【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
66 / 123

戦いの前の時間

しおりを挟む
「お父様」
「フローリア、ああ本当にフローリアなのだな」

 お父様が帰宅されたと聞き玄関にて出迎えると、今まで見たことが無い表情で私を抱きしめてくれました。

「すまなかった、フローリア。許してくれとは言わない。だが、申し訳ない」

 王宮で何かかがあったのでしょうか、まさか神聖契約を受けて貰えなかったのでしょうか。
 私の心配をよそに、お父様は私を抱きしめたまま今までの私の苦労を労わる言葉を繰り返しました。

「お父様」

 私が不甲斐ないばかりにお父様とお母さまに苦労と屈辱の日々を与えてしまっていたのというのに、お父様はそんな私に文句を言うどころか、すまなかったと謝って下さるのだと思うと。
 私はお父様の娘で良かったと、呑気に考えてしまうのです。

「どうした」
「いいえ。お父様に再びお会いできて嬉しくて」
「私もだ。フローリア、お前の決断を私は誇りに思うよ」

 私を抱きしめたまま、お父様はそう言うと目を細めました。
 お父様は文官ですが、鍛えていないわけではありません。
 たくましい腕に抱きしめられて、私は自分がとても安らかな気持ちでいると気が付きました。私はこの腕にずっと守られてきたのです。ずっと。

「お父様、おばあ様の領地から大神官様をお連れしました。晩餐の席でご紹介しますね」
「そうか、分かった。着替えてくる、晩餐の時にゆっくり話をしよう」

 名残惜し気に手が離れていきます。
 ぬくもりが去って、私もなんだか寂しい気持ちになりました。

「お嬢様、お部屋でお休みになりませんか」
「そうね。ユウナ熱い紅茶を入れてくれる?」

 執事に何某かの指示を出しながら奥へと歩みを進めるお父様の背中を見送りながら、私はユウナにお願いすると自室へと向かいました。


※※※※※※※※※※※※

「フローリア、おじさん帰ってきたんだろ何か言っていたか」
「ケネス。お帰りなさい。お父様は先程戻って来られたばかりよ、詳しいお話は晩餐の席でね」

 熱い紅茶を頂きながら久しぶりの自室でのんびりとした時間を過ごしていたら、ケネスが戻ってきたとユウナが知らせてきました。
 騎士学校へ正式な休学の手続きをしてくるとケネスは屋敷に着くなり出かけて行きました。
 本人ではなく家人でも手続きが出来る私の学校とは異なり、騎士学校は本人がすべての手続きを行わなくてはいけないらしく、ケネスは融通が利かないとぼやきながら出かけて行きました。

「そうか。学校でフローリアの噂を集めてきた」
「私の噂?」
「そう。お前が広めると言っていた奴だ。さすがだな、フローリアは献身的に尽くしてきたフィリップ殿下の愚行で婚約破棄になった哀れな令嬢として騎士学校では名を馳せてるぞ」
「フィリップ殿下の愚行」
「ああ。フィリップ殿下は運命の相手を見つけたが、家格が低くて王子妃とは慣れない為フローリアを正妻に、運命の相手を妾にするとフローリアに宣言したらしい」
「どういうことですか」
 
 当たらずとも遠からずと言った内容に、眩暈を感じながら尋ねるとケネスは意地悪く楽しそうに続きを話してくれました。

「噂の土台としては今話した通り、でここからが違う噂その一、フローリアはフィリップ殿下を運命の相手と添い遂げられるよう自らの評判を落とし婚約破棄をしたが、心労で倒れて療養中。噂その二、運命の相手と添い遂げさせたいと婚約破棄を願い出て受理されるものの、王妃様の反対がありフィリップ殿下は王宮に軟禁されているというもの。噂その三、フローリアは婚約破棄を願い出て受理されたものの、男爵令嬢の地位を疎んじた王妃様に認められず、それを逆恨みした男爵令嬢は侯爵家に火を放とうとして捕まった」
「ケネス」

 呆れた噂です。
 これは噂ではなく、ほぼ真実です。
 男爵令嬢が逆恨みしたというところと、私がフィリップ殿下の為を思って婚約破棄をしたというところ以外は。

「噂としてしまうと、とても軽く感じてしまいますが。それを聞いた皆様はどういう反応をされていたのですか」
「そうだな。フローリアに同情している。フローリアに婚約者がいなくなったのなら、求婚したい。王妃様が下級貴族を疎んじていると思っていなかったから、失望している。フィリップ殿下の愚行が信じられなくて呆れているとかが多いな」

 おおむね予想通りの答えでしたが、一つ予想と違っていたところがありました。
 求婚? 私に? 世間的には私は婚約者の気持ちを繋ぎ留められずに浮気をされた不甲斐ない令嬢でしかない筈ですが、それがなぜ求婚になるのでしょうか。

「どうしたフローリア」
「あの。どうして求婚なんて。ああ、家ですね。侯爵家に婿入りできる状況は次男三男の方々には理想的な結婚相手ですものね」

 たとえ婚約破棄の傷があったとしても、それを越える程の魅力があるのでしょう。
 自虐的にそう言えば、ケネスは笑って否定してくれました。

「馬鹿だなあ。お前は騎士学校では手の届かない高値の花なんだぞ。俺にもな。あ、俺おじさんに話があるんだ。じゃあ、後で」

 さりげなく、放った言葉は冗談なのでしょうか。
 俺にもというのは、どういう意味なのでしょう。

「ケネス。冗談が過ぎるわ」

 ケネスが去った部屋で、私は一人そう呟くと顔を赤らめて俯くしかなかったのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

【完結保証】第二王子妃から退きますわ。せいぜい仲良くなさってくださいね

ネコ
恋愛
公爵家令嬢セシリアは、第二王子リオンに求婚され婚約まで済ませたが、なぜかいつも傍にいる女性従者が不気味だった。「これは王族の信頼の証」と言うリオンだが、実際はふたりが愛人関係なのでは? と噂が広まっている。ある宴でリオンは公衆の面前でセシリアを貶め、女性従者を擁護。もう我慢しません。王子妃なんてこちらから願い下げです。あとはご勝手に。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

拝啓、婚約者様。婚約破棄していただきありがとうございます〜破棄を破棄?ご冗談は顔だけにしてください〜

みおな
恋愛
 子爵令嬢のミリム・アデラインは、ある日婚約者の侯爵令息のランドル・デルモンドから婚約破棄をされた。  この婚約の意味も理解せずに、地味で陰気で身分も低いミリムを馬鹿にする婚約者にうんざりしていたミリムは、大喜びで婚約破棄を受け入れる。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

処理中です...