が必要となるのは、両親が子の親か確認する為です。精度は少し落ちますが、片方だけでも鑑定は可能だと聞いています」
「そうか」

 黙り込む王太子殿下を私とケネスは息を止め見守ります。
 王太子殿下はいますぐにフィリップ殿下の鑑定を行いたいのでのでしょうか。
 私の記憶が正しければ、フィリップ殿下の父は王妃様の義兄です。
 
「先にアヌビートを尋問しよう。すべてはそれからだ」

 王太子殿下が視線でケネスに扉を開くように指示します。
 ケネスがゆっくりと扉を開くと、イオン様の悲鳴が聞こえてきました。

「ひっ。ユ、ユウナさん。そんな乱暴にしてはっ」
「抵抗するこの人が悪いのですっ」

 扉を開いて目に飛び込んできたのは、アヌビートの体の上に馬乗りになったユウナの姿でした。

「ユウナッ」

 ケネスはユウナの名前を呼びながら、二人に駆け寄りアヌビートの縛られた体を捕らえました。

「ケネス様ありがとうございます」

 ケネスにアヌビートを託すとスカートの裾を直しながら立ち上がり、何事も無かったの様にユウナは私の傍にやってきました。

「ユウナ。無茶をしないで」
「申し訳ございません。拘束し気を失った為、騎士様達は外の賊の対応に向かわれたものですから」
「外の賊?」
「ああ。フィリップが連れてきた者達だろう。侯爵家の護衛達では王家の紋が付いた者に手が出せないだろう?」

 確かにフィリップ殿下の指示で動いていると言われたら、我が家の護衛達がいくら優秀でも手は出せません。
 フィリップ殿下の愚行であれば問題にはならなくても、本当に我が家に問題があってフィリップ殿下が指示を出していた場合は護衛達が罪に問われてしまうのです。

「フィリップは大袈裟に騎士達を連れてきたみたいだからね。私の配下も驚いているだろう。まったくフィリップは何と戦うつもりだったのか」

 ケネスが押さえつけても抵抗し続けているアヌビートを横目に、王太子殿下は呆れた様に言いながらソファーに腰を下ろすと長い足を優雅に組んでケネスに顎で指示をしました。

「アヌビート、抵抗するならお前の家族はお前の代わりに断頭台に向かうことになるがいいのか」

 ぴたりと動きが止まりました。

「抵抗も自死もしないというなら、話せる様にだけはしてやる」

 王太子殿下の言葉にアヌビートが何度も頷くと、ケネスはアヌビートの口につけていた口枷を外しました。

「アヌビート。お前はここに何をしに来た」
「それは」
「私は無駄が嫌いだ。何度も同じ質問をさせる様な愚行をされるのは不愉快だ」

 私が聞いたことのない、恐ろしい声が部屋に響きました。
 
「もう一度言う、お前は何故ここにきた」
「フローリア様の命を、命を終わらせる為に参りました」
「誰の命令だ。お前の判断か」
「それは、あの」
「私の言葉を忘れたのか」
「いいえ、あの。あの、おう、王妃様の命令ですっ。私の意志ではありません。私は、王妃様の命令で、罪の意識も感じずにフローリア様の命を終わらせるために参りましたっ」

 王妃様の命令。
 そうはっきりとアヌビートは告白したのです。

「それだけではありません。私は王妃様の命令で今まで何人もの命を奪ってきました。私は医師だというのに。それなのに王妃様の命は絶対だと。正しいのだとなぜか信じて、信じて沢山の命を」

 沢山の命。
 私のお兄様以外にもこの人は命を奪ってきたというのでしょうか。

「誰だ。誰の命を」
「最初は、フィリエ前伯爵夫人でした。その次がフィリエ前伯爵。そしてゾルティーア侯爵子息、そして皇太后様付きのメイド。そして」

 予想以上の人数に、私の体温は冷えて行きました。

「そして?」
「そして、王太后様を」
「なんだとっ!!」

 王太后様は病死の筈です。
 それが王妃様の手に掛かったなんて、そんな事。

「なぜ、おばあ様を。何故母上が。理由を知っているなら答えよ」
「はい。お答えいたします。皇太后さまはフィリップ殿下の父親について疑いを持っており、密かに調べておいででした。王太后様のメイドの一人が王妃様の部屋を探っていて、それに気が付いて王妃様はメイドの口を封じる様私に命令されたのです」

 私の予想を超えて王妃様は人の命を奪っていたのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者様。婚約破棄していただきありがとうございます〜破棄を破棄?ご冗談は顔だけにしてください〜

みおな
恋愛
 子爵令嬢のミリム・アデラインは、ある日婚約者の侯爵令息のランドル・デルモンドから婚約破棄をされた。  この婚約の意味も理解せずに、地味で陰気で身分も低いミリムを馬鹿にする婚約者にうんざりしていたミリムは、大喜びで婚約破棄を受け入れる。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
恋愛
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

「平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる」

ゆる
恋愛
平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる 婚約者を平民との恋のために捨てた王子が見た、輝く未来。 それは、自分を裏切ったはずの侯爵令嬢の背中だった――。 グランシェル侯爵令嬢マイラは、次期国王の弟であるラウル王子の婚約者。 将来を約束された華やかな日々が待っている――はずだった。 しかしある日、ラウルは「愛する平民の女性」と結婚するため、婚約破棄を一方的に宣言する。 婚約破棄の衝撃、社交界での嘲笑、周囲からの冷たい視線……。 一時は心が折れそうになったマイラだが、父である侯爵や信頼できる仲間たちとともに、自らの人生を切り拓いていく決意をする。 一方、ラウルは平民女性リリアとの恋を選ぶものの、周囲からの反発や王家からの追放に直面。 「息苦しい」と捨てた婚約者が、王都で輝かしい成功を収めていく様子を知り、彼が抱えるのは後悔と挫折だった。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】婚約破棄されたけど、なぜか冷酷公爵が猛アプローチしてきます

21時完結
恋愛
婚約者である王太子からの突然の婚約破棄。 「お前とは政略結婚だったが、本当に愛する人と結婚する」 そう言われた公爵令嬢のエリスは、社交界の前で屈辱を味わう。だが、そこで思いがけない人物が口を開いた。 「ならば、俺と結婚しよう」 冷酷と名高い公爵、アレクシスが突如彼女に求婚したのだ。戸惑うエリスだったが、彼の真剣な眼差しに流されるように婚約を承諾することに。 しかし、結婚後の彼はなぜか溺愛モード全開! 「お前は俺のものだ。他の男に微笑むな」 「昔からお前が欲しくてたまらなかった」 冷徹な仮面を外し、愛を隠そうとしない公爵に、エリスは困惑するばかり。 さらには、婚約破棄したはずの王太子が、彼女を取り戻そうと動き出して…? これは、婚約破棄から始まる、冷酷公爵の一途な溺愛物語。 「もう絶対に離さない」 ――愛を隠していた男の、猛攻が今始まる!

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

処理中です...