【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
58 / 123

愚かな息子と強かな母、そしてその夫5(ゾルティーア侯爵視点)

しおりを挟む
「驚かれていますね。ご存じありませんでしたか」
「ご存じあるわけがないだろう。そんな恥じ知らずな、そんな……まさか、母上は」

 はっとした顔で王太子殿下は私の顔を見た後、見たことがない程の絶望の顔で天井を仰いだ。

「そのまさかではないかと、私は思っています」

 人は表情だけで絶望を表せるのだと、くだらない考えをしながらそう言えば王太子殿下は何かを思いきる様に頭を横に振り口を開いた。

「それは何か確証があるのか」
「確証と言って差し出せるものはございません。あるのは記憶のみです」

 それが悔しかった。
 記憶で何を語ったとしても、確証にはなりえない。
 それは息子が、可愛い我が子が無駄死にだったという事なのだ。

「それで良い申してみよ」
「はい。息子は王妃様が開かれた上位貴族の子息子女を招いた茶会に出席していました」

 あの日、絶望の始まったあの日から話し始める。
 昨日の事の様に思い出せる、息子の死。
 私達が無力で無能だったと自覚したのはあの日からだった。
 王妃様が狡猾で恐ろしい人だと悟った日でもあった。

「それでは母が使わせた侍医が命を縮めたと?」
「状況的な判断ですが、そうとしか思えません。悲しみながら息子を弔っている最中に王宮からの、王妃様からの使者が来て先程申し上げた手紙を届けてきました。そしてその場で返事を口答でいいからするようにと」

 あんな屈辱を感じたことは生きていて初めてだった。
 息子を弔う神殿の、あの悲しみの場に現れたのは場違いな程に着飾った王妃様からの使者だった。
 祝いの手紙だと表す赤い布で覆いを掛けた銀盆を恭しく、悲しみに泣く私達侯爵家の面々の前で使者は声高に「王妃様からの祝いの手紙である」と告げたのだ。

「なんという」
「息子の弔いの場、神殿には黒い布が掛かり、私達が来ているのは黒の衣装。そこに現れた使者は祝いの使者であることを示す赤い帯を腰に巻いて、赤い布で覆った手紙を息子の棺の前で私に差し出したのです」
「そんな恥知らずの、そんな」

 馬鹿にした行為だと、相手が他の貴族だったらそこから貴族同士の争いがおきておかしくない侮辱を、王家からの使者だから耐えるしかなかった。

「屈辱でしかない、その使者に否と言える筈はありませんでした。王妃様の言葉は陛下の言葉だとそう考えれば、何も否定は出来はしません」
「そう、そうだな」

 今こうして王太子殿下へ告げるのも本来なら不敬の一言だけれど、これからもっと不敬な発言をするのだからこれくらいで躊躇してはいられなかった。

「一か月後にフローリアとフィリップ殿下との顔合わせが開かれました。幼いフローリアは何も知らずフィリップ殿下と語らっていました。それを見守る私達に王妃様は言ったのです『私にとって邪魔な命は自然淘汰されてしまうみたいなのよ。あの子供はどちらかしらね』と」
「なんだと」
「私達に婚約を拒否する権利等元からありはしません。それなのに王妃様はそう言うと、笑って『あなた達はみすみす子供の命を危険にさらす愚かな親ではないわよね』と仰いました」

 何も言えずにいる私達は、その屈辱と不安なままフローリアとフィリップ殿下の婚約を受け入れた。

「婚約したフローリアは、それからずっとフィリップ殿下に虐げられ続けました。そして同じく私達は王妃様の奴隷と化したのです」
「奴隷?」
「そうでなければ、王妃様の為の金庫とでもいうのでしょうか」
「金庫。どういう意味だ」
「王妃様は、フローリアが王宮で無事に過ごす為に必要な経費があると言われ私が王宮に勤めて得ている俸禄のすべてを差し出す様にと言われたのです」
「なんだと。なぜそんな」

 驚く王太子殿下に私は紙の束を差し出した。
 それは十年間の屈辱の記録だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します

ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」  豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。  周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。  私は、この状況をただ静かに見つめていた。 「……そうですか」  あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。  婚約破棄、大いに結構。  慰謝料でも請求してやりますか。  私には隠された力がある。  これからは自由に生きるとしよう。

拝啓、婚約者様。婚約破棄していただきありがとうございます〜破棄を破棄?ご冗談は顔だけにしてください〜

みおな
恋愛
 子爵令嬢のミリム・アデラインは、ある日婚約者の侯爵令息のランドル・デルモンドから婚約破棄をされた。  この婚約の意味も理解せずに、地味で陰気で身分も低いミリムを馬鹿にする婚約者にうんざりしていたミリムは、大喜びで婚約破棄を受け入れる。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

希望通り婚約破棄したのになぜか元婚約者が言い寄って来ます

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢ルーナは、婚約者で公爵令息エヴァンから、一方的に婚約破棄を告げられる。この1年、エヴァンに無視され続けていたルーナは、そんなエヴァンの申し出を素直に受け入れた。 傷つき疲れ果てたルーナだが、家族の支えで何とか気持ちを立て直し、エヴァンへの想いを断ち切り、親友エマの支えを受けながら、少しずつ前へと進もうとしていた。 そんな中、あれほどまでに冷たく一方的に婚約破棄を言い渡したはずのエヴァンが、復縁を迫って来たのだ。聞けばルーナを嫌っている公爵令嬢で王太子の婚約者、ナタリーに騙されたとの事。 自分を嫌い、暴言を吐くナタリーのいう事を鵜呑みにした事、さらに1年ものあいだ冷遇されていた事が、どうしても許せないルーナは、エヴァンを拒み続ける。 絶対にエヴァンとやり直すなんて無理だと思っていたルーナだったが、異常なまでにルーナに憎しみを抱くナタリーの毒牙が彼女を襲う。 次々にルーナに攻撃を仕掛けるナタリーに、エヴァンは…

虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい

みおな
恋愛
 何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。  死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。  死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。  三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。  四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。  さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。  こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。  こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。  私の怒りに、神様は言いました。 次こそは誰にも虐げられない未来を、とー

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

処理中です...