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喰いついたのは3(王妃視点)

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 アダムと話をした次の日の朝、最近当たり前になりつつある怠い身体を起こしふと視界に入った髪に気が付いたのです。

「どうしてこんなに艶がないの。侍女の怠慢ね、罰しなければ」

 体が怠いのは不快ですが、それ以上に髪の状態の酷さに不快になり私は腹立ちまぎれにベッドの脇にあるベルを鳴らしました。

「王妃様、まだお目覚めのお時間ではありませんが、何かございましたでしょうか」
「ねえ、どうして私の髪はこんなに艶が無いの。ぱさぱさと渇いて、手触りも悪いわ」

 私が不快になっていると気が付いたのでしょう。
 侍女は床に跪くと、青い顔で私に許しを請いました。

「大変申し訳ございません。昨日王妃様は外出から戻られた後、お化粧を直す為に鏡台の前に座られてそのまま気を失われてしまわれたのです」
「それで」
「昨日は御髪の手入れを念入りに行う予定でした。ですが、王妃様はお目覚めにならずそのまま寝台にお連れして現在にいたりますので、それで」


 とっさの言い訳としては十分でしょう。
 ですが、それが私の髪の手入れを怠った理由としては許される内容ではありません。

「たった一日手入れを怠っただけでこんなに酷い髪になるのかしら。これでは陛下にお会い出来ないわ」
「申し訳ございません。すぐに手入れの担当の者を呼びます。まずはゆっくりとお湯浴みして頂き、お肌のお手入れから、どうか。お願い致します」

 平身低頭し許しを請う姿に少しだけ溜飲を下げ、ベッドから出ると侍女は慌てて立ち上がり私の体を支えました。

「王妃様、お顔の色が悪いように思います。お湯浴み前に侍医を呼びましょうか」
「お前達の怠慢に悲しみを感じたせいかもしれないわ。侍医は後でいいから、湯浴みの準備をして」
「……畏まりました」

 私を寝室に残し、侍女は足早に部屋を出て行きました。

「忌々しい。誰もかれもが愚鈍で私の思い通りにいかない」

 昨日のアダムとの話を思い出し、お酒を頂き過ぎた翌朝の様な不快感に顔をしかめながら、部屋に戻った時の事を思い出していました。

「皺なんて、心労のせいだわ」

 子供を何人も産み、すでに孫もいる立場ですがそれでも美しさは嫁いだ頃より変わらないと陛下が絶賛する程に私の美貌は秀でていました。
 元々私は美しい子供でした。
 貧乏な貴族家に生まれながら、遠い親戚だった伯爵が私の美貌に目を付け養女としようとする位に私の顔は子供ながらに美しく、他人を魅了していたのです。

『お前が私の言う通りに自分の価値を高め、私の野望に協力できると言うのならお前に贅沢な暮らしを与えよう』

 後に養父となる伯爵はそう約束して、私をフィリエ伯爵家の養女としたのです。

「お義兄様に会いたいわ。彼に抱きしめられて髪を撫でられて、そうして幸せな時を過ごしたい」

 養女になった頃を思い出すと、お義兄様に会いたくなるのは当然の事でした。
 貧乏な家に生まれた私は、髪も顔もろくな手入れが出来ず。綺麗なドレスの一枚すら持ってはいませんでした。
 みすぼらしい姿で伯爵家に来た私を、伯爵夫人は顔をしかめて不快感を隠そうともせず出迎え、使用人達も同じような顔で私を見下していました。
 そんな状況でお義兄様だけは、最初から優しかったのです。

「お義兄様、お会いしたいわ。私の最愛の人」

 お義兄様は私を優しく出迎えて、これからは本当の兄だと思って欲しいと言ってくださいました。
 私に勉強を教えてくださり、家庭教師の厳しさに涙ぐむ私を慰め、出来ることが増える度に褒めて下さいました。
 貧乏貴族家の娘だと私を蔑むお義母様や使用人達に比べ、優しいお義兄様に私が傾倒し依存していくのは当然の成り行きでした。
 フィリエ伯爵家の繁栄の為、上位貴族の家に嫁ぐ都合のいい駒として養女になった私です。
 その役目を果たせなければ惨めな貧乏貴族令嬢に戻らなければならないのですから、私は必死に勉強し自分の価値を高めました。
 今まで食べたことがない高級な菓子を沢山食べたくても、贅沢な食事をもっと味わいたくても我慢し、苦しいコルセットに耐えて優雅なしぐさが出来る様に神経を集中して暮らしました。

 貧乏な暮らしに戻りたくないと言う思いよりも、いつしかお義兄様と離れたくないという気持ちが勝る様になりました。
 私はお義兄様に恋していたのです。
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