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感覚が違う相手

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「怖くないわ。フィリップ殿下なんて」

 すうっと息を吸いゆっくりと吐き出します。
 魔道具越しに聞いていたフィリップ殿下の声は、私がずっと聞いていた苛々した怒鳴り声でした。
 幼い頃の私は、フィリップ殿下の大声も王妃殿下の冷たい視線も恐怖に感じていました。
 王宮に行くのが苦痛で、自分は王妃様の言う通り出来損ないなのだと信じ込んでいた時期もありました。

「劣等感」

 お父様が用意してくださった魔道具の一つを手の中で弄びながら、先程執事が言った『お嬢様の美しい金の髪は数代前に王家の方が婿入りされた証にございます』という言葉を思い出していました。

 この国の民の多くは、栗色や茶色の髪色をしています。
 王妃様やフィリップ殿下の銀色は少数ですが、金色の髪を持つものは王族の血を先祖の誰かが受け継いでいる場合が多いのです。
 王家にお生まれの方々は必ずと言って良い程金色の髪と青い瞳を持って生まれてくるのです。
 だからこそフィリップ殿下は自分の外見を本心では疎んでいます。
 幼い頃の私は、フィリップ殿下に何度髪を引っ張られ、何度切らせそうになったか分かりません。

「挑発してみようかしら」

 病で臥せっている感じを出す為に、髪は緩く三つ編みにしてリボンで束ねています。
 服はドレスではなく、足首までのワンピースです。
 さっきの発言の後なら、フィリップ殿下はきっと不機嫌になるでしょう。

「ふう」

 リボンをほどいて三つ編みを手櫛でゆるめ、そのまま片側に集めます。
 腰までの長い髪を片側に寄せ前にすべて流すと、嫌味な程に髪が目立ちます。
 フィリップ殿下の大嫌いで、心から欲してやまない金の髪です。

「お嬢様失礼致します。お客様がお見えでございます」

 コンコンコンと扉を叩いた後、執事の声が扉越しに聞こえました。

「私は体の調子が悪いのよ、申し訳ないけれどお帰り頂いて」
「畏まり、あっ! フィリップ殿下困ります。お嬢様はっ」
「煩いっ!」

 ガツンと何かがぶつかった様な音がした後、勢いよく扉が開きました。

「フィリップ殿下っ!」

 慌てた様な執事の声が響いた後、フィリップ殿下が勢いよく部屋の中に入ってきて扉を閉めました。
 ガチャリと内鍵が掛けられて、ソファーに座ったままの私のところにズカズカとフィリップ殿下が近づいてきます。

「フローリア。元気そうではないか」
「いいえ。私は病を患っています。どうかお帰り下さい」

 フィリップ殿下が傍に寄っても立ち上がらず、私は手の中の魔道具を発動させました。
 これは音を記録する魔道具です。

「お前は、私の忠告を無視したな。何様のつもりだ」
「私は婚約破棄の後、フィリップ殿下から何か頂いていたでしょうか」
「ああ、母上の名でお前に手紙を出した。反省すれば婚約者に戻してやると。どうだ、病になる程私の婚約者に未練があるのだろう? 自分が悪かった。なんでもするから婚約者に戻ってくれと土下座して頼むならお前と再び婚約してもいいのだぞ」

 不遜な態度でそう言い放つフィリップ殿下に、笑わずに対応するのは少し苦痛を感じてしまいます。
 どうして私が自ら行った婚約破棄を、自分から撤回しなければいけないのでしょうか。

「まあ、殿下。私は殿下とは二度と婚約致しません。その必要を感じませんし、陛下からその旨許可を頂いておりますから。どうぞフィリップ殿下はご自分で見つけられた運命の相手エミリアさんと添い遂げて下さいませ」
「エミリア? ああ、あの下賤な女か」
「下賤? フィリップ殿下は今下賤と仰ったのですか? ご自分で運命の相手だと仰っていた方を?」

 さすがに驚いて問えば、フィリップ殿下は嫌悪感を隠そうともせずにエミリアさんを馬鹿にし始めました。

「あんな女が運命の相手のわけがないだろう。男爵家だぞ、顔はそれなりだし従順だが、頭は悪いし生まれも悪い女だ。あんなのが私の運命? 笑わせるな」
「ですが、エミリアさんはフィリップ殿下を思うあまりに」

 違うでしょう。王妃様の命令の筈です。

「ふっ。馬鹿だな。あれが放火しようとした事を言っているのか。あんなものあの頭の悪いエミリアが考え付く筈がないだろう。あれは母上がさせたのだ」
「王妃様が、何故?」
「そんなもの。お前への仕置きに決まっているだろう。お前が私を敬わず逆らうから、母上は見せしめとしてあれに罪を犯させ、反省しなければお前も同じ目にあうと示したのだ」

 なんていうことでしょう。
 王妃様の命令だとは思っていましたが、それをフィリップ殿下もご存じだったとは。

「フィリップ殿下は、エミリアさんを愛しておられたのではないのですか」
「そんなわけあるか。あんな女ただの遊びだ。私は王子だぞ。あんなのを本気で愛するわけがない。馬鹿な女だ母上が私とエミリアの未来にはフローリアが邪魔だと、家を焼けば怖気づくだろうと焚きつけたらすぐに行動したのだから、放火は火あぶりの刑だというのに」

 笑いながら、フィリップ殿下は私の元に近づいてきます。
 
「なんてこと。一人の女性の人生をそんな風に終わらせて何も感じないのですか」
「感じる? 何をだ。お前は羽虫を潰して命を縮めて申し訳ないと感じるのか?」

 本気で何も感じていないかの様に、フィリップ殿下は私を不思議そうに見てそうして嗤ったのです。
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