上 下
22 / 123

愚かな行為だと知らなかった3(フィリップ殿下視点)

しおりを挟む
「父上、私は悪くありませんっ。悪いのはフローリアの方ですっ!あいつが私を蔑ろにするのが悪いんです!格下の癖に、私と婚約したいなどと高望みしておきながら、愛想の欠片も、ひっいっ!」
「今何と言った」

 父上と兄上の冷やかな視線に加え、侯爵からの殺気に体が震えた。
 侯爵は文官だが、武にも優れている。
 剣の腕も魔法の腕も確かだ。それを今の今まで忘れていた。

「お前とフローリア嬢の婚約は、王妃からの願いで結んだもの。侯爵家は一度辞退しているのを無理矢理に頼んでやっと叶った縁だ」
「そんなっ! そんなっ筈は、母上は確かにフローリアが私に一目惚れして無理強いしたと。本当は違う相手を考えていたのに、侯爵がどうしてもと」

 母上が嘘を言っていたのか。
 でも、婚約締結の朝にそう説明されたし、その後も何度もその話を聞かされたのだから、嘘なんかじゃない筈だ。

「そんな筈があるわけがないっ! 私は何度も婚約を諦めて頂ける様嘆願し続けた。婚約が結ばれてからも白紙が駄目なら家の有責でもいいから破棄して欲しいと何度も何度も」

 一臣下でしかない侯爵家から王家からの婚約を断るなど、あっていい筈がない。
 だいたいそこまで嫌がられる理由など。

「婚約してから一度でもフローリアに優しく声を掛けて下さったこともなく、エスコートすらまともにして頂けず、茶会すら出ていただけない。それでどうやって愛想を振りまく気になると?」
「そ、それは」
「殿下の不貞が一度でもあれば婚約破棄に応じると陛下が承諾してくださったのは、婚約を結んで数年たってからです。その理由がお分かりになりますか?」

 そんなの、父上が兄上に唆されでもしたんだろう。
 兄上は俺を常に困らせようとしているのだから。

「自分は悪くない、そう言う顔だな」
「私の何が悪いのですか、優しくされたいならもっと私に尽くすべきでしょう。大事な話があると言っても生徒会の仕事を優先していたのは向こうですよ」

 フローリアは幼い頃からしつこく私の後ろを付きまとっていた。
 同い年頃の子供を集めた茶会でも、婚約者だからと側にいて煩わしかったし、そうかと思えば王子である俺を差し置いて令嬢令息に囲まれていたりする。
 俺には笑顔しか向けないのに、あいつらには色んな表情を見せるんだ。
 それが幼い俺には悔しかったんだ。
 フローリアは俺の婚約者だというのに、俺以外の令嬢令息と話をする必要などないだろう。
 蔑ろにされていたのは、俺の方だ。

「お前が馬鹿なのはよく分かった」
「兄上っ、馬鹿とはなんですかっ!」

 幼い頃の苦悩を話せば父上なら分かってくださると信じて話したのに、父上はため息をつき、兄上には馬鹿だと言われた。

「茶会は貴族の交流の場だ、そこで婚約者以外と話しをしない等ありえん。そもそも二人が揃って出席していたなら、フローリア嬢が問題行動を起こせばそれだけで噂になる。いいか、忘れているようだが余もお前の兄達もフローリア嬢の行動に問題がある等話題にしたことすらない筈だ。お前には何度と無く叱責していたがな」

 父上は疲れた様に首を横に振ると「お前がいつか変わるのではと期待して、侯爵家に我慢を強いずにもっと早く婚約を白紙にするべきだった」と言い始めた。

「フローリア嬢は、婚約してからは侯爵家を継ぐ自覚を持って他家との交流を深めようとすると同時に、お前に十二分に尽くしていただろう。勉強に社交に忙しいと言うのにお前の為にと丁寧に刺繍したハンカチや礼装用の帯を作り、婿入りしても困らないようにと領地の資料を作っていた。お前の好むもの好まぬものを覚え、お前が偏食が酷いと聞けば、料理人と一緒にお前でも食べられる食事を考え、何度も何度も差し入れていただろう。それすら忘れたのか」

 呆れたとばかりに俺を見ながら、兄上は「フローリア嬢が気の毒」と当て付けの楊に言った。

「そんなの当然ではありませんか、婚約者なのですから」
「では、お前はフローリア嬢に何をした? 彼女が行う必要のない生徒会の仕事を、婚約者だからと押し付けて自分は怠けていただけではないのか?」
「婚約者なのですから、手助けするのは当たり前ではありませんか」
「そんな決まりがどこにある。生徒会の仕事は役員と、補佐のみが行うもので、役員ではないフローリアはそもそも生徒会の書類を見る資格はないんだぞ」
「そんな筈」
「大体、誰が言い出したのだ」

 誰が、それは。

「母上が、生徒会の仕事が大変なら婚約者が手伝って当たり前だと。校長には話しておくから遠慮せずどんどん使っていいと」

 母上の言葉は正しいのだと、ずっと信じて疑いもしなかった。
 フローリアは婚約者だけれど、俺は王子で尊い存在なのだから、彼女は好きに使える配下だと思って労る必要もないのだとそう言っていたから。

「私は間違っていない。母上がそう言ったのです。ですから、私は間違っていない」

 そう言わなければすべてが間違いになってしまう。
 善悪の判断すらつけられなかったのだと、そんな愚かな人間になってしまう。

「母上が嘘を言う筈ない。母上はっ!」

 呆れと侮蔑の目で自分を見る三人に、俺はこれ以上何も言えなかったんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

『完』婚約破棄されたのでお針子になりました。〜私が元婚約者だと気づかず求婚してくるクズ男は、裸の王子さまで十分ですわよね?〜

桐生桜月姫
恋愛
「老婆のような白髪に、ちょっと賢いからって生意気な青い瞳が気に入らん!!よって婚約を破棄する!!せいぜい泣き喚くんだな!!」 「そうですか。わたくし、あなたのことを愛せませんでしたので、泣けませんの。ごめんなさいね」  理不尽な婚約破棄を受けたマリンソフィアは……… 「うふふっ、あはははっ!これでわたくしは正真正銘自由の身!!わたくしの夢を叶えるためじゃないとはいえ、婚約破棄をしてくれた王太子殿下にはとーっても感謝しなくっちゃ!!」  落ち込むどころか舞い上がって喜んでいた。  そして、意気揚々と自分の夢を叶えてお針子になって自由気ままなスローライフ?を楽しむ!!  だが、ある時大嫌いな元婚約者が現れて……… 「あぁ、なんと美しい人なんだ。絹のように美しく真っ白な髪に、サファイアのような知性あふれる瞳。どうか俺の妃になってはくれないだろうか」  なんと婚約破棄をされた時と真反対の言葉でマリンソフィアだと気が付かずに褒め称えて求婚してくる。 「あぁ、もう!!こんなうっざい男、裸の王子さまで十分よ!!」  お針子マリンソフィアの楽しい楽しいお洋服『ざまあ』が今開幕!!

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜

みおな
恋愛
 私は10歳から15歳までを繰り返している。  1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。 2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。  5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。  それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...