78 / 123
感覚が違う相手
しおりを挟む
「怖くないわ。フィリップ殿下なんて」
すうっと息を吸いゆっくりと吐き出します。
魔道具越しに聞いていたフィリップ殿下の声は、私がずっと聞いていた苛々した怒鳴り声でした。
幼い頃の私は、フィリップ殿下の大声も王妃殿下の冷たい視線も恐怖に感じていました。
王宮に行くのが苦痛で、自分は王妃様の言う通り出来損ないなのだと信じ込んでいた時期もありました。
「劣等感」
お父様が用意してくださった魔道具の一つを手の中で弄びながら、先程執事が言った『お嬢様の美しい金の髪は数代前に王家の方が婿入りされた証にございます』という言葉を思い出していました。
この国の民の多くは、栗色や茶色の髪色をしています。
王妃様やフィリップ殿下の銀色は少数ですが、金色の髪を持つものは王族の血を先祖の誰かが受け継いでいる場合が多いのです。
王家にお生まれの方々は必ずと言って良い程金色の髪と青い瞳を持って生まれてくるのです。
だからこそフィリップ殿下は自分の外見を本心では疎んでいます。
幼い頃の私は、フィリップ殿下に何度髪を引っ張られ、何度切らせそうになったか分かりません。
「挑発してみようかしら」
病で臥せっている感じを出す為に、髪は緩く三つ編みにしてリボンで束ねています。
服はドレスではなく、足首までのワンピースです。
さっきの発言の後なら、フィリップ殿下はきっと不機嫌になるでしょう。
「ふう」
リボンをほどいて三つ編みを手櫛でゆるめ、そのまま片側に集めます。
腰までの長い髪を片側に寄せ前にすべて流すと、嫌味な程に髪が目立ちます。
フィリップ殿下の大嫌いで、心から欲してやまない金の髪です。
「お嬢様失礼致します。お客様がお見えでございます」
コンコンコンと扉を叩いた後、執事の声が扉越しに聞こえました。
「私は体の調子が悪いのよ、申し訳ないけれどお帰り頂いて」
「畏まり、あっ! フィリップ殿下困ります。お嬢様はっ」
「煩いっ!」
ガツンと何かがぶつかった様な音がした後、勢いよく扉が開きました。
「フィリップ殿下っ!」
慌てた様な執事の声が響いた後、フィリップ殿下が勢いよく部屋の中に入ってきて扉を閉めました。
ガチャリと内鍵が掛けられて、ソファーに座ったままの私のところにズカズカとフィリップ殿下が近づいてきます。
「フローリア。元気そうではないか」
「いいえ。私は病を患っています。どうかお帰り下さい」
フィリップ殿下が傍に寄っても立ち上がらず、私は手の中の魔道具を発動させました。
これは音を記録する魔道具です。
「お前は、私の忠告を無視したな。何様のつもりだ」
「私は婚約破棄の後、フィリップ殿下から何か頂いていたでしょうか」
「ああ、母上の名でお前に手紙を出した。反省すれば婚約者に戻してやると。どうだ、病になる程私の婚約者に未練があるのだろう? 自分が悪かった。なんでもするから婚約者に戻ってくれと土下座して頼むならお前と再び婚約してもいいのだぞ」
不遜な態度でそう言い放つフィリップ殿下に、笑わずに対応するのは少し苦痛を感じてしまいます。
どうして私が自ら行った婚約破棄を、自分から撤回しなければいけないのでしょうか。
「まあ、殿下。私は殿下とは二度と婚約致しません。その必要を感じませんし、陛下からその旨許可を頂いておりますから。どうぞフィリップ殿下はご自分で見つけられた運命の相手エミリアさんと添い遂げて下さいませ」
「エミリア? ああ、あの下賤な女か」
「下賤? フィリップ殿下は今下賤と仰ったのですか? ご自分で運命の相手だと仰っていた方を?」
さすがに驚いて問えば、フィリップ殿下は嫌悪感を隠そうともせずにエミリアさんを馬鹿にし始めました。
「あんな女が運命の相手のわけがないだろう。男爵家だぞ、顔はそれなりだし従順だが、頭は悪いし生まれも悪い女だ。あんなのが私の運命? 笑わせるな」
「ですが、エミリアさんはフィリップ殿下を思うあまりに」
違うでしょう。王妃様の命令の筈です。
「ふっ。馬鹿だな。あれが放火しようとした事を言っているのか。あんなものあの頭の悪いエミリアが考え付く筈がないだろう。あれは母上がさせたのだ」
「王妃様が、何故?」
「そんなもの。お前への仕置きに決まっているだろう。お前が私を敬わず逆らうから、母上は見せしめとしてあれに罪を犯させ、反省しなければお前も同じ目にあうと示したのだ」
なんていうことでしょう。
王妃様の命令だとは思っていましたが、それをフィリップ殿下もご存じだったとは。
「フィリップ殿下は、エミリアさんを愛しておられたのではないのですか」
「そんなわけあるか。あんな女ただの遊びだ。私は王子だぞ。あんなのを本気で愛するわけがない。馬鹿な女だ母上が私とエミリアの未来にはフローリアが邪魔だと、家を焼けば怖気づくだろうと焚きつけたらすぐに行動したのだから、放火は火あぶりの刑だというのに」
笑いながら、フィリップ殿下は私の元に近づいてきます。
「なんてこと。一人の女性の人生をそんな風に終わらせて何も感じないのですか」
「感じる? 何をだ。お前は羽虫を潰して命を縮めて申し訳ないと感じるのか?」
本気で何も感じていないかの様に、フィリップ殿下は私を不思議そうに見てそうして嗤ったのです。
すうっと息を吸いゆっくりと吐き出します。
魔道具越しに聞いていたフィリップ殿下の声は、私がずっと聞いていた苛々した怒鳴り声でした。
幼い頃の私は、フィリップ殿下の大声も王妃殿下の冷たい視線も恐怖に感じていました。
王宮に行くのが苦痛で、自分は王妃様の言う通り出来損ないなのだと信じ込んでいた時期もありました。
「劣等感」
お父様が用意してくださった魔道具の一つを手の中で弄びながら、先程執事が言った『お嬢様の美しい金の髪は数代前に王家の方が婿入りされた証にございます』という言葉を思い出していました。
この国の民の多くは、栗色や茶色の髪色をしています。
王妃様やフィリップ殿下の銀色は少数ですが、金色の髪を持つものは王族の血を先祖の誰かが受け継いでいる場合が多いのです。
王家にお生まれの方々は必ずと言って良い程金色の髪と青い瞳を持って生まれてくるのです。
だからこそフィリップ殿下は自分の外見を本心では疎んでいます。
幼い頃の私は、フィリップ殿下に何度髪を引っ張られ、何度切らせそうになったか分かりません。
「挑発してみようかしら」
病で臥せっている感じを出す為に、髪は緩く三つ編みにしてリボンで束ねています。
服はドレスではなく、足首までのワンピースです。
さっきの発言の後なら、フィリップ殿下はきっと不機嫌になるでしょう。
「ふう」
リボンをほどいて三つ編みを手櫛でゆるめ、そのまま片側に集めます。
腰までの長い髪を片側に寄せ前にすべて流すと、嫌味な程に髪が目立ちます。
フィリップ殿下の大嫌いで、心から欲してやまない金の髪です。
「お嬢様失礼致します。お客様がお見えでございます」
コンコンコンと扉を叩いた後、執事の声が扉越しに聞こえました。
「私は体の調子が悪いのよ、申し訳ないけれどお帰り頂いて」
「畏まり、あっ! フィリップ殿下困ります。お嬢様はっ」
「煩いっ!」
ガツンと何かがぶつかった様な音がした後、勢いよく扉が開きました。
「フィリップ殿下っ!」
慌てた様な執事の声が響いた後、フィリップ殿下が勢いよく部屋の中に入ってきて扉を閉めました。
ガチャリと内鍵が掛けられて、ソファーに座ったままの私のところにズカズカとフィリップ殿下が近づいてきます。
「フローリア。元気そうではないか」
「いいえ。私は病を患っています。どうかお帰り下さい」
フィリップ殿下が傍に寄っても立ち上がらず、私は手の中の魔道具を発動させました。
これは音を記録する魔道具です。
「お前は、私の忠告を無視したな。何様のつもりだ」
「私は婚約破棄の後、フィリップ殿下から何か頂いていたでしょうか」
「ああ、母上の名でお前に手紙を出した。反省すれば婚約者に戻してやると。どうだ、病になる程私の婚約者に未練があるのだろう? 自分が悪かった。なんでもするから婚約者に戻ってくれと土下座して頼むならお前と再び婚約してもいいのだぞ」
不遜な態度でそう言い放つフィリップ殿下に、笑わずに対応するのは少し苦痛を感じてしまいます。
どうして私が自ら行った婚約破棄を、自分から撤回しなければいけないのでしょうか。
「まあ、殿下。私は殿下とは二度と婚約致しません。その必要を感じませんし、陛下からその旨許可を頂いておりますから。どうぞフィリップ殿下はご自分で見つけられた運命の相手エミリアさんと添い遂げて下さいませ」
「エミリア? ああ、あの下賤な女か」
「下賤? フィリップ殿下は今下賤と仰ったのですか? ご自分で運命の相手だと仰っていた方を?」
さすがに驚いて問えば、フィリップ殿下は嫌悪感を隠そうともせずにエミリアさんを馬鹿にし始めました。
「あんな女が運命の相手のわけがないだろう。男爵家だぞ、顔はそれなりだし従順だが、頭は悪いし生まれも悪い女だ。あんなのが私の運命? 笑わせるな」
「ですが、エミリアさんはフィリップ殿下を思うあまりに」
違うでしょう。王妃様の命令の筈です。
「ふっ。馬鹿だな。あれが放火しようとした事を言っているのか。あんなものあの頭の悪いエミリアが考え付く筈がないだろう。あれは母上がさせたのだ」
「王妃様が、何故?」
「そんなもの。お前への仕置きに決まっているだろう。お前が私を敬わず逆らうから、母上は見せしめとしてあれに罪を犯させ、反省しなければお前も同じ目にあうと示したのだ」
なんていうことでしょう。
王妃様の命令だとは思っていましたが、それをフィリップ殿下もご存じだったとは。
「フィリップ殿下は、エミリアさんを愛しておられたのではないのですか」
「そんなわけあるか。あんな女ただの遊びだ。私は王子だぞ。あんなのを本気で愛するわけがない。馬鹿な女だ母上が私とエミリアの未来にはフローリアが邪魔だと、家を焼けば怖気づくだろうと焚きつけたらすぐに行動したのだから、放火は火あぶりの刑だというのに」
笑いながら、フィリップ殿下は私の元に近づいてきます。
「なんてこと。一人の女性の人生をそんな風に終わらせて何も感じないのですか」
「感じる? 何をだ。お前は羽虫を潰して命を縮めて申し訳ないと感じるのか?」
本気で何も感じていないかの様に、フィリップ殿下は私を不思議そうに見てそうして嗤ったのです。
197
お気に入りに追加
9,061
あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
拝啓、婚約者様。婚約破棄していただきありがとうございます〜破棄を破棄?ご冗談は顔だけにしてください〜
みおな
恋愛
子爵令嬢のミリム・アデラインは、ある日婚約者の侯爵令息のランドル・デルモンドから婚約破棄をされた。
この婚約の意味も理解せずに、地味で陰気で身分も低いミリムを馬鹿にする婚約者にうんざりしていたミリムは、大喜びで婚約破棄を受け入れる。

「平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる」
ゆる
恋愛
平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる
婚約者を平民との恋のために捨てた王子が見た、輝く未来。
それは、自分を裏切ったはずの侯爵令嬢の背中だった――。
グランシェル侯爵令嬢マイラは、次期国王の弟であるラウル王子の婚約者。
将来を約束された華やかな日々が待っている――はずだった。
しかしある日、ラウルは「愛する平民の女性」と結婚するため、婚約破棄を一方的に宣言する。
婚約破棄の衝撃、社交界での嘲笑、周囲からの冷たい視線……。
一時は心が折れそうになったマイラだが、父である侯爵や信頼できる仲間たちとともに、自らの人生を切り拓いていく決意をする。
一方、ラウルは平民女性リリアとの恋を選ぶものの、周囲からの反発や王家からの追放に直面。
「息苦しい」と捨てた婚約者が、王都で輝かしい成功を収めていく様子を知り、彼が抱えるのは後悔と挫折だった。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる