70 / 123
喰いついたのは3(王妃視点)
しおりを挟む
アダムと話をした次の日の朝、最近当たり前になりつつある怠い身体を起こしふと視界に入った髪に気が付いたのです。
「どうしてこんなに艶がないの。侍女の怠慢ね、罰しなければ」
体が怠いのは不快ですが、それ以上に髪の状態の酷さに不快になり私は腹立ちまぎれにベッドの脇にあるベルを鳴らしました。
「王妃様、まだお目覚めのお時間ではありませんが、何かございましたでしょうか」
「ねえ、どうして私の髪はこんなに艶が無いの。ぱさぱさと渇いて、手触りも悪いわ」
私が不快になっていると気が付いたのでしょう。
侍女は床に跪くと、青い顔で私に許しを請いました。
「大変申し訳ございません。昨日王妃様は外出から戻られた後、お化粧を直す為に鏡台の前に座られてそのまま気を失われてしまわれたのです」
「それで」
「昨日は御髪の手入れを念入りに行う予定でした。ですが、王妃様はお目覚めにならずそのまま寝台にお連れして現在にいたりますので、それで」
とっさの言い訳としては十分でしょう。
ですが、それが私の髪の手入れを怠った理由としては許される内容ではありません。
「たった一日手入れを怠っただけでこんなに酷い髪になるのかしら。これでは陛下にお会い出来ないわ」
「申し訳ございません。すぐに手入れの担当の者を呼びます。まずはゆっくりとお湯浴みして頂き、お肌のお手入れから、どうか。お願い致します」
平身低頭し許しを請う姿に少しだけ溜飲を下げ、ベッドから出ると侍女は慌てて立ち上がり私の体を支えました。
「王妃様、お顔の色が悪いように思います。お湯浴み前に侍医を呼びましょうか」
「お前達の怠慢に悲しみを感じたせいかもしれないわ。侍医は後でいいから、湯浴みの準備をして」
「……畏まりました」
私を寝室に残し、侍女は足早に部屋を出て行きました。
「忌々しい。誰もかれもが愚鈍で私の思い通りにいかない」
昨日のアダムとの話を思い出し、お酒を頂き過ぎた翌朝の様な不快感に顔をしかめながら、部屋に戻った時の事を思い出していました。
「皺なんて、心労のせいだわ」
子供を何人も産み、すでに孫もいる立場ですがそれでも美しさは嫁いだ頃より変わらないと陛下が絶賛する程に私の美貌は秀でていました。
元々私は美しい子供でした。
貧乏な貴族家に生まれながら、遠い親戚だった伯爵が私の美貌に目を付け養女としようとする位に私の顔は子供ながらに美しく、他人を魅了していたのです。
『お前が私の言う通りに自分の価値を高め、私の野望に協力できると言うのならお前に贅沢な暮らしを与えよう』
後に養父となる伯爵はそう約束して、私をフィリエ伯爵家の養女としたのです。
「お義兄様に会いたいわ。彼に抱きしめられて髪を撫でられて、そうして幸せな時を過ごしたい」
養女になった頃を思い出すと、お義兄様に会いたくなるのは当然の事でした。
貧乏な家に生まれた私は、髪も顔もろくな手入れが出来ず。綺麗なドレスの一枚すら持ってはいませんでした。
みすぼらしい姿で伯爵家に来た私を、伯爵夫人は顔をしかめて不快感を隠そうともせず出迎え、使用人達も同じような顔で私を見下していました。
そんな状況でお義兄様だけは、最初から優しかったのです。
「お義兄様、お会いしたいわ。私の最愛の人」
お義兄様は私を優しく出迎えて、これからは本当の兄だと思って欲しいと言ってくださいました。
私に勉強を教えてくださり、家庭教師の厳しさに涙ぐむ私を慰め、出来ることが増える度に褒めて下さいました。
貧乏貴族家の娘だと私を蔑むお義母様や使用人達に比べ、優しいお義兄様に私が傾倒し依存していくのは当然の成り行きでした。
フィリエ伯爵家の繁栄の為、上位貴族の家に嫁ぐ都合のいい駒として養女になった私です。
その役目を果たせなければ惨めな貧乏貴族令嬢に戻らなければならないのですから、私は必死に勉強し自分の価値を高めました。
今まで食べたことがない高級な菓子を沢山食べたくても、贅沢な食事をもっと味わいたくても我慢し、苦しいコルセットに耐えて優雅なしぐさが出来る様に神経を集中して暮らしました。
貧乏な暮らしに戻りたくないと言う思いよりも、いつしかお義兄様と離れたくないという気持ちが勝る様になりました。
私はお義兄様に恋していたのです。
「どうしてこんなに艶がないの。侍女の怠慢ね、罰しなければ」
体が怠いのは不快ですが、それ以上に髪の状態の酷さに不快になり私は腹立ちまぎれにベッドの脇にあるベルを鳴らしました。
「王妃様、まだお目覚めのお時間ではありませんが、何かございましたでしょうか」
「ねえ、どうして私の髪はこんなに艶が無いの。ぱさぱさと渇いて、手触りも悪いわ」
私が不快になっていると気が付いたのでしょう。
侍女は床に跪くと、青い顔で私に許しを請いました。
「大変申し訳ございません。昨日王妃様は外出から戻られた後、お化粧を直す為に鏡台の前に座られてそのまま気を失われてしまわれたのです」
「それで」
「昨日は御髪の手入れを念入りに行う予定でした。ですが、王妃様はお目覚めにならずそのまま寝台にお連れして現在にいたりますので、それで」
とっさの言い訳としては十分でしょう。
ですが、それが私の髪の手入れを怠った理由としては許される内容ではありません。
「たった一日手入れを怠っただけでこんなに酷い髪になるのかしら。これでは陛下にお会い出来ないわ」
「申し訳ございません。すぐに手入れの担当の者を呼びます。まずはゆっくりとお湯浴みして頂き、お肌のお手入れから、どうか。お願い致します」
平身低頭し許しを請う姿に少しだけ溜飲を下げ、ベッドから出ると侍女は慌てて立ち上がり私の体を支えました。
「王妃様、お顔の色が悪いように思います。お湯浴み前に侍医を呼びましょうか」
「お前達の怠慢に悲しみを感じたせいかもしれないわ。侍医は後でいいから、湯浴みの準備をして」
「……畏まりました」
私を寝室に残し、侍女は足早に部屋を出て行きました。
「忌々しい。誰もかれもが愚鈍で私の思い通りにいかない」
昨日のアダムとの話を思い出し、お酒を頂き過ぎた翌朝の様な不快感に顔をしかめながら、部屋に戻った時の事を思い出していました。
「皺なんて、心労のせいだわ」
子供を何人も産み、すでに孫もいる立場ですがそれでも美しさは嫁いだ頃より変わらないと陛下が絶賛する程に私の美貌は秀でていました。
元々私は美しい子供でした。
貧乏な貴族家に生まれながら、遠い親戚だった伯爵が私の美貌に目を付け養女としようとする位に私の顔は子供ながらに美しく、他人を魅了していたのです。
『お前が私の言う通りに自分の価値を高め、私の野望に協力できると言うのならお前に贅沢な暮らしを与えよう』
後に養父となる伯爵はそう約束して、私をフィリエ伯爵家の養女としたのです。
「お義兄様に会いたいわ。彼に抱きしめられて髪を撫でられて、そうして幸せな時を過ごしたい」
養女になった頃を思い出すと、お義兄様に会いたくなるのは当然の事でした。
貧乏な家に生まれた私は、髪も顔もろくな手入れが出来ず。綺麗なドレスの一枚すら持ってはいませんでした。
みすぼらしい姿で伯爵家に来た私を、伯爵夫人は顔をしかめて不快感を隠そうともせず出迎え、使用人達も同じような顔で私を見下していました。
そんな状況でお義兄様だけは、最初から優しかったのです。
「お義兄様、お会いしたいわ。私の最愛の人」
お義兄様は私を優しく出迎えて、これからは本当の兄だと思って欲しいと言ってくださいました。
私に勉強を教えてくださり、家庭教師の厳しさに涙ぐむ私を慰め、出来ることが増える度に褒めて下さいました。
貧乏貴族家の娘だと私を蔑むお義母様や使用人達に比べ、優しいお義兄様に私が傾倒し依存していくのは当然の成り行きでした。
フィリエ伯爵家の繁栄の為、上位貴族の家に嫁ぐ都合のいい駒として養女になった私です。
その役目を果たせなければ惨めな貧乏貴族令嬢に戻らなければならないのですから、私は必死に勉強し自分の価値を高めました。
今まで食べたことがない高級な菓子を沢山食べたくても、贅沢な食事をもっと味わいたくても我慢し、苦しいコルセットに耐えて優雅なしぐさが出来る様に神経を集中して暮らしました。
貧乏な暮らしに戻りたくないと言う思いよりも、いつしかお義兄様と離れたくないという気持ちが勝る様になりました。
私はお義兄様に恋していたのです。
187
お気に入りに追加
9,066
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?
桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』
魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!?
大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。
無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!!
*******************
毎朝7時更新です。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる