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神聖契約はどうでしょう

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 私の婚約者フィリップ殿下のお兄様である王太子殿下は、すでにご結婚されていてお子さまも男子二名女子一名いらっしゃいます。

 陛下もお元気でその治世はしばらく続くでしょうし、王太子殿下もお子様達もいらっしゃいますから、フィリップ殿下が王位を継ぐ可能性はほぼありません。
 王太子殿下である第一王子も、その弟の第二王子も陛下そっくりな勤勉で優秀な方だというのに、第三王子のフィリップ殿下だけは問題を多く抱えていました。

 王位から遠く、兄弟姉妹の中で一人だけ年が離れているフィリップ殿下は、王妃様に溺愛されていることもあり周囲から甘やかされていて、 家庭教師達も剣術指南役も殿下に甘く、その結果出来上がったのが自分に甘い勉強嫌いの殿下でした。

「お嬢様、良かったではありませんか」

 泣き止んだ私が部屋に戻ると、すぐさま紅茶の準備を始めた侍女のユウナがにこやかに言いました。

「ユウナもそう言うのね」
「当然です。私だけでなく屋敷中の者が同じ気持ちです」

 私付きの侍女であるユウナは、ずっと側で私と殿下の姿を見てきたのですから、私が殿下にどういう態度を取られていたか知っています。
 それはつまり、私がいかに不甲斐なかったかを知っているということでもあるのです。

「奥様が、明日から暫くの間学校は病欠にと仰っておいでです」
「病欠、そうね」

 婚約破棄はすぐ周囲に知れることでしょう。
殿下の不義不貞が理由とはいえ、婚約破棄は不名誉な話です。
 傷物と言っても良い立場になった令嬢が、にこやかに学校に通うわけにはいきません。
 周囲に何を言われても、悪いのはあちらなのですから胸を張っていられる自信はありますが、ただ一つ不安がありました。王妃様がこのまま私達の婚約を終わらせるとは思えないのです。

「ねえ、王妃様は納得していると思う?」
「恐れながら、不敬を承知でお伺い致しますがフィリップ殿下のお相手の家の爵位は伯爵家よりも下でしょうか」
「彼女の家は男爵家、領地は無かった筈よ。元々は大きな商家で何かの功績で一代限りの男爵位を賜ったと聞いているわ」

 私の答えにユウナは大袈裟なため息をつきました。

「お嬢様、それで王妃様が納得されるとお思いで?」
「していないと断言できるわね。悪い方に流れてしまうと私が再度婚約させられるでしょうね」
「そんな、お嬢様を馬鹿にしすぎていませんか」
「言葉が悪いわ、気を付けて」

 二人きりとはいえ、ユウナの発言は王家への不敬とも取れるものです。

「申し訳ございません」
「婚約破棄の撤回はないと陛下から頂いていても、殿下の婿入り先が見つけられなければ、王命は下されるでしょう」

 陛下は素晴らしい方ですが、唯一の欠点が王妃様に甘いことです。
 陛下はご自分の婚約者選定のお茶会の席で王妃様に一目惚れし婚約したそうです。
 王妃になるには実家の力が弱いし本人の資質も低いという周囲の声にも敗けず、王妃様は必死に王太子妃教育を受け続け、周囲を納得させるだけの教養と誰もが見惚れる程の立ち居振舞いを身に付けたそうです。
 両陛下共に勤勉で努力を惜しまずされる方で、上のご兄弟も皆様ご両親そっくりだというのに、何故フィリップ殿下だけがあんな風にお育ちになってしまったのでしょう。
 その原因は王妃様であり、王妃様に甘い陛下であるのでしょう。

「神殿の力をお借りするしかないかしら」
「神殿の力とは、まさか神の花嫁になろうと?」
「違うわ。神聖契約をお願いするのよ。幸い婚約破棄の証明書に陛下直筆の婚約破棄撤回なしの一文があるのですもの。それを私自身の神聖契約とするの」

 神聖契約とは契約を結ぶ相手と共に神殿で神に誓いをたてるものです。
 その契約を破ると、契約時に決めた代償を(大抵はお金)支払わなければなりませんが、契約を破った者の額に黒い痣が出るのです。
 その痣は白粉を重ねても薄くならず、火で皮膚を焼いても無くなりませんし、前髪や額飾り等で隠そうとすると痣が燃える様に熱を持ってしまうそうです。
 神との誓いを破った証を晒して生きるしかないのです。

「神殿に手紙を書くわ。それが出来たらお父様達に神聖契約をするお許しをお願いしに行くから、ご都合を聞いてきて頂戴」

 陛下の気が変わる前に契約を完了させなければ、私は急いで手紙を書き始めました。
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