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兄の肖像画

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「フローリア本当にいいの?」

 屋敷の中に入ると出迎えて下さったお母様に抱きしめられました。
 二度後会えないとお母様は考えて私を送り出した筈ですが、こんな短期間で私が戻ってくることも再び会えることも想像していなったでしょう。
 涙を浮かべたその顔を見て私の決断が正しかったのかどうか、一瞬考えてしまいましたがこれが正しいと思い直してお母様の私よりも華奢な体を抱きしめ返しました。

「私は王妃様に罪を償わせます」

 イオン様はお母様に紹介した後は客室で晩餐まで休んで頂いています。
 ケネスは私と共にお母様の部屋でお茶を頂きながら今後の話をしていました。

「それは手紙を読んだから、お前の気持ちは理解しているつもりよ。でも危険なことなのよ」
「分かっています。でも、王妃様が存命である限り私はビクビク怯えて生きなくてはいけません。それは嫌です。私は自分の意志でフィリップ殿下と婚約破棄しました。婚約破棄したことを後悔してはいません。むしろもっと早くそうしたかったというのが本音です」

 肩に感じるクルの気配と隣に座るケネスが私に勇気を与えてくれているのは確かです。
 私は両親に守られて生きてきました。
 自分ひとりの力は弱くて頼りなくても、両親やケネスやチヌが私に力を貸してくれているのです。
 これで弱音など吐けません。

「お母様、王妃様がフィリップ殿下をお産みになった時早産をどうやって偽装したのですか?」

 王妃様が義兄と不貞の末フィリップ殿下を授かったとして、陛下が父であると偽装するにはそれなりの準備期間が必要だった筈です。
 王妃様が王宮以外に出られるのは護衛に囲まれての公務か、何かしらの理由があっての実家帰省程度の筈です。
 陛下は避暑等は必ず王妃様と一緒に出掛けていたと聞いていますから、王妃様が本当の意味で自由になれたのは実家に帰省していた時のみの筈です。

 妊娠時期が王太后の宮に滞在する一か月前だったと仮定して侍医の偽証で懐妊を誤魔化していたとして、フィリップ殿下の出産時期を誤魔化すのは簡単では無かった筈です。
 おばあ様は侍女と何かあった様だと言っていましたが。

「王妃様の侍女が誤って王妃様に衝突して、その反動で王妃様は早産されたのよ」
「つまり事故があって、王妃様は月足らずでフィリップ殿下をお産みになったと?」
「そうよ。侍女はその責任を取らされて陛下から毒杯を賜ったわ」

 なんていうことでしょう。
 それはつまり王妃様は、妊娠時期を誤魔化す為に侍女を巻き込み責任を押し付けて殺したということです。

「王太后様はそれについては」
「勿論侍女に毒杯等大げさすぎると陛下を窘められたと聞いているけれど、陛下がそれを許さなくてね」
「そうですか、それは陛下が王妃様に精神操作をされていたのでしょうか」
「今考えるとそうなのかもしれないと思うけれど、王族はそういう魔法には耐性がある筈なのよ。だから、分からないの」
「そうですね。でも侍女の方は王妃様に精神操作されて事故を起こさせられた可能性はあるかと」

 すべて想像に過ぎませんが、王妃様の能力がそれを可能にしていたのだと考えるのが妥当な気がします。

「王妃様は自分の欲の為だけに周囲を巻き込んでいるのですね」

 そうしてお兄様の命も奪ったのです。
 侯爵家にフィリップ殿下を婿入りさせたいというそれだけの為に。

「お母様、お兄様の肖像画はありますか」
「どうしたの?」
「私はお兄様の顔を覚えていません。酷い妹です」

 顔を覚えていないどころか、お兄様の存在は殆ど思い出しもしなかったのです。
 幼かったから仕方ないという言い訳はしたくありません。
 でも、私の前でお母様達はお兄様の話を一度もしたことが無かったのです。

「それは仕方ないわ。私達はお前が王妃様の前であの子のライマールの話を出さないか不安で仕方なかったの。王妃様は私達にわざとライマールが病死ではないと教えてきたのよ。私達が逆らったりしない様に、お前の命を簡単に奪えると脅してきたの。そんな状況で幼いお前がライマールを思い出す様な要因を増やすことは出来なかったわ」
「私の為だったのですね。私が無力な為にお父様もお母様も屈辱を受け続けて下さったのですね」

 亡くなったお兄様の事を無かったことにするのは、とても辛いことだった筈です。

「これがライマールの肖像画よ。この屋敷にあるのはこれだけあとは領地の屋敷に隠してあるわ」

 お母様は立ち上がると隣の部屋から小さな額縁を持って来て下さいました。

「これがお兄様、なんて愛らしい優しいお顔」

 私に似ている気がしますが、お父様やお母様にもよく似ていると思います。
 これはいくつ位でしょうか。

「亡くなる少し前に描かせたものよ。あの子は本当に優しくて、賢くて……」
「お母様」
「忘れたことなんて一日たりともなかったわ。あの子が生きていれば今頃どんなに立派な紳士になったかと、そう思う日も少なくはないわ」

 優しく肖像画のお兄様のお顔を指先で撫でるお母様は、ずっとそうしてこれまでお兄様と語らっていたのだと分かりました。
 肖像画の絵具が薄くなっている様に見えるのは、お母様がそうして撫でていたからなのでしょう。
 私の為に隠れてお兄様を思い出すしかなかったお母様の気持ちを思い、私は涙がにじんできてしまいました。

「お母様、私は絶対王妃様に罪を償わせます」

 お兄様の肖像画に私はそう誓ったのです。 
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