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愚かな息子と強かな母、そしてその夫5(ゾルティーア侯爵視点)
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「驚かれていますね。ご存じありませんでしたか」
「ご存じあるわけがないだろう。そんな恥じ知らずな、そんな……まさか、母上は」
はっとした顔で王太子殿下は私の顔を見た後、見たことがない程の絶望の顔で天井を仰いだ。
「そのまさかではないかと、私は思っています」
人は表情だけで絶望を表せるのだと、くだらない考えをしながらそう言えば王太子殿下は何かを思いきる様に頭を横に振り口を開いた。
「それは何か確証があるのか」
「確証と言って差し出せるものはございません。あるのは記憶のみです」
それが悔しかった。
記憶で何を語ったとしても、確証にはなりえない。
それは息子が、可愛い我が子が無駄死にだったという事なのだ。
「それで良い申してみよ」
「はい。息子は王妃様が開かれた上位貴族の子息子女を招いた茶会に出席していました」
あの日、絶望の始まったあの日から話し始める。
昨日の事の様に思い出せる、息子の死。
私達が無力で無能だったと自覚したのはあの日からだった。
王妃様が狡猾で恐ろしい人だと悟った日でもあった。
「それでは母が使わせた侍医が命を縮めたと?」
「状況的な判断ですが、そうとしか思えません。悲しみながら息子を弔っている最中に王宮からの、王妃様からの使者が来て先程申し上げた手紙を届けてきました。そしてその場で返事を口答でいいからするようにと」
あんな屈辱を感じたことは生きていて初めてだった。
息子を弔う神殿の、あの悲しみの場に現れたのは場違いな程に着飾った王妃様からの使者だった。
祝いの手紙だと表す赤い布で覆いを掛けた銀盆を恭しく、悲しみに泣く私達侯爵家の面々の前で使者は声高に「王妃様からの祝いの手紙である」と告げたのだ。
「なんという」
「息子の弔いの場、神殿には黒い布が掛かり、私達が来ているのは黒の衣装。そこに現れた使者は祝いの使者であることを示す赤い帯を腰に巻いて、赤い布で覆った手紙を息子の棺の前で私に差し出したのです」
「そんな恥知らずの、そんな」
馬鹿にした行為だと、相手が他の貴族だったらそこから貴族同士の争いがおきておかしくない侮辱を、王家からの使者だから耐えるしかなかった。
「屈辱でしかない、その使者に否と言える筈はありませんでした。王妃様の言葉は陛下の言葉だとそう考えれば、何も否定は出来はしません」
「そう、そうだな」
今こうして王太子殿下へ告げるのも本来なら不敬の一言だけれど、これからもっと不敬な発言をするのだからこれくらいで躊躇してはいられなかった。
「一か月後にフローリアとフィリップ殿下との顔合わせが開かれました。幼いフローリアは何も知らずフィリップ殿下と語らっていました。それを見守る私達に王妃様は言ったのです『私にとって邪魔な命は自然淘汰されてしまうみたいなのよ。あの子供はどちらかしらね』と」
「なんだと」
「私達に婚約を拒否する権利等元からありはしません。それなのに王妃様はそう言うと、笑って『あなた達はみすみす子供の命を危険にさらす愚かな親ではないわよね』と仰いました」
何も言えずにいる私達は、その屈辱と不安なままフローリアとフィリップ殿下の婚約を受け入れた。
「婚約したフローリアは、それからずっとフィリップ殿下に虐げられ続けました。そして同じく私達は王妃様の奴隷と化したのです」
「奴隷?」
「そうでなければ、王妃様の為の金庫とでもいうのでしょうか」
「金庫。どういう意味だ」
「王妃様は、フローリアが王宮で無事に過ごす為に必要な経費があると言われ私が王宮に勤めて得ている俸禄のすべてを差し出す様にと言われたのです」
「なんだと。なぜそんな」
驚く王太子殿下に私は紙の束を差し出した。
それは十年間の屈辱の記録だった。
「ご存じあるわけがないだろう。そんな恥じ知らずな、そんな……まさか、母上は」
はっとした顔で王太子殿下は私の顔を見た後、見たことがない程の絶望の顔で天井を仰いだ。
「そのまさかではないかと、私は思っています」
人は表情だけで絶望を表せるのだと、くだらない考えをしながらそう言えば王太子殿下は何かを思いきる様に頭を横に振り口を開いた。
「それは何か確証があるのか」
「確証と言って差し出せるものはございません。あるのは記憶のみです」
それが悔しかった。
記憶で何を語ったとしても、確証にはなりえない。
それは息子が、可愛い我が子が無駄死にだったという事なのだ。
「それで良い申してみよ」
「はい。息子は王妃様が開かれた上位貴族の子息子女を招いた茶会に出席していました」
あの日、絶望の始まったあの日から話し始める。
昨日の事の様に思い出せる、息子の死。
私達が無力で無能だったと自覚したのはあの日からだった。
王妃様が狡猾で恐ろしい人だと悟った日でもあった。
「それでは母が使わせた侍医が命を縮めたと?」
「状況的な判断ですが、そうとしか思えません。悲しみながら息子を弔っている最中に王宮からの、王妃様からの使者が来て先程申し上げた手紙を届けてきました。そしてその場で返事を口答でいいからするようにと」
あんな屈辱を感じたことは生きていて初めてだった。
息子を弔う神殿の、あの悲しみの場に現れたのは場違いな程に着飾った王妃様からの使者だった。
祝いの手紙だと表す赤い布で覆いを掛けた銀盆を恭しく、悲しみに泣く私達侯爵家の面々の前で使者は声高に「王妃様からの祝いの手紙である」と告げたのだ。
「なんという」
「息子の弔いの場、神殿には黒い布が掛かり、私達が来ているのは黒の衣装。そこに現れた使者は祝いの使者であることを示す赤い帯を腰に巻いて、赤い布で覆った手紙を息子の棺の前で私に差し出したのです」
「そんな恥知らずの、そんな」
馬鹿にした行為だと、相手が他の貴族だったらそこから貴族同士の争いがおきておかしくない侮辱を、王家からの使者だから耐えるしかなかった。
「屈辱でしかない、その使者に否と言える筈はありませんでした。王妃様の言葉は陛下の言葉だとそう考えれば、何も否定は出来はしません」
「そう、そうだな」
今こうして王太子殿下へ告げるのも本来なら不敬の一言だけれど、これからもっと不敬な発言をするのだからこれくらいで躊躇してはいられなかった。
「一か月後にフローリアとフィリップ殿下との顔合わせが開かれました。幼いフローリアは何も知らずフィリップ殿下と語らっていました。それを見守る私達に王妃様は言ったのです『私にとって邪魔な命は自然淘汰されてしまうみたいなのよ。あの子供はどちらかしらね』と」
「なんだと」
「私達に婚約を拒否する権利等元からありはしません。それなのに王妃様はそう言うと、笑って『あなた達はみすみす子供の命を危険にさらす愚かな親ではないわよね』と仰いました」
何も言えずにいる私達は、その屈辱と不安なままフローリアとフィリップ殿下の婚約を受け入れた。
「婚約したフローリアは、それからずっとフィリップ殿下に虐げられ続けました。そして同じく私達は王妃様の奴隷と化したのです」
「奴隷?」
「そうでなければ、王妃様の為の金庫とでもいうのでしょうか」
「金庫。どういう意味だ」
「王妃様は、フローリアが王宮で無事に過ごす為に必要な経費があると言われ私が王宮に勤めて得ている俸禄のすべてを差し出す様にと言われたのです」
「なんだと。なぜそんな」
驚く王太子殿下に私は紙の束を差し出した。
それは十年間の屈辱の記録だった。
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