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大神官の記憶5

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「そう、ですか」

 衝撃に私は意識を虚ろにしながら、何とか返事をしました。
 指先に触れる魔道具の金属の感触が、私の精神を辛うじて乱さずにいてくれるのが幸いでした。
 そうでなければ私はみっともなく床に蹲り、恐怖に震えていたでしょう。

「私は王妃様は精神操作の魔法が使えるのだと考えています。それは私の妄想ではなく真実です」
「精神操作の魔法。王太后様はそれを」
「私はそれをお伝えし、フィリップ殿下の魔力系統が違うこともお伝えしました。ですが、結果は私は王都を追われてこの地に流れることで命を辛うじて守る。それが王家の、陛下の決断なのだとそう理解するしかありませんでした」

 イオン様がそれに納得されていないことは、私にも理解出来ました。

「王妃様の懐妊は、王太后様の宮にいらっしゃる間で、それが陛下以外は父親になれない理由だったとそう聞きました」
「ええ。あの時王太后様は足を怪我されていて、王妃様はその看病のため宮にずっと滞在されていたそうです」
「都合よく怪我をされていた」
「ええ、都合よく。下級貴族の出の王妃様を王太后様は嫌っていて、傍にいることすら厭っていたというのに。王妃様は怪我をされた王太后様に尽くすのが嫁の務めだと言われて、無理矢理王太后様の宮に滞在されたのだと伺っています」

 王太后様が亡くなったのは、私が婚約して数年経った後でした。
 王太后様は私をとても可愛がってくださいました。
 お父様と一緒に王宮に伺うと、陛下との謁見の後王太后様の宮に伺ってお茶を頂くのが常でした。
 私の頭を撫でて下さる優しい手を、私は覚えています。
 フィリップ殿下が私に冷たいのはすでに王宮中に知れ渡っていて、だからこそ王太后様は私に優しかったのかもしれないと思ったのは、私がだいぶ大きくなってからです。
 あの方はとても優しくて、とても厳しい方でした。

「王太后様は私を密かに宮に呼び出し仰いました。王家の血統を濁らせる様な事を許してはならない。たとえ王位から遠い王子でも、血筋を濁らせることは神への冒涜につながると」
「王太后様は、フィリップ殿下が陛下のお子ではないと確信されていたのですね」

 王妃様の会話を記憶している私には、フィリップ殿下のお顔は王妃様の義兄である伯爵の顔にしか見えません。
 王太子殿下やほかの王子殿下、王女殿下、誰と並んでもフィリップ殿下は似た部分が少なく異質でした。
 王家のお子は、不思議な程王族の血筋のお顔をされており、だからこそ王妃様そっくりのフィリップ殿下のお顔が違って見えたのです。

 王妃様と同じ髪色と瞳の色、王妃様の義兄そっくりの顔立ち、それ以外に成長と共に骨格やふとした表情も似ていると感じていました。
 あの日の記憶を思い出すたびに、恐ろしくなって陛下に似たところ探していた私は、絶望と共に何も似たところがないと認めるしかありませんでした。

「私の鑑定ではフィリップ殿下は陛下のお子ではありません。そう王太后様にもお伝えし、王太后様は陛下にそう告げられました。ですが、王太后様の宮に滞在するまで懐妊されていないと侍医が断言していて、王太后様の宮には陛下以外の男性は近寄ることも出来ません。ですから王妃様が接触できた男性は陛下以外ないと言われて」
「それがフィリップ殿下の父親が陛下だと言われる所以だと」

 誰もが違うと思いながら、それだけで血統を歪めたのだとイオン様は力なく言いました。

「イオン様、侍医が嘘をついていると私は考えています。それ以外ないと思っています」
「そうでしょうね。私はずっとそう考えています。ですがそれを証明できる方法が私にはありませんでした」

 神は私達を見放したのだと、そう言わんばかりにイオン様は言い放ったのです。
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