24 / 123
王妃様の本心
しおりを挟む
「フローリア、それは確かに噂にあったことだけれど」
おばあ様が困った様に私をたしなめました。
確かに王族の血筋について不敬な事を語っているのを公に知られれば、処刑されても文句は言えません。
「嘘でも憶測でもなく、私は昔王妃様が話されているのを聞いたことがあるのです。他言できる内容ではないと子供心にも理解していたので誰にも話しませんでしたが、あの時お父様にだけでも言っておけば良かったと後悔しています」
「なんですって」
「それは本当なのか、フローリア」
「はい、あれは婚約して二年程過ぎた頃でしょうか、殿下との交流の為王妃様の宮に伺った時のことです」
あの日は王妃様に呼ばれ、フィリップ殿下と王妃様と私の三人で小さなお茶会をしていました。
途中、王妃様から突然殿下と私の二人で薔薇園を見に行く様ご指示がありました。
王妃様の前では承諾した振りをした殿下は、私を薔薇園まで連れて行くと「一人で勝手に見て来い。誰もこいつに付く必要はない。命令を破る奴はクビだ」と叫んで走ってどこかに行ってしまいました。
一緒にお城に来ていた私の侍女は、王妃様の宮には入れて貰えず、私達に付いていたのは殿下の護衛のみでした。
護衛達は躊躇いながらも、殿下を追いかける方を選択し私は一人にされてしまいました。
王妃様に感想を聞かれて答えられないと困りますから、仕方なく私一人で薔薇園の中に入り、暫く美しい薔薇を眺め歩いた後、一人王妃様の宮に戻った私は殿下無しに王妃様のいらっしゃるであろうお茶会の部屋に戻っていいものか迷い、殿下を探すためお茶会のお部屋近くのお庭に出てみたのです。
「本当に小さい頃から蔑ろにされていたんだな」
私の説明にケネスは呆れたとばかりに言い放ちました。
私には馴れていたことでも、改めて言葉にすれば酷い話だと思います。
十歳に満たない高位貴族の子供をお城の中に一人放置しているなど、護衛としてありえない話ですしそれを強制する殿下も殿下です。
「それで、殿下は見つかったのか?」
「私を放置して王妃様の宮のお庭に隠れるのはいつものことだったから、その日もきっとそうだろうと探したのだけど」
その日は殿下はお庭にはいらっしゃいませんでした。
殿下を探しながら人気のない庭をひたすら歩いていた私は、植え込みの向こうから小さく聞こえる声に気がつき、そっと近寄りました。
「殿……」
小さく発した声は、驚きのあまり途中で消えてしまいました。
そこは王妃様の私室前に造られた奥庭でした。
殿下を探して歩く内に、私は宮の最奥まで入り込んでしまっていたのです。
そこは王妃様の私的な庭で、王妃様の許しが無ければ王妃様付きの侍女すら足を踏み入れてはいけない場所だと、以前王妃様付きの侍女に教えられたところでした。
王妃様や使用人達に見つかれば叱責は必須、いいえ今目の前に広がる光景を私が見ていたと知られたら殺されてしまうかもしれません。
私は両手で口を抑え、向こうに気が付かれない様に必死でした。
「何を見たんだ」
「王妃様が、王妃様のお兄様を抱き締めていたの」
「え」
幼い私の目から見て、そう感じたのは今思い返しても正しかったと思います。
相手は王妃様のお兄様のフィリエ伯爵でした。
何度か王妃様の宮でお会いしていたので、お顔は覚えていましたから間違いありません。
フィリエ伯爵は石にでもなったかの様に直立不動で、王妃様は伯爵の背中にご自分の両手を伸ばし、その胸に頬をすり寄せていらっしゃいました。
「お兄様、もっと頻繁にお会いしたいです」
「無理を言わないでくれ」
「そんな酷いことを言っていいのですか?フィリップの父親が陛下ではないと、私口を滑らせてしまうかもしれなくてよ」
「そんな事をすればお前もただではすまないだろう」
「お兄様が私に冷たいと、自暴自棄になって世を儚みたくなるのよ。家のために私を犠牲にしたのですから、お兄様は一生私を大切にして下さらなければいけないのに。酷いわ」
「それは、すまないと思っている。だが、」
「すまないではなく、愛していると言って」
「それは、義妹として愛している、けれどそれ以上は無理だと何度も言っているだろう」
「愛していると言わなくても、フィリップはお兄様の子供よ、私にとって唯一の宝、お兄様は認めたくなくてもね」
「後悔しているよ、あの日油断した私が馬鹿だった」
「ふふ、義妹に気を許しすぎたお兄様の落ち度よ、あの一晩でフィリップを授かったのよ、私達は結ばれる運命なの」
「そんな、違う。義理とはいえお前は妹なんだ」
「お兄様、あの子は二つ並んだ黒子がここにあるのよ、お兄様と同じ、ここに」
王妃様はそう言うと、フィリエ伯爵の左胸の辺りを指先で撫でました。
「止めてくれ、もう許してくれ。俺が愛しているのは妻だけなんだ」
「私を捨てるの? それならお兄様が大切に守ろうとしてるものすべてを苦しめてあげる。まずは正妻だといい気になっているあの女を、死ぬ方がマシだと思う様な目にあわせてあげようかしら」
クスクスと笑いながら、王妃様は再び伯爵の胸に頬を寄せました。
「許してくれ、もう許してくれ」
「私を傷つける事を言ったお詫びをしてくれる?
それとも家のために私にあの女を差し出す方がいい?」
「なんでもするから、妻と子だけは手を出さないでくれ」
「お義父様の命日に家に帰るわ、その夜二人きりで過ごしてくれる?」
「それは」
「出来ないの?」
「分かった」
「ふふ、嬉しい。これからは定期的に家に戻れるように陛下にお願いするわね。お義母様のお体が心配ですもの。娘として当然でしょう? お義母様は王都の屋敷に、あの女は領地に、そうしてくれるわよね」
「分かった。それで許してくれるなら」
「愛しているわ、お兄様」
あまりに衝撃的な話に私は怖くなり、必死に気配を殺しながらその場から逃げました。
そんな話をするのはお父様にすら出来ず、あれは夢だったのだと自分に言い聞かせ続け、忘れようとしていたのです。
おばあ様が困った様に私をたしなめました。
確かに王族の血筋について不敬な事を語っているのを公に知られれば、処刑されても文句は言えません。
「嘘でも憶測でもなく、私は昔王妃様が話されているのを聞いたことがあるのです。他言できる内容ではないと子供心にも理解していたので誰にも話しませんでしたが、あの時お父様にだけでも言っておけば良かったと後悔しています」
「なんですって」
「それは本当なのか、フローリア」
「はい、あれは婚約して二年程過ぎた頃でしょうか、殿下との交流の為王妃様の宮に伺った時のことです」
あの日は王妃様に呼ばれ、フィリップ殿下と王妃様と私の三人で小さなお茶会をしていました。
途中、王妃様から突然殿下と私の二人で薔薇園を見に行く様ご指示がありました。
王妃様の前では承諾した振りをした殿下は、私を薔薇園まで連れて行くと「一人で勝手に見て来い。誰もこいつに付く必要はない。命令を破る奴はクビだ」と叫んで走ってどこかに行ってしまいました。
一緒にお城に来ていた私の侍女は、王妃様の宮には入れて貰えず、私達に付いていたのは殿下の護衛のみでした。
護衛達は躊躇いながらも、殿下を追いかける方を選択し私は一人にされてしまいました。
王妃様に感想を聞かれて答えられないと困りますから、仕方なく私一人で薔薇園の中に入り、暫く美しい薔薇を眺め歩いた後、一人王妃様の宮に戻った私は殿下無しに王妃様のいらっしゃるであろうお茶会の部屋に戻っていいものか迷い、殿下を探すためお茶会のお部屋近くのお庭に出てみたのです。
「本当に小さい頃から蔑ろにされていたんだな」
私の説明にケネスは呆れたとばかりに言い放ちました。
私には馴れていたことでも、改めて言葉にすれば酷い話だと思います。
十歳に満たない高位貴族の子供をお城の中に一人放置しているなど、護衛としてありえない話ですしそれを強制する殿下も殿下です。
「それで、殿下は見つかったのか?」
「私を放置して王妃様の宮のお庭に隠れるのはいつものことだったから、その日もきっとそうだろうと探したのだけど」
その日は殿下はお庭にはいらっしゃいませんでした。
殿下を探しながら人気のない庭をひたすら歩いていた私は、植え込みの向こうから小さく聞こえる声に気がつき、そっと近寄りました。
「殿……」
小さく発した声は、驚きのあまり途中で消えてしまいました。
そこは王妃様の私室前に造られた奥庭でした。
殿下を探して歩く内に、私は宮の最奥まで入り込んでしまっていたのです。
そこは王妃様の私的な庭で、王妃様の許しが無ければ王妃様付きの侍女すら足を踏み入れてはいけない場所だと、以前王妃様付きの侍女に教えられたところでした。
王妃様や使用人達に見つかれば叱責は必須、いいえ今目の前に広がる光景を私が見ていたと知られたら殺されてしまうかもしれません。
私は両手で口を抑え、向こうに気が付かれない様に必死でした。
「何を見たんだ」
「王妃様が、王妃様のお兄様を抱き締めていたの」
「え」
幼い私の目から見て、そう感じたのは今思い返しても正しかったと思います。
相手は王妃様のお兄様のフィリエ伯爵でした。
何度か王妃様の宮でお会いしていたので、お顔は覚えていましたから間違いありません。
フィリエ伯爵は石にでもなったかの様に直立不動で、王妃様は伯爵の背中にご自分の両手を伸ばし、その胸に頬をすり寄せていらっしゃいました。
「お兄様、もっと頻繁にお会いしたいです」
「無理を言わないでくれ」
「そんな酷いことを言っていいのですか?フィリップの父親が陛下ではないと、私口を滑らせてしまうかもしれなくてよ」
「そんな事をすればお前もただではすまないだろう」
「お兄様が私に冷たいと、自暴自棄になって世を儚みたくなるのよ。家のために私を犠牲にしたのですから、お兄様は一生私を大切にして下さらなければいけないのに。酷いわ」
「それは、すまないと思っている。だが、」
「すまないではなく、愛していると言って」
「それは、義妹として愛している、けれどそれ以上は無理だと何度も言っているだろう」
「愛していると言わなくても、フィリップはお兄様の子供よ、私にとって唯一の宝、お兄様は認めたくなくてもね」
「後悔しているよ、あの日油断した私が馬鹿だった」
「ふふ、義妹に気を許しすぎたお兄様の落ち度よ、あの一晩でフィリップを授かったのよ、私達は結ばれる運命なの」
「そんな、違う。義理とはいえお前は妹なんだ」
「お兄様、あの子は二つ並んだ黒子がここにあるのよ、お兄様と同じ、ここに」
王妃様はそう言うと、フィリエ伯爵の左胸の辺りを指先で撫でました。
「止めてくれ、もう許してくれ。俺が愛しているのは妻だけなんだ」
「私を捨てるの? それならお兄様が大切に守ろうとしてるものすべてを苦しめてあげる。まずは正妻だといい気になっているあの女を、死ぬ方がマシだと思う様な目にあわせてあげようかしら」
クスクスと笑いながら、王妃様は再び伯爵の胸に頬を寄せました。
「許してくれ、もう許してくれ」
「私を傷つける事を言ったお詫びをしてくれる?
それとも家のために私にあの女を差し出す方がいい?」
「なんでもするから、妻と子だけは手を出さないでくれ」
「お義父様の命日に家に帰るわ、その夜二人きりで過ごしてくれる?」
「それは」
「出来ないの?」
「分かった」
「ふふ、嬉しい。これからは定期的に家に戻れるように陛下にお願いするわね。お義母様のお体が心配ですもの。娘として当然でしょう? お義母様は王都の屋敷に、あの女は領地に、そうしてくれるわよね」
「分かった。それで許してくれるなら」
「愛しているわ、お兄様」
あまりに衝撃的な話に私は怖くなり、必死に気配を殺しながらその場から逃げました。
そんな話をするのはお父様にすら出来ず、あれは夢だったのだと自分に言い聞かせ続け、忘れようとしていたのです。
403
お気に入りに追加
9,068
あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい
みおな
恋愛
何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。
死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。
死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。
三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。
四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。
さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。
こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。
こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。
私の怒りに、神様は言いました。
次こそは誰にも虐げられない未来を、とー

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる