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愚かな息子と強かな母、そしてその夫4(ゾルティーア侯爵視点)
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「殿下は、フィリップ殿下は陛下のお子だと思われますか」
それは禁句に等しい問いだった。
陛下に同じ問いをすれば、その瞬間私の頭は胴から切り離されているだろう。
それ程に危険な問いだった。
「それを聞いてどうする」
王妃様とは不仲の王太子殿下、それは陛下に長く使える臣下の共通の認識で頭が痛くなる問題の一つだった。
陛下は王妃様を一番に優遇し、フィリップ殿下への寵愛もある。
王妃様にはなぜかフィリップ殿下は陛下から愛されていないという意識があるようだけれど、陛下は平等に子供達を愛していて末っ子のフィリップ殿下にも愛情を注いでいた。
愛情に差があるのは王妃様の方だった。
彼女は臣下たちの目にもはっきり分かる程子供達を差別し、フィリップ殿下だけを溺愛していた。
フィリップ殿下は年の離れた末の子供で、彼だけを王妃様は手元で育てることが出来た。
伯爵家の養女だった王妃様の事を王太后様はあまりお好きではなく、彼女の元で子供達が育つことを良しとしなかった為だ。
どんな時も王太后様を立てていた王妃様は、子育てについても王太后様の意見を取り入れ養育も教育もすべて王太后様に任せた。
一度も乳を与えなかったとも聞く、抱き上げあやすことすらなかったとも聞いた。
だがフィリップ殿下の時は違ったのだ。
年齢を考えても最後の子だと思うから、せめて一人だけは自分の手で育てたいと願い出て王太后様も折れたのだ。
そうして出来上がったのが、溺愛され甘やかされた我儘で怠惰な王子だった。
フィリップ殿下とそれ以外の王子、王女殿下は兄弟仲が良くない。
フィリップ殿下だけが孤立しているのは、一人だけ年齢が離れていたからなのかもしれないけれど。
王妃様の溺愛の差が原因とも言えた。
「王太子殿下、実際はどうお考えですか」
陛下に神聖契約の件をお願いするにあたり、王太子殿下の協力はどうしても必要だった。
王妃様への神聖契約が必要だと、当事者である私以外に陛下へ進言してくださる人が必要だったからだ。
それにはフィリップ殿下に情を持たない相手が適任だった。
「どうする? そうですね、どうしたらいいのでしょうね。殿下、私は家族と領地と領民を守りたい。先祖から受け継いだ領地を侯爵家の尊厳を守りたい。それだけです。ですが、それだけと言いながらとても重く、すべて守るのは無力で愚かな私には難しい。ですから守り切れませんでした」
「何が言いたい」
何が言いたいのだろう。私は何が出来るのだろう。
それは息子を亡くし、フローリアに不幸な婚約を強いてしまってからずっと考えていたことだった。
私に出来るのは、フローリアの命を守る為に考え行動し生きること、それだけだった。それしか出来なかった。
「王妃様は、フィリップ殿下が成人し王家を離れた後何も考えず責任もなく暮らせる場所をお望みでした。それが我が侯爵家です。私には息子がいました。覚えていらっしゃいますか」
「ああ、勿論だ。年は私より三歳程下だったが、幼いながら聡明ないい子だったと記憶している。侯爵家は将来有望だと、年は下だが私の側近としてもいいと思っていた」
王太子殿下のその言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
可愛い私の息子、幼いながら聡明で優しくて礼儀正しい可愛い我が子。
それがあんな風に苦しんで亡くなるなんて、思ってもいなかった。
「息子を殺したのは王妃様かもしれないと、私達は考えています」
「なんだと。侯爵それは、憶測で言うにはあまりにも、あまりにも」
「分かっています。ですが、ご存じですかフローリアとフィリップ殿下の婚約の打診が王家から来たのはあの子の葬式の日だったことを」
今でも思い出す、あの日の屈辱を。悲しみを。
「殿下、その知らせは息子の遺体の前で悲しみに暮れていた私達に届いたのです。王妃様から届いたその手紙には『侯爵家の跡継ぎとなった幸運な娘に我が子フィリップとの婚約の栄誉を与えようと思います』と書かれていたのです。そして一か月後に顔合わせの為の茶会を開くから登城する様にとの命がありました」
「な。なんという」
驚くその顔に、王太子殿下は何もご存じでは無かったのだと理解した。
王太子殿下は私の、侯爵家の味方になって下さるだろうか。
躊躇しながら、私は慎重に言葉を選び口を開くのだった。
それは禁句に等しい問いだった。
陛下に同じ問いをすれば、その瞬間私の頭は胴から切り離されているだろう。
それ程に危険な問いだった。
「それを聞いてどうする」
王妃様とは不仲の王太子殿下、それは陛下に長く使える臣下の共通の認識で頭が痛くなる問題の一つだった。
陛下は王妃様を一番に優遇し、フィリップ殿下への寵愛もある。
王妃様にはなぜかフィリップ殿下は陛下から愛されていないという意識があるようだけれど、陛下は平等に子供達を愛していて末っ子のフィリップ殿下にも愛情を注いでいた。
愛情に差があるのは王妃様の方だった。
彼女は臣下たちの目にもはっきり分かる程子供達を差別し、フィリップ殿下だけを溺愛していた。
フィリップ殿下は年の離れた末の子供で、彼だけを王妃様は手元で育てることが出来た。
伯爵家の養女だった王妃様の事を王太后様はあまりお好きではなく、彼女の元で子供達が育つことを良しとしなかった為だ。
どんな時も王太后様を立てていた王妃様は、子育てについても王太后様の意見を取り入れ養育も教育もすべて王太后様に任せた。
一度も乳を与えなかったとも聞く、抱き上げあやすことすらなかったとも聞いた。
だがフィリップ殿下の時は違ったのだ。
年齢を考えても最後の子だと思うから、せめて一人だけは自分の手で育てたいと願い出て王太后様も折れたのだ。
そうして出来上がったのが、溺愛され甘やかされた我儘で怠惰な王子だった。
フィリップ殿下とそれ以外の王子、王女殿下は兄弟仲が良くない。
フィリップ殿下だけが孤立しているのは、一人だけ年齢が離れていたからなのかもしれないけれど。
王妃様の溺愛の差が原因とも言えた。
「王太子殿下、実際はどうお考えですか」
陛下に神聖契約の件をお願いするにあたり、王太子殿下の協力はどうしても必要だった。
王妃様への神聖契約が必要だと、当事者である私以外に陛下へ進言してくださる人が必要だったからだ。
それにはフィリップ殿下に情を持たない相手が適任だった。
「どうする? そうですね、どうしたらいいのでしょうね。殿下、私は家族と領地と領民を守りたい。先祖から受け継いだ領地を侯爵家の尊厳を守りたい。それだけです。ですが、それだけと言いながらとても重く、すべて守るのは無力で愚かな私には難しい。ですから守り切れませんでした」
「何が言いたい」
何が言いたいのだろう。私は何が出来るのだろう。
それは息子を亡くし、フローリアに不幸な婚約を強いてしまってからずっと考えていたことだった。
私に出来るのは、フローリアの命を守る為に考え行動し生きること、それだけだった。それしか出来なかった。
「王妃様は、フィリップ殿下が成人し王家を離れた後何も考えず責任もなく暮らせる場所をお望みでした。それが我が侯爵家です。私には息子がいました。覚えていらっしゃいますか」
「ああ、勿論だ。年は私より三歳程下だったが、幼いながら聡明ないい子だったと記憶している。侯爵家は将来有望だと、年は下だが私の側近としてもいいと思っていた」
王太子殿下のその言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
可愛い私の息子、幼いながら聡明で優しくて礼儀正しい可愛い我が子。
それがあんな風に苦しんで亡くなるなんて、思ってもいなかった。
「息子を殺したのは王妃様かもしれないと、私達は考えています」
「なんだと。侯爵それは、憶測で言うにはあまりにも、あまりにも」
「分かっています。ですが、ご存じですかフローリアとフィリップ殿下の婚約の打診が王家から来たのはあの子の葬式の日だったことを」
今でも思い出す、あの日の屈辱を。悲しみを。
「殿下、その知らせは息子の遺体の前で悲しみに暮れていた私達に届いたのです。王妃様から届いたその手紙には『侯爵家の跡継ぎとなった幸運な娘に我が子フィリップとの婚約の栄誉を与えようと思います』と書かれていたのです。そして一か月後に顔合わせの為の茶会を開くから登城する様にとの命がありました」
「な。なんという」
驚くその顔に、王太子殿下は何もご存じでは無かったのだと理解した。
王太子殿下は私の、侯爵家の味方になって下さるだろうか。
躊躇しながら、私は慎重に言葉を選び口を開くのだった。
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