上 下
14 / 123

旅の途中の宿で

しおりを挟む
「ようやくおばあ様にお会い出来るわね」

 王都の屋敷を出て三日目の朝、私は連日の馬車での移動で凝り固まった体に顔をしかめながらユウナに鏡越しに話しかけました。

「そうですね、今日のお昼にはローゲン伯爵家に到着するかと思います。かなりの強行軍でしたから、お体が休まりませんでしたが伯爵家ではゆっくりお休み下さいませ」

 普通であれば最低五日は掛かる道のりを二日程早めたのですから、かなりの無理を馬と護衛達にさせてしまいました。
 王都からの追手が来る気配は今のところなく、お父様からの急な知らせはありません。お母様の実家であるローゲン伯爵家を過ぎて二日ほど馬車を走らせれば我が侯爵領です。
 領地には大きな鉱山がある為、侯爵領に入る為の門では厳重な警戒がされています。
 鉱山は元々は王家直轄領だった場所です。三代前の陛下の弟である第五王子が当家に婿入りする際にはすでに他領では考えられない位しっかりとした長城が造られており、婿入り以後その長城を侯爵家の領地をぐるりと取り囲む様に伸ばしました。
 長城を守るのは、侯爵家に仕える騎士と兵士達です。そして彼らと共に守護してくれるのは数々の魔道具です。
 長城を支える石材の劣化を防ぐだけでなく、魔物や盗賊などの脅威からも守ってくれていますから、侯爵領に入ってしまえば安心出来るのです。

「おばあ様にお会いするのは嬉しいけれど、辛いわね」
「お嬢様。婚約破棄についてはきっと大奥様もお喜びになりますよ」
「ユウナ。喜んでいい話ではないのよ」

 少なからずお母様の実家であるローゲン伯爵家にも影響が出る話なのです。
 おばあ様は優しい方ですから表立って私を叱ったりはしないでしょうけれど、当主である伯父様は内心どう思われているかと思うと、喜んでいる等とは言えるわけがありません。

「喜んでいい話です。ケネス様も仰っていたではありませんか、お嬢様はもう自由だと」
「自由、それが難しいと思う時が来るなんてね」

 ケネスと久し振りに話をしたあの日、自分はもう自由にしていいのだと気がついて一瞬喜びはしたものの、では何をしたいのかと考えても『ケネスと一緒に丘に行きたい』以外は浮かびませんでした。
婚約して以降自由だった時などありませんでした。
領地にいても殿下の婚約者の立場は常に意識して行動していましたし、それに伴い行動も制限されていました。
王都に来るとその制限はもっとキツくなり、王妃様の気まぐれで呼び出される事も多かったのです。
 
「難しいですか」
「ええ、難しいわ」
「そうすると、ケネス様とのお約束がお嬢様が唯一されたかったことなのですね」

 私の髪を梳きながら、ユウナがからかう様に言うので私は真っ赤になってしまいました。
 鏡に映る私の顔は赤く、その後ろに立つユウナは楽しそうに笑っています。

「ユウナ」
「ふふふ。お嬢様が嬉しそうで私は幸せです」
「からかわないで。あれはただの」

 ただの、何でしょう。
 ケネスは優しいから、私はそれを知っていて我が儘を言っただけ。
 そして優しいケネスが私の願いを叶えてくれると約束してくれただけ。
 それだけなのに、どうしてかそう思いたくないのです。

「ケネス様とお嬢様は幼い頃とても仲が良かったではありませんか、学校に通われる様になってお話する機会を減らされて、お嬢様はとても悲しまれておいででした。それもこれも、あの憎たらしい元婚約者の嫌がらせで」
「ユウナ。それ以上は言ってはいけないわ」
「はい。申し訳ございません」
「あなたが私の事を思ってくれているのは分っているわ。ありがとう」

 ユウナを叱る資格は私にはありません。
 あれが嫌がらせだと思っているのは、ユウナだけではないからです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

『完』婚約破棄されたのでお針子になりました。〜私が元婚約者だと気づかず求婚してくるクズ男は、裸の王子さまで十分ですわよね?〜

桐生桜月姫
恋愛
「老婆のような白髪に、ちょっと賢いからって生意気な青い瞳が気に入らん!!よって婚約を破棄する!!せいぜい泣き喚くんだな!!」 「そうですか。わたくし、あなたのことを愛せませんでしたので、泣けませんの。ごめんなさいね」  理不尽な婚約破棄を受けたマリンソフィアは……… 「うふふっ、あはははっ!これでわたくしは正真正銘自由の身!!わたくしの夢を叶えるためじゃないとはいえ、婚約破棄をしてくれた王太子殿下にはとーっても感謝しなくっちゃ!!」  落ち込むどころか舞い上がって喜んでいた。  そして、意気揚々と自分の夢を叶えてお針子になって自由気ままなスローライフ?を楽しむ!!  だが、ある時大嫌いな元婚約者が現れて……… 「あぁ、なんと美しい人なんだ。絹のように美しく真っ白な髪に、サファイアのような知性あふれる瞳。どうか俺の妃になってはくれないだろうか」  なんと婚約破棄をされた時と真反対の言葉でマリンソフィアだと気が付かずに褒め称えて求婚してくる。 「あぁ、もう!!こんなうっざい男、裸の王子さまで十分よ!!」  お針子マリンソフィアの楽しい楽しいお洋服『ざまあ』が今開幕!!

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜

みおな
恋愛
 私は10歳から15歳までを繰り返している。  1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。 2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。  5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。  それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...