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戦いの前の時間

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「お父様」
「フローリア、ああ本当にフローリアなのだな」

 お父様が帰宅されたと聞き玄関にて出迎えると、今まで見たことが無い表情で私を抱きしめてくれました。

「すまなかった、フローリア。許してくれとは言わない。だが、申し訳ない」

 王宮で何かかがあったのでしょうか、まさか神聖契約を受けて貰えなかったのでしょうか。
 私の心配をよそに、お父様は私を抱きしめたまま今までの私の苦労を労わる言葉を繰り返しました。

「お父様」

 私が不甲斐ないばかりにお父様とお母さまに苦労と屈辱の日々を与えてしまっていたのというのに、お父様はそんな私に文句を言うどころか、すまなかったと謝って下さるのだと思うと。
 私はお父様の娘で良かったと、呑気に考えてしまうのです。

「どうした」
「いいえ。お父様に再びお会いできて嬉しくて」
「私もだ。フローリア、お前の決断を私は誇りに思うよ」

 私を抱きしめたまま、お父様はそう言うと目を細めました。
 お父様は文官ですが、鍛えていないわけではありません。
 たくましい腕に抱きしめられて、私は自分がとても安らかな気持ちでいると気が付きました。私はこの腕にずっと守られてきたのです。ずっと。

「お父様、おばあ様の領地から大神官様をお連れしました。晩餐の席でご紹介しますね」
「そうか、分かった。着替えてくる、晩餐の時にゆっくり話をしよう」

 名残惜し気に手が離れていきます。
 ぬくもりが去って、私もなんだか寂しい気持ちになりました。

「お嬢様、お部屋でお休みになりませんか」
「そうね。ユウナ熱い紅茶を入れてくれる?」

 執事に何某かの指示を出しながら奥へと歩みを進めるお父様の背中を見送りながら、私はユウナにお願いすると自室へと向かいました。


※※※※※※※※※※※※

「フローリア、おじさん帰ってきたんだろ何か言っていたか」
「ケネス。お帰りなさい。お父様は先程戻って来られたばかりよ、詳しいお話は晩餐の席でね」

 熱い紅茶を頂きながら久しぶりの自室でのんびりとした時間を過ごしていたら、ケネスが戻ってきたとユウナが知らせてきました。
 騎士学校へ正式な休学の手続きをしてくるとケネスは屋敷に着くなり出かけて行きました。
 本人ではなく家人でも手続きが出来る私の学校とは異なり、騎士学校は本人がすべての手続きを行わなくてはいけないらしく、ケネスは融通が利かないとぼやきながら出かけて行きました。

「そうか。学校でフローリアの噂を集めてきた」
「私の噂?」
「そう。お前が広めると言っていた奴だ。さすがだな、フローリアは献身的に尽くしてきたフィリップ殿下の愚行で婚約破棄になった哀れな令嬢として騎士学校では名を馳せてるぞ」
「フィリップ殿下の愚行」
「ああ。フィリップ殿下は運命の相手を見つけたが、家格が低くて王子妃とは慣れない為フローリアを正妻に、運命の相手を妾にするとフローリアに宣言したらしい」
「どういうことですか」
 
 当たらずとも遠からずと言った内容に、眩暈を感じながら尋ねるとケネスは意地悪く楽しそうに続きを話してくれました。

「噂の土台としては今話した通り、でここからが違う噂その一、フローリアはフィリップ殿下を運命の相手と添い遂げられるよう自らの評判を落とし婚約破棄をしたが、心労で倒れて療養中。噂その二、運命の相手と添い遂げさせたいと婚約破棄を願い出て受理されるものの、王妃様の反対がありフィリップ殿下は王宮に軟禁されているというもの。噂その三、フローリアは婚約破棄を願い出て受理されたものの、男爵令嬢の地位を疎んじた王妃様に認められず、それを逆恨みした男爵令嬢は侯爵家に火を放とうとして捕まった」
「ケネス」

 呆れた噂です。
 これは噂ではなく、ほぼ真実です。
 男爵令嬢が逆恨みしたというところと、私がフィリップ殿下の為を思って婚約破棄をしたというところ以外は。

「噂としてしまうと、とても軽く感じてしまいますが。それを聞いた皆様はどういう反応をされていたのですか」
「そうだな。フローリアに同情している。フローリアに婚約者がいなくなったのなら、求婚したい。王妃様が下級貴族を疎んじていると思っていなかったから、失望している。フィリップ殿下の愚行が信じられなくて呆れているとかが多いな」

 おおむね予想通りの答えでしたが、一つ予想と違っていたところがありました。
 求婚? 私に? 世間的には私は婚約者の気持ちを繋ぎ留められずに浮気をされた不甲斐ない令嬢でしかない筈ですが、それがなぜ求婚になるのでしょうか。

「どうしたフローリア」
「あの。どうして求婚なんて。ああ、家ですね。侯爵家に婿入りできる状況は次男三男の方々には理想的な結婚相手ですものね」

 たとえ婚約破棄の傷があったとしても、それを越える程の魅力があるのでしょう。
 自虐的にそう言えば、ケネスは笑って否定してくれました。

「馬鹿だなあ。お前は騎士学校では手の届かない高値の花なんだぞ。俺にもな。あ、俺おじさんに話があるんだ。じゃあ、後で」

 さりげなく、放った言葉は冗談なのでしょうか。
 俺にもというのは、どういう意味なのでしょう。

「ケネス。冗談が過ぎるわ」

 ケネスが去った部屋で、私は一人そう呟くと顔を赤らめて俯くしかなかったのです。
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