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大神官の思惑

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「では、王太子殿下が陛下に神聖契約の話をされるのですか。王太子殿下は王妃様に魔封じの腕輪をつけて下さったというのは侯爵が殿下を説得されたのかと考えていましたが、神聖契約もとは」

 チヌが御者を務めてくれている二角獣の馬車は、普通の馬が牽く馬車とは比べ物にならない速度で進んでいますが、それを感じさせない程に振動も何もなく不思議な感覚です。
 その馬車の中で私は父からの手紙の要点をケネスやイオン様に話し、王都に着いてからの行動を話し合っていました。

「元々フィリップ殿下と他のご兄弟は仲が良くないのですが、まさか王太子殿下が引き受けて下さるとは私も考えていませんでした」

 フィリップ殿下は他のご兄弟と違い自分だけ銀髪、緑色の瞳であるのを不満に思っている事を王妃様はご存じではありませんが、私がフィリップ殿下に嫌われていた理由の一つが私の金髪、青い瞳です。
 王族の皆様と同じ金髪、青い瞳を私は持っています。
 王家から婿入りした方がいらっしゃる為、殿下が使えない光魔法の適性もあります。
 王家の第三王子として生まれたというのに、どちらも持っていない殿下にとって私は劣等感を刺激される対象でしかなかったのだと、今になれば良く理解出来ます。
 そのフィリップ殿下の劣等感を、ご兄弟の皆様にも感じていたのでしょう。

 たぶん、私に対してよりも強い劣等感を。

「王太子殿下と個人的にお話する機会はなく、これは私がフィリップ殿下を傍で見ていての見解ですが、フィリップ殿下は王太子殿下や他のご兄弟への劣等感があった様に思います。そしてその劣等感は自分は王妃様からの寵愛があるという、その事実だけで自分の誇りを守っていたのではないかと」
「お嬢様のご両親の年齢の貴族なら、フィリップ殿下がお生まれになった際の出来事を覚えていらっしゃる方は多いでしょう。フィリップ殿下の外見は、そのまま王妃様の不貞疑惑の証に見えます。私は見たことはありませんが、その貴族達にとって何かの式典等で皆様が並ぶ中フィリップ殿下の外見は悪目立ちして見えていたでしょうね」

 イオン様の仰る通り、フィリップ殿下は自分の外見を気にされていて式典等に出席することを厭っていました。

「そう考えるとフィリップ殿下は、王妃様の不貞の被害者なのかもしれないですね」
「そうかもしれません」

 それに気が付いてしまうと、王妃様の不貞を暴くことがフィリップ殿下を不幸にするために行う様に思われてきてしまいます。
 それをしていい権利が私にあるのでしょうか。

「フローリア、お前が何を考えているのか分かるが、今更後には引き返せないぞ」
「それはそうだけど」
「罪悪感があるのか」
「ええ。少しね」

 ケネスには簡単に私の考えが分かってしまうようです。
 私は苦笑してケネスを見た後、ユウナが抱えている魔道具が入った箱に視線を向けました。
 大きな木箱には叔父様から送られた魔道具が沢山入っています。
 親子鑑定の魔道具に解呪、解毒の魔道具。強力な呪いを解呪する通常よりも強力な魔道具等、侯爵領に暮らす魔道具師達が技術の粋を集めた魔道具ばかりです。

「フローリア、お前は運よくフィリップ殿下と婚約破棄出来たが、今後次の婚約を王家が気の毒などこかの家の令嬢に押し付けるとしたら、お前の様に逃げきれずに王妃様の本性を理解していない家族と共にフィリップ殿下を夫として受け入れなければならなくなるんだぞ」
「それはそうだけれど。すべての家がフィリップ殿下との婚約を避けたいと考えているわけでは」
「無いと言えるか? あの人は婚約破棄で懲りる人じゃない。次の婚約者は侯爵家よりも格下になるだろう。フィリップ殿下が新しく家を興し、その令嬢と領地を治めるしかないとしたら領民も令嬢も不幸になる未来しかない」
「言えないかしらね」

 上位貴族の誰もが婚約を避けたからこそ、私が殿下の婚約者になるしかなかったのです。
 それを他の貴族令嬢に押し付けて、その令嬢が不幸になっている話を聞いたら私は今以上の罪悪感を覚えるでしょう。

「ケネス、ありがとう」

 一時の感情で自分だけ楽になろうなど、そんな考えは甘いのだと分かりました。
 ケネスだからこそ、私に言ってくれたのだとそう思いました。
 この人は私を分かってくれる、そういう人なのだと思います。

「父に、王妃様の神聖契約が完了したら私が王都に戻ることをうっかり知らせて貰えるよう手紙を書くわ。私は体調を崩して両親の元に居たいからと戻ってきたことにするのよ」

 それで王妃様が私を狙う様に仕向けるのです。
 王都に戻ったら、私は王妃様と闘うのです。
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