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喰いついたのは5(王妃視点)
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「フィリップだけが私の愛する子供、だからあの子を守らなければ」
お義兄様は恐れ多いと、赤ん坊のフィリップを一度もその手には抱いてくれませんでした。
父と名乗り出る事は出来なくても、せめて名前で呼んであげて欲しかったというのに頑なに『フィリップ殿下』としか呼んではくれませんでした。
それと同時に私の事も名前ではなく、王妃様としか呼んでくれません。
それはあの男に嫁いだ日から続く屈辱でした。
「お義兄様に魔法を。そうよ、もうあの家には跡取りがいる。私が願ってもその後も子供を作り続けていた」
お義兄様は妻としてあの女を大切にしています。
私を王妃様と呼ぶその口で、あの女の事は名前で呼ぶのです。
愛おしそうにあの女の事も、あの女とお義兄様の血を継ぐ子供達の事も名前で呼ぶのです。
私の事もフィリップの事も、恐れ多い他人として扱う癖に。
「魔法を使ってお義兄様を私の傀儡としたら、あの女とは離縁させてしまえばいいわね」
湯浴みの用意が整ったと侍女が声を掛けてきて、私は怠い身体で浴室へと向かいました。
可哀そうな私の息子フィリップを軟禁から解放する為には陛下に歎願しなければなりません、ですがそれをするには美貌の私がやつれてた姿を陛下に晒す必要があります。
でも、フィリップを思うあまりやつれた姿であって年を感じさせてはいけないのです。
子供を何人も生んだというのに、私は若い頃と変わらない美しさで陛下も他貴族達も魅了しています。
元は貧乏貴族の娘が養女となって伯爵家の娘となっただけと陰口を囁く貴族達、それを私は完璧な淑女となることで黙らせてきました。
完璧な礼儀作法、誰にも何も言わせない美しいダンスに美しい所作、外交官よりも堪能な外国語に他国の知識、国内情勢も何もかも完璧に把握している。それが王妃たる私です。
知識も教養も何もかも完璧で、その上美しい。
だからこそ私は陛下に長年愛され続けたのです。
「こんな髪では駄目よ。美しい艶、しっとりと濡れた様な手触り、絹の様な髪でなければ」
服を脱ぎ湯舟に目を閉じて浸かりながら、侍女たちに髪の手入れをさせます。
顔には花の香りを浸した布を乗せ、潤いを保つ肌へと導きます。
「まあ、なんていう事」
「どうしてこんな」
ひそひとと私に聞こえぬ様に言い合う侍女たちの声に、私は瞼を開きました。
「どうしたの」
「あの、王妃様。御髪が」
「髪がどうしたというの」
「王妃様の御髪の色が、銀ではなく白く……」
「なんですって」
侍女達の悲鳴の様な声に髪を見ると、銀色の髪が、お義兄様と同じ銀色の髪が老婆の様な白髪に変わっていたのです。
「何をしたの」
「御髪の乾燥が酷うございましたので、地肌を労わる薬湯で洗浄したのち保湿の香油を」
「それでどうしてこんなことに? 先程までは銀色の髪だったわ。白等混じってすらいなかった」
色が変わっただけでなく、香油を使ったといいながら乾ききった艶のない白髪は、慌てる侍女が櫛で梳くたび度にブチブチと切れてしまいました。
「も、申し訳ございません。王妃様、決して力を入れているわけではございません。ただ、いつもと同じく髪を梳いているのみですが、なぜか」
櫛を床に放りだし、侍女は床に額をこすりつけ謝罪の言葉を繰り返しますが私が聞きたいのは謝罪ではなくどうしたらもとの銀髪に戻れるかです。
「申し訳ございません。申し訳ございません」
ひたすらに謝り続ける侍女達を責めてもどうしようもないのだと、悟るには二刻程の時間を費やしました。
髪は良くなるどころかどんどん酷くなり、毛羽立ちすぎて今にもちぎれそうな麻糸の様になっていました。
それで収まるどころか、心労が祟ったのか珠玉の肌と言われた私の顔や手足に皺が目立ち、あろうことか染みまで出始めたのです。
「何が起きているの。これでは陛下にお会い出来ない」
陛下が私を今も愛してくださるのは、本当に情を感じて下さるから。
でも、その一部には私が美しいからだと思っています。ですが、こんな、こんな。
「侍医を呼んで、いますぐに」
床に額をこすりつけすぎて血をにじませている侍女達にそう命令すると彼女達は、逃げ惑う兎の様に足早に去って行きました。
「どうして、こんな」
醜い白髪を手にすると、ブツリと髪がちぎれて床に散りばりました。
「許せない。どうしてこんな」
ふと脳裏に浮かんだのは、美しい金髪の娘フローリアです。
あの子は、他の兄弟と一人だけ髪色が違うフィリップの前で自分の金髪を自慢するように腰まで長く髪を伸ばしていました。
フィリップの銀髪は、お義兄様と私の絆の証ですがそれでもフローリアの金髪は忌々しいものでした。
「あの子の髪を見苦しい程に切り刻めば私の心も労われるというもの」
フィリップにあの子へ罰を与える様伝えるつもりでした。
そのための支度は昨日指示を出していました。
明日の夜はフィリップは軟禁されている宮を抜け出し、私の宮にやってきます。
その時にフローリアの髪を切り刻む様指示をすれば。
「すましたあの顔、髪を切り刻まれてもそのままでいられるものかしら」
この国の貴族令嬢は長く髪を伸ばしている者が殆どです。
それを切り刻まれて、表に出られる者は皆無でしょう。
私はその瞬間を想像して、高笑いするのでした。
お義兄様は恐れ多いと、赤ん坊のフィリップを一度もその手には抱いてくれませんでした。
父と名乗り出る事は出来なくても、せめて名前で呼んであげて欲しかったというのに頑なに『フィリップ殿下』としか呼んではくれませんでした。
それと同時に私の事も名前ではなく、王妃様としか呼んでくれません。
それはあの男に嫁いだ日から続く屈辱でした。
「お義兄様に魔法を。そうよ、もうあの家には跡取りがいる。私が願ってもその後も子供を作り続けていた」
お義兄様は妻としてあの女を大切にしています。
私を王妃様と呼ぶその口で、あの女の事は名前で呼ぶのです。
愛おしそうにあの女の事も、あの女とお義兄様の血を継ぐ子供達の事も名前で呼ぶのです。
私の事もフィリップの事も、恐れ多い他人として扱う癖に。
「魔法を使ってお義兄様を私の傀儡としたら、あの女とは離縁させてしまえばいいわね」
湯浴みの用意が整ったと侍女が声を掛けてきて、私は怠い身体で浴室へと向かいました。
可哀そうな私の息子フィリップを軟禁から解放する為には陛下に歎願しなければなりません、ですがそれをするには美貌の私がやつれてた姿を陛下に晒す必要があります。
でも、フィリップを思うあまりやつれた姿であって年を感じさせてはいけないのです。
子供を何人も生んだというのに、私は若い頃と変わらない美しさで陛下も他貴族達も魅了しています。
元は貧乏貴族の娘が養女となって伯爵家の娘となっただけと陰口を囁く貴族達、それを私は完璧な淑女となることで黙らせてきました。
完璧な礼儀作法、誰にも何も言わせない美しいダンスに美しい所作、外交官よりも堪能な外国語に他国の知識、国内情勢も何もかも完璧に把握している。それが王妃たる私です。
知識も教養も何もかも完璧で、その上美しい。
だからこそ私は陛下に長年愛され続けたのです。
「こんな髪では駄目よ。美しい艶、しっとりと濡れた様な手触り、絹の様な髪でなければ」
服を脱ぎ湯舟に目を閉じて浸かりながら、侍女たちに髪の手入れをさせます。
顔には花の香りを浸した布を乗せ、潤いを保つ肌へと導きます。
「まあ、なんていう事」
「どうしてこんな」
ひそひとと私に聞こえぬ様に言い合う侍女たちの声に、私は瞼を開きました。
「どうしたの」
「あの、王妃様。御髪が」
「髪がどうしたというの」
「王妃様の御髪の色が、銀ではなく白く……」
「なんですって」
侍女達の悲鳴の様な声に髪を見ると、銀色の髪が、お義兄様と同じ銀色の髪が老婆の様な白髪に変わっていたのです。
「何をしたの」
「御髪の乾燥が酷うございましたので、地肌を労わる薬湯で洗浄したのち保湿の香油を」
「それでどうしてこんなことに? 先程までは銀色の髪だったわ。白等混じってすらいなかった」
色が変わっただけでなく、香油を使ったといいながら乾ききった艶のない白髪は、慌てる侍女が櫛で梳くたび度にブチブチと切れてしまいました。
「も、申し訳ございません。王妃様、決して力を入れているわけではございません。ただ、いつもと同じく髪を梳いているのみですが、なぜか」
櫛を床に放りだし、侍女は床に額をこすりつけ謝罪の言葉を繰り返しますが私が聞きたいのは謝罪ではなくどうしたらもとの銀髪に戻れるかです。
「申し訳ございません。申し訳ございません」
ひたすらに謝り続ける侍女達を責めてもどうしようもないのだと、悟るには二刻程の時間を費やしました。
髪は良くなるどころかどんどん酷くなり、毛羽立ちすぎて今にもちぎれそうな麻糸の様になっていました。
それで収まるどころか、心労が祟ったのか珠玉の肌と言われた私の顔や手足に皺が目立ち、あろうことか染みまで出始めたのです。
「何が起きているの。これでは陛下にお会い出来ない」
陛下が私を今も愛してくださるのは、本当に情を感じて下さるから。
でも、その一部には私が美しいからだと思っています。ですが、こんな、こんな。
「侍医を呼んで、いますぐに」
床に額をこすりつけすぎて血をにじませている侍女達にそう命令すると彼女達は、逃げ惑う兎の様に足早に去って行きました。
「どうして、こんな」
醜い白髪を手にすると、ブツリと髪がちぎれて床に散りばりました。
「許せない。どうしてこんな」
ふと脳裏に浮かんだのは、美しい金髪の娘フローリアです。
あの子は、他の兄弟と一人だけ髪色が違うフィリップの前で自分の金髪を自慢するように腰まで長く髪を伸ばしていました。
フィリップの銀髪は、お義兄様と私の絆の証ですがそれでもフローリアの金髪は忌々しいものでした。
「あの子の髪を見苦しい程に切り刻めば私の心も労われるというもの」
フィリップにあの子へ罰を与える様伝えるつもりでした。
そのための支度は昨日指示を出していました。
明日の夜はフィリップは軟禁されている宮を抜け出し、私の宮にやってきます。
その時にフローリアの髪を切り刻む様指示をすれば。
「すましたあの顔、髪を切り刻まれてもそのままでいられるものかしら」
この国の貴族令嬢は長く髪を伸ばしている者が殆どです。
それを切り刻まれて、表に出られる者は皆無でしょう。
私はその瞬間を想像して、高笑いするのでした。
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