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泣いて泣いて終わりにしましょう

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 婚約したばかりの子供の頃から、殿下は私を気に入ってはいないようでした。
 それでも私は、将来夫となり共に領地を支えていく方だからこそ、少しでも歩み寄りたい。

 両親の様に誰が見ても仲良しな夫婦にはなれなくても、殿下が家族としての情が持ってくださるなら良いと考えて、少しでも殿下の好みになれるよう、親しみを持って貰えるよう努力してきました。

 殿下に嫌われていても、私は恋していたからです。

 殿下と初めての会ったのは、お茶会の席でした。
 今思えばあれは私たちと殿下の顔合わせの為に設けられた場だったのでしょう。

 私はその日、恋に落ちました。

 一緒に茶会の席にいらっしゃった王妃様そっくりの美しいお顔、にこやかに話しかけて下さり手を繋いで王家のお庭を案内して下さった。
 それだけで幼い私は、殿下に恋してしまいました。

 ですからお父様に婚約の話を聞いた時は本当に嬉しくて、あんなに素敵な人と婚約出来る喜びに天にも昇る気持ちでした。
 婚約は王家から持ちかけられたものと聞かされて、殿下も私を好きになって下さったのだと思っていました。
 ですがそれは私の勘違いだと、婚約締結の日に気付かされました。

 両陛下の間に座り、私を出迎えた殿下の目はとても冷たく。
 初めて会った日に私に向けていた笑顔は、どこにもありませんでした。
 殿下は婚約に納得されていなかったのです。

 それはとても悲しい現実でした。
 手を繋いで優しく私に声を掛けながらお庭を案内してくださった殿下は、そこにはいなかったのです。

 ご機嫌が悪かったのよ。
 殿下はあなたを気に入っていらっしゃると、王妃様が仰っていたもの。

 大丈夫だ、少し照れていらっしゃるだけだよ。あの年頃の男の子にはよくあることだ。

 両親に励まされ私は気を取り直し、殿下に接することにしました。
 ですが私がいくら努力しても、殿下の態度が変わることはありませんでした。

 学園に通いだしてからは、その態度は悪くなる一方で、自分の立場を理解していないその様子に馬鹿な人だと呆れました。

 この婚約は王家から私の家ゾルティーア侯爵家からの希望ではなく、第三王子の行く末を心配した王妃様の要求によるものでした。

 この国では公爵家を新たに興せるのは第二王子まで、それ以降は王妃様の実家の爵位以上の爵位では新しく家を興すことは出来ません。

 年の離れた末っ子の第三王子を溺愛していた王妃様は、ご自分の実家の爵位が伯爵位であり、第三王子も伯爵位しか持てない事を嘆き、我が侯爵家に目をつけたのです。

 ゾルティーア侯爵家は昔から大きな領地を治めておりとても裕福でしたが、三代前の陛下の弟である第五王子が当家に婿入りの際婚姻の祝いとして陛下から下賜された地の中に、大きな鉱山と大きな農村地帯があった為更に裕福になりました。

 お父様の代になってもその裕福さは変わらぬどころか増すばかり。
 領地収入が莫大だというのに代々質素倹約を尊ぶ家柄、領民達との関係も良好で、子供は私だけという好条件でしたから、王妃様が溺愛する息子の婿入り先に望むのも当然でした。
 王家から籍を抜いても裕福な暮らしが約束され、当主となるのは妻である私。
 この国では、婿入りしてもその家の当主にはなれませんし、領主として仕事をする権限もありません。
 顔は良いものの、勉強嫌いで怠け者な片鱗が婚約当時にはすでにあった王子には、もってこいの良縁だと王妃様は考えていたのです。

「怠け者でも、せめて私をほんの少しでも好きになってくだされば良かったのに」

 好きという気持ちはとっくに薄れても、少しでも関係を改善出来ればと努力し続けました。
 そんな私を嘲笑うかの様に、殿下は頑なな態度を取り続けました。

 殿下が毎日仕事を大量に私に押し付けて自分達は遊んでいるのを見ながら、私の気持ちはどんどん冷えていきました。
 好きという気持ちは薄れ、殿下との仲が改善するという期待も砕け散り、婚約解消は望めないのだからという諦めだけの日々。
 殿下とある令嬢の噂を聞いたのはそんな時でした、この期に及んで浮気かと頭痛がしましたが、すでに気持ちは冷めきっていましたし、結婚前の一時的な遊びならと見て見ぬふりしようと思いました。

「それがこんな結果になるとは、私の考えが甘かったのね」

 期待なんかしていなかったし、諦めていたのに、なのにどうしてこんなに悲しいのでしょう。
 私は体中の水分がすべて涙で流れ出てしまった様な気持ちで、涙を流し続けました。
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