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震えの理由

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「エミリアさんが単独でと考えるよりも、余程現実的なのが辛いわね」

 悲劇の主人公を気取っているわけではありませんが、生徒会室で見たエミリアさんは衝動的にも計画的にも自ら犯罪を犯す方には思えませんでした。
 フィリップ殿下の謹慎への抗議だったとしても、侯爵家への放火は見当違いですし捕まった後に待っているのが自分の処刑では割に合いません。
 それなのに何故そんな事をしたのか、その場を想像しただけで体が震えてしまいます。

「彼女がどうやって放火しようとしていたのか分らないが、怪我をしているのだから魔道具が反応したのは確かだろうし、この国の貴族で放火の罪を犯した人間がどんな末路を迎えるか知識として理解していない者がいるとは思えないからな」
「そうね。理解していて自ら罪を犯すのは捕まらないという自信があるか、捕まっても侯爵家を害したいと憎んでいるかでしょうね」

 署名をし、不貞を認める書類だと理解し動揺した彼女を思い出します。
 あれが演技でないなら、荒事など私以上に経験した事がないでしょう。

「で、彼女はそのどちらでもない」
「ええ。フィリップ殿下の運命の恋でも愛でもどちらでもいいけれど、その存在でいるのが不本意でないのなら。私の婚約破棄は一時でも望んでいたことでしょう。その結果彼女が困った立場に追いやられたとしても私や侯爵家が恨まれる筋合いはないわ」

 冷静に考えれば男爵家の令嬢でしか無いエミリアさんが三番目とはいえこの国の王子と恋に落ち、添い遂げたいなどと思う方が無茶な話です。
 もしも私がフィリップ殿下を見限っておらず、出会った当時の様に思っていたままだったとしたらエミリアさんの存在など無視して、殿下が侯爵家に婿入りする方だという事実を突きつけエミリアさんの存在など無かった事にした筈です。それこそ王妃様の力を利用して。

「恨まれるとすれば、私があの場で婚約破棄をしてしまったこと位ね」

 エミリアさんがフィリップ殿下に無理矢理あの場に連れて来られていたのなら、婚約破棄の原因にされ令嬢として傷を付けられた恨みを持っている可能性はあります。
 ただ殿下を思うだけで良かった。そんな健気な思いを彼女が持っていたとしたら、それを無視して不貞の相手とした私が逆恨みされている可能性はあります。あくまで可能性ですが

「彼女の単独だなんて、そう思う方がおかしいわよね」
「そうだな。現実から逃げている考えだ」
「はあ」

 お父様の手紙は結果しか分りません。
 それについて、お父様がどう考えているか、陛下は何を考えていらっしゃるのか何も書いていないのです。
 それが不意に不自然に感じてしまいました。

 お父様は本当に全部本当の事を書いているのでしょうか。
 何か隠していたら? 例えば誰かが怪我をした、誰かが害されて、誰かが牢に拘束されて……。
 それを私に知らせずにいるとしたら?

「ケネス。お兄様達は領地? おじさまも?」
「そうだな三人とも領地にいる。何かする事が?」
「お父様達の守りが気になっただけ。二人とも私と同じ魔道具は付けているけれど、不安なの」

 解毒、解呪、物理的攻撃の無効の魔道具は常に付けています。お二人とも魔力量が多く魔石の魔力が尽きても自分の魔力で補える力はありますでも、不安なのです。

「もし馬車が襲われたら、馬車が横転してそこに火を点けられたら」
「フローリア」
「不安なの。陛下が王妃様の気持ちを優先したら? 私から婚約破棄した事や、神聖契約をしてまで婚約破棄の撤回を拒んだことを不快だと言ったら?」

 陛下は賢王と名高い方です。
 名君の名は、それでもただ一人がいなければと言われているのです。

 想像するだけで体が震えます。
 カタカタと歯の根が合わず、自分で自分を抱きしめても震えが止りません。

 目の前に浮かぶのは、幼い頃に見たあの光景。
 義理とはいえ兄を抱きしめる王妃様の姿です。

「陛下が王妃様を信頼して、愛している限り王妃様が何をしても罪にはならない。それが怖いの」
「フローリア」
「怖いの。王妃様が本気でお父様達を害そうとしていたのではないの? エミリアさんはただの目くらましで、本当は別の人がお父様達を害そうと動いていたのでは」

 本当に兄様は王妃様に害されたの?
 本当にフィリップ殿下は、陛下のお子ではないの?
 エミリアさんは、自分で侯爵家に火を放ったの? それとも……。

「フローリア、落ち着け」
「ケネス、ケネス。怖いの、どうしたらいいの」

 どうして私は王都から離れて、こんなに遠くに来てしまったの。
 自分だけが助かればいい、そんな気持ちでこんな遠くまで来てしまったの?

「落ち着け」

 震える体を、温かい何かに抱きしめられて私は目を見開きました。

「落ち着け、脅えていても何の解決にもならない」
「ケネス。でも」

 怖いの。怖くてたまらないの。

「お前の事も、おじさん達も全部守るなんてそんなことは言えないけれど。でもお前の側にいる」
「ケネス」
「それだけは守る。側にいる。誰かがお前を害しようとするなら、その相手と差し違える位は未熟な俺にも出来るからな」

 未熟な私、未熟なケネス。
 私達はまだ子供で、力なんてないまだ子供だけど。

「脅えて現実から逃げるな。力がないなりに考えるんだ」
「そうね」

 ぽろりとこぼれ落ちる涙をそのままに、私はケネスに笑いかけた。
 
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