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愚かな王子は

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「私達は馬車で出かけた振りをしてすぐに戻ってくる。フィリップ殿下が今晩来るのかどうか分からないが、もし王妃様の宮から殿下が出ることがあれば、王太子殿下の配下が後をつけて下さる段取りになっているから」
「はい。フィリップ殿下の性格から考えると、警備の隙をついて侵入してくるといことはないと思いますので。その場合は執事達に対応してもらいます」

 お父様達は先程から何度も同じことを繰り返しています。
 心配してくださっているのは分かりますが、早く出ないと侯爵家が私と使用人以外いないと王妃様のところに情報が届かなくなってしまいます。

「王妃様の配下は」
「それらしい者が正門の近くと裏門の近くにいるな」
「それでしたらお父様達がお出かけされたらすぐに報告されますね」

 王妃様の配下らしいものが屋敷を見張り始めたのは婚約破棄してすぐのことだったそうです。
 隠れる気がない怪しい人物がいて、調べると王妃様の宮に入っていったと。
 見張っているのを隠す気が無いというのが、いかにも王妃様の行いです。

「魔道具は付けているな」
「はい。いつもの魔道具と服の下に防御の鎧と、この首飾りを」

 いつもつけている毒を無効、呪いを術者に跳ね返す、物理的な攻撃から守る魔道具の他、服の下には防御の鎧と名付けられている物理攻撃から守りつつ相手に雷の衝撃を相手に与えます。そして首飾りは見た目は華奢な鎖と宝石が付いている日常使いの首飾りに見えますが、実際は首周辺をブツリ攻撃から守ってくれる魔道具です。

「ならいい。絶対に油断するなよ。お前を守る為に密かに護衛も配置しているが万が一ということもあるのだ」
「大丈夫です。お父様、これで私に何かある方がおかしいです。それよりも短時間とはいえお父様達も気を付けて下さいませね」

 私がそう言ってお父様達を送り出すと、後ろ髪引かれる様な様子で出かけて行きました。
 これで今屋敷にいるのは私とイオン様と使用人だけです。

「イオン様、もしフィリップ殿下と一緒に王妃様の侍医が来たら解呪をお願いします」
「ええ、いつでも解呪出来る様にしていますからご安心を」
「ありがとうございます。心強いです」

 イオン様と執事とユウナと私、それだけの人数で部屋の中にいて時が過ぎるのを待ちます。
 待っている時ほど時間の流れはゆっくりに感じるものです。

「陛下は本当にご決断されたのでしょうか」
「王妃様が白髪になったのは神聖契約を行った故と思いますから、陛下もある程度のご決断はされたのかと思いますが、何か気がかりなことがありますか?」
「なぜ回数を増やしたのかと、それだけです」

 十回で私は足りると考えていました。
 いくら王妃様でも侯爵家をそこまで害そうとはしていないだろう、私が婚約破棄をするまでずっと私達は王妃様に忠実であったのですから。
 忠実な家臣でいさえすれば、王妃様はフィリップ殿下の婿入り先を没落させたくはなかったはずですから害する必要もなかった筈なのです。

「陛下が何を思って王家の血を受け継ぐ者という条件を増やしたのか分かりません。回数を増やした理由はもしかしたら、王妃様の行いをある程度はご存じだったから、かもしれませんが」
「ご存じだったのでしょうね。だから回数を増やしたのでしょう」

 イオン様が痛ましいものでも見る様な顔でそっと聖句を呟きました。
 陛下はご存じだったとすれば、お兄様の仇に陛下も入るのでしょうか。
 知っていて放置するのは罪でしょうか、それとも違うのでしょうか。

「お嬢様は、フィリップ殿下を信じたいお気持ちもあるのですか」
「完全に無いとは言い切れない気がしています。好きという感情はありませんでした。尊敬も親しみも何もない。ただ私は現実を淡々と受け入れて、不幸になる未来しか見えない結婚をするのだと思っていました」

 フィリップ殿下の隣で幸せになれる未来など想像も出来ませんでした。
 私はフィリップ殿下に寄り添おうとしていたといいながら、不幸になる未来を想像し傍にいたのですから疎まれても本当は仕方ないのかもしれません。

「人の気持ちはひとつではないのでしょう。年を重ねるにつれ殿下とは一緒に入られない気持ちが強くなりましたが、幼い頃は親しくなりたい。私に笑いかけて欲しいと思いもしたのです」

 ただ少しでも親しくなりたいと思っていても決してそうならなかった。
 だとしたら婚約破棄はなるべくしてなった事なのです。

「お嬢様、フィリップ殿下と王妃様の侍医という方がお見えになっていますが」
「私は臥せっていて話せる状態じゃないからとお断りして」

 取次のメイドが知らせを持ってやってきました。

「納得されなければ、お父様達が留守だからと伝えてから鏡の間に通して」
「畏まりました」

 メイドが去っていくと、イオン様は緊張した顔で私を始めて見ました。

「お嬢様」
「イオン様は計画通りに執事と共に準備を始めて下さい。私は部屋に戻ります、ユウナ」
「畏まりました」

 それぞれが持ち場について、そうして闘いは始まったのです。
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