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大神官の記憶1

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「今日はお時間を取って頂きありがとうございます」
「とんでもございません。大神官の位を勤めておりますイオンと申します」
「私はフローリア・ゾルティーアと申します。こちらは私の従兄弟でケネス・ブライスです」

 昨日おばあ様と話をした後、旅の疲れを温泉で癒やしました。
 温泉での療養を広めているだけあって、屋敷内にある浴場も温泉を引いているのです。
 ゆっくりと湯を使った後、屋敷のメイド達に体をほぐされている途中で私はだらしなくも朝まで眠ってしまいました。
 おばあ様の屋敷は身内の範囲とはいえ、他家でこんな失態を犯してしまった自分に少し落ち込みましたが、それだけ疲れていたのでしょうと、おばあ様は寛大でした。
 お陰で今朝はすっきりと目覚め、眠っている間に来ていたお父様からの手紙に返信も出来ました。

「神聖契約について確認されたいことがあると伺いましたが」
「はい」

 朝食をすませた後、ケネスとユウナの三人で神殿に来ました。
 お父様に昨日送付した手紙に対しての返事に今朝返信すると、すぐにまたお父様から手紙が送られてきました。
 昨日手紙を送った後、眠ってしまった為返事が出来なかったので心配を掛けていたのかもしれません。

「私、先日神聖契約を行ないましたの」

 つけていた手袋を外し、指にある契約の証を見せると大神官イオン様は一瞬に顔を上げた後慌てた様に課を伏せました。
 神殿に勤める神官様は女性を直視せず、表情が見えない程度に俯きます。
 神官は結婚を禁止されていませんが、自分の家族以外の女性とは視線を合わせたり手を触れたりしてはいけないという考え方があるそうなのです。
 この考え方は古典的と考える神官様も近代ではある為王都の大神官様や、神官様はこの行為をされる方とされない方がいらっしゃいますが、イオン様は厳しく自分を律する方の様です。

「それは強い思いで神聖契約をなさった故と存じます。神聖契約を行なった神官もそう説明したかと」
「ええ。伺いたいのはこの証の事ではございません。私は強い思いを持ってこの神聖契約を行ないました。その際に契約を破った代償は己の命と致しましたの」
「命で、ございますか。そう……ですか」

 戸惑った様にイオン様はそう言うと、考え込む様に黙り込んでしまいました。

「それで、こういう質問は神殿への不信感からではありませんが、不安になりましたの。もし誰かが悪意を持って神聖契約の代償を他の者に科する事があるのかと」
「神聖契約の代償を他人に、でございますか?」
「ええ。もし神聖契約を破ったとして他人が代償を払うのであれば、罪の印もその者に行く可能性があるのかと」
「成程」

 本当は他人の行動についての神聖契約を他人が行えるのか、聞きたいのはそちらですが。
 まずは神聖契約について、当たり障りのない範囲から質問することにしました。

「神聖契約は契約を行なった本人だけが代償も支払うのです」
「では、誰かが代償だけを押しつけるということは無いのですね」
「ええ、そんな事が許されるなら、裕福な者が奴隷を代償に神聖契約をする事も可能になってしまいますから。神は弱気者の見方です。そんな理不尽はありません。ただ、一つ例外があります。神聖契約をした夫婦であれば互いを代償に契約が出来るのです」
「神聖契約をした夫婦? それは神聖契約を互いを代償に出来るという契約をしているという事でしょうか?」
「いいえ、婚姻の儀式の際に神聖契約を行なうのです。これは王家の方しか行ないませんからご存知の方は少ないでしょう。そう言えばゾルティーア様は第三王子の婚約者でいらっしゃいますが、婚約の時に神聖契約はされませんでしたね?」

 イオン様の問いに記憶を辿りますが、私は神聖契約をした記憶はありません。

「婚約式の際にはすでに私は都落ちしておりましたので、人から聞いたのみですが」
「ええ、神聖契約は行っていません。婚約式で行うのですか?」
「はい。婚約式の際に不義不貞を行わず婚姻するという神聖契約を行います。婚姻の儀でその神聖契約は誓いを守りきった証として神より祝福を受けます。その祝福を持ち婚姻の儀式で再度神聖契約を行うのです」
「それは同じく不義不貞を行わないという物ですか?」

 だとしたら王妃様は義兄と不貞を行った段階で代償を支払い、罪の証を受けている筈です。

「いいえ。不義不貞ではありません。王妃様や王太子妃様にどうしても子が出来ない場合、まあそんな事はまずありませんが、その場合は代理腹という名の側妃を秘密裏に持ちますので神聖契約で不義不貞を誓ってしまうとそれが使えなくなります」

 そんな話は聞いたことがありません。
 驚き歴代の王家の家系図を思い出せば、王家の方々は皆様多産で代理腹が必要になる場合が無かったのだと悟りました。

「では何を契約するのでしょう」
「互いを害さないです」
「互いを害さない。それだけですか?」

 なぜそんなものを神聖契約でわざわざ行うのでしょうか。
 私の戸惑いは、イオン様には意外だったのでしょうか。
 でもケネスに視線を向けると、彼も私と同じように戸惑っているようです。

「王家の婚姻は他国との仲を取り持つために行うことが多いのです。王太子妃も隣国の方でしょう」
「はい」

 頷いてから気が付きました。
 他国から嫁いできた妃に寝首を掛かれない為に契約するのだと。
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