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王妃様の本心

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「フローリア、それは確かに噂にあったことだけれど」

 おばあ様が困った様に私をたしなめました。
 確かに王族の血筋について不敬な事を語っているのを公に知られれば、処刑されても文句は言えません。

「嘘でも憶測でもなく、私は昔王妃様が話されているのを聞いたことがあるのです。他言できる内容ではないと子供心にも理解していたので誰にも話しませんでしたが、あの時お父様にだけでも言っておけば良かったと後悔しています」
「なんですって」
「それは本当なのか、フローリア」
「はい、あれは婚約して二年程過ぎた頃でしょうか、殿下との交流の為王妃様の宮に伺った時のことです」

 あの日は王妃様に呼ばれ、フィリップ殿下と王妃様と私の三人で小さなお茶会をしていました。
 途中、王妃様から突然殿下と私の二人で薔薇園を見に行く様ご指示がありました。
 王妃様の前では承諾した振りをした殿下は、私を薔薇園まで連れて行くと「一人で勝手に見て来い。誰もこいつに付く必要はない。命令を破る奴はクビだ」と叫んで走ってどこかに行ってしまいました。
 一緒にお城に来ていた私の侍女は、王妃様の宮には入れて貰えず、私達に付いていたのは殿下の護衛のみでした。
 護衛達は躊躇いながらも、殿下を追いかける方を選択し私は一人にされてしまいました。
 王妃様に感想を聞かれて答えられないと困りますから、仕方なく私一人で薔薇園の中に入り、暫く美しい薔薇を眺め歩いた後、一人王妃様の宮に戻った私は殿下無しに王妃様のいらっしゃるであろうお茶会の部屋に戻っていいものか迷い、殿下を探すためお茶会のお部屋近くのお庭に出てみたのです。

「本当に小さい頃から蔑ろにされていたんだな」

 私の説明にケネスは呆れたとばかりに言い放ちました。
 私には馴れていたことでも、改めて言葉にすれば酷い話だと思います。
 十歳に満たない高位貴族の子供をお城の中に一人放置しているなど、護衛としてありえない話ですしそれを強制する殿下も殿下です。

「それで、殿下は見つかったのか?」
「私を放置して王妃様の宮のお庭に隠れるのはいつものことだったから、その日もきっとそうだろうと探したのだけど」

 その日は殿下はお庭にはいらっしゃいませんでした。
殿下を探しながら人気のない庭をひたすら歩いていた私は、植え込みの向こうから小さく聞こえる声に気がつき、そっと近寄りました。

「殿……」

 小さく発した声は、驚きのあまり途中で消えてしまいました。
 そこは王妃様の私室前に造られた奥庭でした。
 殿下を探して歩く内に、私は宮の最奥まで入り込んでしまっていたのです。
 そこは王妃様の私的な庭で、王妃様の許しが無ければ王妃様付きの侍女すら足を踏み入れてはいけない場所だと、以前王妃様付きの侍女に教えられたところでした。

 王妃様や使用人達に見つかれば叱責は必須、いいえ今目の前に広がる光景を私が見ていたと知られたら殺されてしまうかもしれません。
 私は両手で口を抑え、向こうに気が付かれない様に必死でした。

「何を見たんだ」
「王妃様が、王妃様のお兄様を抱き締めていたの」
「え」

 幼い私の目から見て、そう感じたのは今思い返しても正しかったと思います。
 相手は王妃様のお兄様のフィリエ伯爵でした。
 何度か王妃様の宮でお会いしていたので、お顔は覚えていましたから間違いありません。
 フィリエ伯爵は石にでもなったかの様に直立不動で、王妃様は伯爵の背中にご自分の両手を伸ばし、その胸に頬をすり寄せていらっしゃいました。

「お兄様、もっと頻繁にお会いしたいです」
「無理を言わないでくれ」
「そんな酷いことを言っていいのですか?フィリップの父親が陛下ではないと、私口を滑らせてしまうかもしれなくてよ」
「そんな事をすればお前もただではすまないだろう」
「お兄様が私に冷たいと、自暴自棄になって世を儚みたくなるのよ。家のために私を犠牲にしたのですから、お兄様は一生私を大切にして下さらなければいけないのに。酷いわ」
「それは、すまないと思っている。だが、」
「すまないではなく、愛していると言って」
「それは、義妹として愛している、けれどそれ以上は無理だと何度も言っているだろう」
「愛していると言わなくても、フィリップはお兄様の子供よ、私にとって唯一の宝、お兄様は認めたくなくてもね」
「後悔しているよ、あの日油断した私が馬鹿だった」
「ふふ、義妹に気を許しすぎたお兄様の落ち度よ、あの一晩でフィリップを授かったのよ、私達は結ばれる運命なの」
「そんな、違う。義理とはいえお前は妹なんだ」
「お兄様、あの子は二つ並んだ黒子がここにあるのよ、お兄様と同じ、ここに」

 王妃様はそう言うと、フィリエ伯爵の左胸の辺りを指先で撫でました。

「止めてくれ、もう許してくれ。俺が愛しているのは妻だけなんだ」
「私を捨てるの? それならお兄様が大切に守ろうとしてるものすべてを苦しめてあげる。まずは正妻だといい気になっているあの女を、死ぬ方がマシだと思う様な目にあわせてあげようかしら」 

 クスクスと笑いながら、王妃様は再び伯爵の胸に頬を寄せました。

「許してくれ、もう許してくれ」
「私を傷つける事を言ったお詫びをしてくれる?
それとも家のために私にあの女を差し出す方がいい?」
「なんでもするから、妻と子だけは手を出さないでくれ」
「お義父様の命日に家に帰るわ、その夜二人きりで過ごしてくれる?」
「それは」
「出来ないの?」
「分かった」
「ふふ、嬉しい。これからは定期的に家に戻れるように陛下にお願いするわね。お義母様のお体が心配ですもの。娘として当然でしょう? お義母様は王都の屋敷に、あの女は領地に、そうしてくれるわよね」
「分かった。それで許してくれるなら」
「愛しているわ、お兄様」

 あまりに衝撃的な話に私は怖くなり、必死に気配を殺しながらその場から逃げました。
 そんな話をするのはお父様にすら出来ず、あれは夢だったのだと自分に言い聞かせ続け、忘れようとしていたのです。
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