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旅の途中の宿で
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「ようやくおばあ様にお会い出来るわね」
王都の屋敷を出て三日目の朝、私は連日の馬車での移動で凝り固まった体に顔をしかめながらユウナに鏡越しに話しかけました。
「そうですね、今日のお昼にはローゲン伯爵家に到着するかと思います。かなりの強行軍でしたから、お体が休まりませんでしたが伯爵家ではゆっくりお休み下さいませ」
普通であれば最低五日は掛かる道のりを二日程早めたのですから、かなりの無理を馬と護衛達にさせてしまいました。
王都からの追手が来る気配は今のところなく、お父様からの急な知らせはありません。お母様の実家であるローゲン伯爵家を過ぎて二日ほど馬車を走らせれば我が侯爵領です。
領地には大きな鉱山がある為、侯爵領に入る為の門では厳重な警戒がされています。
鉱山は元々は王家直轄領だった場所です。三代前の陛下の弟である第五王子が当家に婿入りする際にはすでに他領では考えられない位しっかりとした長城が造られており、婿入り以後その長城を侯爵家の領地をぐるりと取り囲む様に伸ばしました。
長城を守るのは、侯爵家に仕える騎士と兵士達です。そして彼らと共に守護してくれるのは数々の魔道具です。
長城を支える石材の劣化を防ぐだけでなく、魔物や盗賊などの脅威からも守ってくれていますから、侯爵領に入ってしまえば安心出来るのです。
「おばあ様にお会いするのは嬉しいけれど、辛いわね」
「お嬢様。婚約破棄についてはきっと大奥様もお喜びになりますよ」
「ユウナ。喜んでいい話ではないのよ」
少なからずお母様の実家であるローゲン伯爵家にも影響が出る話なのです。
おばあ様は優しい方ですから表立って私を叱ったりはしないでしょうけれど、当主である伯父様は内心どう思われているかと思うと、喜んでいる等とは言えるわけがありません。
「喜んでいい話です。ケネス様も仰っていたではありませんか、お嬢様はもう自由だと」
「自由、それが難しいと思う時が来るなんてね」
ケネスと久し振りに話をしたあの日、自分はもう自由にしていいのだと気がついて一瞬喜びはしたものの、では何をしたいのかと考えても『ケネスと一緒に丘に行きたい』以外は浮かびませんでした。
婚約して以降自由だった時などありませんでした。
領地にいても殿下の婚約者の立場は常に意識して行動していましたし、それに伴い行動も制限されていました。
王都に来るとその制限はもっとキツくなり、王妃様の気まぐれで呼び出される事も多かったのです。
「難しいですか」
「ええ、難しいわ」
「そうすると、ケネス様とのお約束がお嬢様が唯一されたかったことなのですね」
私の髪を梳きながら、ユウナがからかう様に言うので私は真っ赤になってしまいました。
鏡に映る私の顔は赤く、その後ろに立つユウナは楽しそうに笑っています。
「ユウナ」
「ふふふ。お嬢様が嬉しそうで私は幸せです」
「からかわないで。あれはただの」
ただの、何でしょう。
ケネスは優しいから、私はそれを知っていて我が儘を言っただけ。
そして優しいケネスが私の願いを叶えてくれると約束してくれただけ。
それだけなのに、どうしてかそう思いたくないのです。
「ケネス様とお嬢様は幼い頃とても仲が良かったではありませんか、学校に通われる様になってお話する機会を減らされて、お嬢様はとても悲しまれておいででした。それもこれも、あの憎たらしい元婚約者の嫌がらせで」
「ユウナ。それ以上は言ってはいけないわ」
「はい。申し訳ございません」
「あなたが私の事を思ってくれているのは分っているわ。ありがとう」
ユウナを叱る資格は私にはありません。
あれが嫌がらせだと思っているのは、ユウナだけではないからです。
王都の屋敷を出て三日目の朝、私は連日の馬車での移動で凝り固まった体に顔をしかめながらユウナに鏡越しに話しかけました。
「そうですね、今日のお昼にはローゲン伯爵家に到着するかと思います。かなりの強行軍でしたから、お体が休まりませんでしたが伯爵家ではゆっくりお休み下さいませ」
普通であれば最低五日は掛かる道のりを二日程早めたのですから、かなりの無理を馬と護衛達にさせてしまいました。
王都からの追手が来る気配は今のところなく、お父様からの急な知らせはありません。お母様の実家であるローゲン伯爵家を過ぎて二日ほど馬車を走らせれば我が侯爵領です。
領地には大きな鉱山がある為、侯爵領に入る為の門では厳重な警戒がされています。
鉱山は元々は王家直轄領だった場所です。三代前の陛下の弟である第五王子が当家に婿入りする際にはすでに他領では考えられない位しっかりとした長城が造られており、婿入り以後その長城を侯爵家の領地をぐるりと取り囲む様に伸ばしました。
長城を守るのは、侯爵家に仕える騎士と兵士達です。そして彼らと共に守護してくれるのは数々の魔道具です。
長城を支える石材の劣化を防ぐだけでなく、魔物や盗賊などの脅威からも守ってくれていますから、侯爵領に入ってしまえば安心出来るのです。
「おばあ様にお会いするのは嬉しいけれど、辛いわね」
「お嬢様。婚約破棄についてはきっと大奥様もお喜びになりますよ」
「ユウナ。喜んでいい話ではないのよ」
少なからずお母様の実家であるローゲン伯爵家にも影響が出る話なのです。
おばあ様は優しい方ですから表立って私を叱ったりはしないでしょうけれど、当主である伯父様は内心どう思われているかと思うと、喜んでいる等とは言えるわけがありません。
「喜んでいい話です。ケネス様も仰っていたではありませんか、お嬢様はもう自由だと」
「自由、それが難しいと思う時が来るなんてね」
ケネスと久し振りに話をしたあの日、自分はもう自由にしていいのだと気がついて一瞬喜びはしたものの、では何をしたいのかと考えても『ケネスと一緒に丘に行きたい』以外は浮かびませんでした。
婚約して以降自由だった時などありませんでした。
領地にいても殿下の婚約者の立場は常に意識して行動していましたし、それに伴い行動も制限されていました。
王都に来るとその制限はもっとキツくなり、王妃様の気まぐれで呼び出される事も多かったのです。
「難しいですか」
「ええ、難しいわ」
「そうすると、ケネス様とのお約束がお嬢様が唯一されたかったことなのですね」
私の髪を梳きながら、ユウナがからかう様に言うので私は真っ赤になってしまいました。
鏡に映る私の顔は赤く、その後ろに立つユウナは楽しそうに笑っています。
「ユウナ」
「ふふふ。お嬢様が嬉しそうで私は幸せです」
「からかわないで。あれはただの」
ただの、何でしょう。
ケネスは優しいから、私はそれを知っていて我が儘を言っただけ。
そして優しいケネスが私の願いを叶えてくれると約束してくれただけ。
それだけなのに、どうしてかそう思いたくないのです。
「ケネス様とお嬢様は幼い頃とても仲が良かったではありませんか、学校に通われる様になってお話する機会を減らされて、お嬢様はとても悲しまれておいででした。それもこれも、あの憎たらしい元婚約者の嫌がらせで」
「ユウナ。それ以上は言ってはいけないわ」
「はい。申し訳ございません」
「あなたが私の事を思ってくれているのは分っているわ。ありがとう」
ユウナを叱る資格は私にはありません。
あれが嫌がらせだと思っているのは、ユウナだけではないからです。
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