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王子の劣等感

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「フィリップ殿下、あなたはエミリアさんを羽虫扱いするのですか」

 フィリップ殿下が私をどう扱ってもいい相手だと思っているのは理解していました。
 王妃様が私をそう扱っていましたし、フィリップ殿下にもそうする様に誘導していたと知っていたからです。
 ですが、仮にも運命の相手と私の前に連れてきた相手に対して、何も思うところがないどころか羽虫扱いをするなど流石に考えもしませんでした。

「何が悪い」
「運命の相手だと仰っていたではありませんか」
「運命? ああ、そう言ったこともあったか。あれは素直な性格でお前よりは余程気遣いが出来たし、それなりに愛らしくもあった。だから愛人にしてもいいかとは思った。だがその程度だ」

 この人は何を言っているのでしょうか。
 だったら何故私の前に連れてきて、運命の相手だと言ったのでしょうか。

「殿下はその程度としか思わない人を運命の相手だと?」
「はっ。そんなわけないだろう。だからお前は馬鹿だと言うんだ。私の気持ちを何も理解出来ない間抜けだ。お前がどうしようもない馬鹿だから、自分の態度を反省せずにいるなら幾らでも代わりはいるのだと知らしめただけにすぎない。お前が私の婚約者でいられることがどれほど幸せなことか自覚をさせたかった。私の温情だ」

 何を言っているのか分かりません。
 いいえ、言葉の意味は理解出来ますが、それをどういう意図で話しているのかフィリップ殿下のお気持ちを理解等したくはないのです。

「温情とは不思議な事を仰るのですね。ああ、私から婚約破棄をしやすくして下さったのですね。殿下の不義不貞を理由に私から婚約破棄が出来るはご存じの筈ですから」

 殿下との会話に疲れて、つい嫌味とも取れる言い方をしてしまいました。

「お前ごときが婚約破棄等、そんな事出来るわけがないだろう。お前が馬鹿だから私が婚約破棄をしたんだ。悪いのはお前だ、私ではない」
「いいえ。悪いのはフィリップ殿下です。婚約破棄の証明書にも陛下からフィリップ殿下の不義不貞を理由に婚約破棄を認めるとの一文も書いて頂いています。陛下のご承認を間違いだと仰るのですか? 王太子殿下からもフィリップ殿下の愚行を謝罪するお手紙を頂いていますが」

 わざと愚行という言葉を使いました。

「王太子殿下はとても素晴らしい方ですね。私の様な一臣下の娘でしかない者にも気遣って下さったばかりか、愚かで考えなしの弟が行った、言葉にするのも恥ずかしい愚かな行為をした事を謝罪すると書いてくださったのですよ」

 王太子殿下からの手紙は、父の元に届けられたものです。
 本当に今言ったような内容が書かれていて驚きました。
 フィリップ殿下と仲が悪いとはいえ、王家の方であることには変わりありません。それを愚かで考えなしと書いているのです。

「愚かで考えなしだと? 兄上がそんな手紙を?」
「ええ。確かにフィリップ殿下について愚かで考えなしの弟と書かれていました。陛下も今回の事はとてもとても失望され、フィリップ殿下が反省出来るまで謹慎させると」
「陛下が、父上が失望だと。私が何をしたというのだっ!」

 ダンッダンッと足踏みをしながらフィリップ殿下が髪を掻きむしり始めました。
 これは昔からのフィリップ殿下の癖です。
 自分の思い通りにならないことがあると、こうして暴れ始めるのです。

「ですから、愚かで考えなしの行為をされたのですよ。陛下からも王太子殿下からも失望されるような愚かな事をされた自覚は本当に無かったのですか」

 ダンッダンッと足踏みを繰り返しながら、フィリップ殿下は私を睨みつけ始めました。
 

「煩いっ。違う、私は父上に失望等されていない。私の行いは正しいのだ。悪いのはお前だフローリアッ!」
「私の何が悪いと仰るのですか。私はフィリップ殿下から命令され無理矢理押し付けられた生徒会の仕事も自分の時間を削って行っていました。本来であれば私が行う必要のない仕事ですよ。それどころか殿下の公務の書類仕事も私に押し付けられていましたよね。私は殿下のお仕事をするために自分の勉強時間と睡眠時間を削っていたのですよ」
「そんなものっ。婚約者なのだから当たり前ではないか。むしろ私が命令する前に自分からやらせて欲しいと頭を下げるべき事だ。私の様な偉大な者の婚約者を光栄だと感じ、婚約者で居続けるための努力をしなければなら狩ったのだ。それをお前は怠ったのだっ」

 殿下の言いがかりともいえる言葉に、私は思わずため息をついてしまいました。

「殿下は私の為に何一つして下さらなかったというのに、私にだけそれを求めるのですか?」
「私が、なんだと?」
「ご存じですか。結婚は一人では出来ないのですよ。王太子殿下と王太子妃殿下のお二人をご覧になって感じるものは何もございませんか? お二人は互いを思いあい慈しみあっておいでです。王太子殿下は決して王太子妃殿下に、偉大な自分の妻でいられて光栄だろう等仰ったりはしないでしょう。王太子殿下はとても思慮深い方ですから」
「煩い、煩い、煩いっ!!! 兄上がなんだというんだ、あんな奴、母上からも愛されない可哀そうな奴がなんだというんだ。私だけが偉いんだ! 父上だって本当は私だけが可愛いんだっ」

 フィリップ殿下は王太子殿下に強い劣等感を感じておいでです。
 だから、こうして少し挑発するだけで大騒ぎを始めるのです。

「それは可愛いでしょう。フィリップ殿下は王妃様に瓜二つ。寵愛されている王妃様にそっくりのフィリップ殿下の事は例え愚かな行為をしていても、愛さずにはいられないのは私にもわかります。ええ、王妃様にだけ似ておいでですからね。髪も瞳も。殿下おひとりだけ王妃様に似ておいでですよね」

 嫌味の様に笑って、私は自分の髪をかき上げました。
 
「母上だけ。母上だけ、違う。父上に似たところはある筈だ」
「そうでしょうか」
「そうだ。私にだって」
「陛下も、フィリップ殿下以外の王子王女殿下も、皆様とても美しい金髪に青い瞳を持っていらっしゃいますし、お顔立ちも陛下に良く似ていらっしゃいますが、フィリップ殿下は? ああ、王妃様のお義兄様フィリエ伯爵には似ていらっしゃるのではありませんか?」

 王妃様は良くそう言ってフィリップ殿下の容姿を褒めていらっしゃるのは、私とフィリップ殿下しか知らない筈です。
 幼いフィリップ殿下を膝に抱いて「あなたはお義兄様そっくりの顔立ちでとても愛らしいわ。将来はきっとお義兄様の様に素晴らしい方になるわね」と繰り返し繰り返し言いながら髪を撫でていたのです。
 その度にフィリップ殿下が苦痛に耐えている様な顔をしているとは、気が付きもせずに。

「違うっ。私は父上に似ているのだ。伯父上に似て等いないっ。私は、違うっ!!」
「そうですか?」

 くるくると指先に髪を絡めながら、フィリップ殿下に向けて笑うと「私を馬鹿にするなっ!!」と私に飛び掛かってきました。

「きゃあっ!!」

 私の服を掴もうとしたフィリップ殿下を両手で阻止しながら私がわざとらしい悲鳴を上げた途端、魔道具が反応しました。
 
「抵抗するなっ、お前など、殺してやるっ!」

 一度魔道具の物理攻撃無効により軽く吹き飛ばされた殿下は、床にペタリと座り込んだまま懐からナイフを取り出し立ち上がるとナイフを振り回し始めました。

「殺してやる、殺してやるっ!」
「フローリアっ!」

 ナイフを振り回しながら私に飛び掛かろうとしたフィリップ殿下は、隠し部屋から出てきたケネスに羽交い絞めされ動きを塞がれてしまったのです。
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