33 / 35
匂い袋にまじないを込めて
しおりを挟む
「カレン、お花のお礼は何か考えているの?」
顔合わせの後、カレンと第三王子殿下は何度か手紙のやり取りをしています。
婚約はほぼ決まりとなっていても、正式に婚約の届けをしたわけではなく、人気のある第三王子殿下を狙っている令嬢は多いそうなので油断は出来ません。
本人同士が思い合っていても、どこから横槍が入るか分からないのですからカレンが他の令嬢とは違って王家から認められている婚約者候補だと知らしめる必要があります。
「刺繍はどう? 殿下の名前をハンカチに刺すのよ」
「ま、まだ自信がありません。イグナス殿下には刺繍もダンスも下手だとお伝えしていますけれど、謙遜だと思われている様ですしもっと練習しないと贈ったり出来ません」
そう言いながらカレンは、以前に比べたら見違える程上手に針を動かしています。
まだ刺繍糸を艶が出る様に美しく刺すのは出来ませんが、下絵に描いた通りに刺せるようになったのですからカレンの努力の賜物です。
「ねえカレン、贈って頂いた薔薇の花びらを乾燥させていたわね」
「はい。初めて頂いた贈り物ですから、全部は無理でも手元に残したくて」
香りの強い花は、花びらを乾燥させて綺麗なガラスの器などに入れて飾るのは貴族令嬢の楽しみの一つです。
薔薇は人気があり、匂い袋等も作ります。
「あなたはまじないが得意だったわよね」
「お姉様? はい、徐々に体力が回復するとか怪我をしにくくなるとかの弱いものですが」
「それ、匂い袋にもできるかしら」
初めての贈り物は、これからの二人にとって思い出となるでしょう。
姉としては二人がずっと互いを思い合って欲しいですし、薔薇の花束や手紙を見るに殿下は所謂記念的な物を大切にしてくれる方の様に思います。
ですから、カレンの気持ちを理解してくれるのではないでしょうか。
「匂い袋に、ですか? お姉様がお使いになるのですね! 頂いた薔薇は乾燥してもとても良い香りがしていますのよ、きっとお姉様も気に入って下さるわ」
あぁ、この子は本当に優しくて良い子です。
自分が大切にしているものを私に贈ろうとするなんて。
こんな優しい子を羨む私は酷い姉ですが、これからは絶対に気持ちを改めます。ええ、絶対に。
「馬鹿ね、あなたの宝物を私が欲しがるわけかないでしょう」
「でも本当に良い香りがしますし、お姉様はお仕事が忙しいからきっと良い香りに癒やされると思います」
「それは嬉しいけれど、あなたが幸せそうに笑ってくれる方が癒されるわ。そうじゃなくてね、匂い袋に怪我を回避するまじないをして殿下に贈るのはどうかしらって思ったのよ」
「匂い袋を、イグナス殿下にですか」
「ええ、騎士団では日々剣術の腕を磨くため鍛えていらっしゃるとはいえ、あなた怪我が心配だと言っていたじゃない」
何せ二人の出会いは、たまたまカレンが手伝いに行った王都の治療院に殿下が怪我の治療に行ったのがきっかけなのですから、なぜ騎士団に所属している殿下が城外の治療院に行ったのかは謎ですが、怪我の心配は今後もあるでしょう。
「お姉様、さすがですわ!」
カレンは興奮して私に抱きつきました。
華奢な体に似合わず強い力でギュウギュウと抱きつくので、息が出来ません。
「カレン!」
何とか両手を伸ばし、カレンの頭を拳骨でグリグリと攻撃します。
「イタタタッ。お姉様酷いです!」
「酷いのはあなたよ、第三王子殿下と婚約しようとしている令嬢がいきなり抱きつくなんて、お行儀が悪いわ」
「こんなことするのはお姉様にだけですわ」
「それでも駄目です。こういうのは日々の積み重ねなのよ。お行儀悪い行動を家の中だからと行っていたら、つい外でも出てしまうわ」
気をつけようとしても、私もついこうやって説教してしまいます。
私もディアスに嫌われないように、キツイ性格は直さなければいけませんよね。
「はぁい、気をつけます」
「よろしい。今のあなたへの心配はその程度よ。刺繍もダンスも貴族年鑑の暗記もちょっと苦手程度までになったのは、全部あなたの努力の結果よ。素晴らしいわカレン」
あぁ、何だか泣きそうです。
ずっと一緒に暮らしてきたのにカレンは王家に嫁ぎ王都に暮らすようになるのですから。
姉妹とはいえ、結婚したら気軽には会えなくなるのです。
「お姉様、お姉様のお陰です」
「ふふふ。じゃあ匂い袋を殿下に贈ってもいいかお父様に確認していらっしゃい。神殿のお守りにあるようなまじないとはいえ、王族にお渡しするのですから、念の為に確認しないとね」
「はい」
「早く行っていらっしゃい。許可を頂いたら、匂い袋に使う布を選びましょうね」
「はい、お姉様! 行ってまいります!」
元気に部屋を出ていくカレンを見送ると、ルルが心配そうに私の側にやってきました。
「お嬢様」
「仕方がない話だけれど、カレンが嫁いでしまうのは寂しいわね。ルル服飾担当の者たちに匂い袋に適した布を用意するよう伝えて来てくれる? 殿下の好みが分からないから、上等なでもかれん好みの物をいくつか揃えて欲しいのよ」
「畏まりました」
ルルに指示を出すと私はソファーに深く座り目を閉じました。
優しい妹の為に私は何が出来るでしょうか、今までカレンを妬んだ事への償いに私は必死に考えを巡らせたのです。
顔合わせの後、カレンと第三王子殿下は何度か手紙のやり取りをしています。
婚約はほぼ決まりとなっていても、正式に婚約の届けをしたわけではなく、人気のある第三王子殿下を狙っている令嬢は多いそうなので油断は出来ません。
本人同士が思い合っていても、どこから横槍が入るか分からないのですからカレンが他の令嬢とは違って王家から認められている婚約者候補だと知らしめる必要があります。
「刺繍はどう? 殿下の名前をハンカチに刺すのよ」
「ま、まだ自信がありません。イグナス殿下には刺繍もダンスも下手だとお伝えしていますけれど、謙遜だと思われている様ですしもっと練習しないと贈ったり出来ません」
そう言いながらカレンは、以前に比べたら見違える程上手に針を動かしています。
まだ刺繍糸を艶が出る様に美しく刺すのは出来ませんが、下絵に描いた通りに刺せるようになったのですからカレンの努力の賜物です。
「ねえカレン、贈って頂いた薔薇の花びらを乾燥させていたわね」
「はい。初めて頂いた贈り物ですから、全部は無理でも手元に残したくて」
香りの強い花は、花びらを乾燥させて綺麗なガラスの器などに入れて飾るのは貴族令嬢の楽しみの一つです。
薔薇は人気があり、匂い袋等も作ります。
「あなたはまじないが得意だったわよね」
「お姉様? はい、徐々に体力が回復するとか怪我をしにくくなるとかの弱いものですが」
「それ、匂い袋にもできるかしら」
初めての贈り物は、これからの二人にとって思い出となるでしょう。
姉としては二人がずっと互いを思い合って欲しいですし、薔薇の花束や手紙を見るに殿下は所謂記念的な物を大切にしてくれる方の様に思います。
ですから、カレンの気持ちを理解してくれるのではないでしょうか。
「匂い袋に、ですか? お姉様がお使いになるのですね! 頂いた薔薇は乾燥してもとても良い香りがしていますのよ、きっとお姉様も気に入って下さるわ」
あぁ、この子は本当に優しくて良い子です。
自分が大切にしているものを私に贈ろうとするなんて。
こんな優しい子を羨む私は酷い姉ですが、これからは絶対に気持ちを改めます。ええ、絶対に。
「馬鹿ね、あなたの宝物を私が欲しがるわけかないでしょう」
「でも本当に良い香りがしますし、お姉様はお仕事が忙しいからきっと良い香りに癒やされると思います」
「それは嬉しいけれど、あなたが幸せそうに笑ってくれる方が癒されるわ。そうじゃなくてね、匂い袋に怪我を回避するまじないをして殿下に贈るのはどうかしらって思ったのよ」
「匂い袋を、イグナス殿下にですか」
「ええ、騎士団では日々剣術の腕を磨くため鍛えていらっしゃるとはいえ、あなた怪我が心配だと言っていたじゃない」
何せ二人の出会いは、たまたまカレンが手伝いに行った王都の治療院に殿下が怪我の治療に行ったのがきっかけなのですから、なぜ騎士団に所属している殿下が城外の治療院に行ったのかは謎ですが、怪我の心配は今後もあるでしょう。
「お姉様、さすがですわ!」
カレンは興奮して私に抱きつきました。
華奢な体に似合わず強い力でギュウギュウと抱きつくので、息が出来ません。
「カレン!」
何とか両手を伸ばし、カレンの頭を拳骨でグリグリと攻撃します。
「イタタタッ。お姉様酷いです!」
「酷いのはあなたよ、第三王子殿下と婚約しようとしている令嬢がいきなり抱きつくなんて、お行儀が悪いわ」
「こんなことするのはお姉様にだけですわ」
「それでも駄目です。こういうのは日々の積み重ねなのよ。お行儀悪い行動を家の中だからと行っていたら、つい外でも出てしまうわ」
気をつけようとしても、私もついこうやって説教してしまいます。
私もディアスに嫌われないように、キツイ性格は直さなければいけませんよね。
「はぁい、気をつけます」
「よろしい。今のあなたへの心配はその程度よ。刺繍もダンスも貴族年鑑の暗記もちょっと苦手程度までになったのは、全部あなたの努力の結果よ。素晴らしいわカレン」
あぁ、何だか泣きそうです。
ずっと一緒に暮らしてきたのにカレンは王家に嫁ぎ王都に暮らすようになるのですから。
姉妹とはいえ、結婚したら気軽には会えなくなるのです。
「お姉様、お姉様のお陰です」
「ふふふ。じゃあ匂い袋を殿下に贈ってもいいかお父様に確認していらっしゃい。神殿のお守りにあるようなまじないとはいえ、王族にお渡しするのですから、念の為に確認しないとね」
「はい」
「早く行っていらっしゃい。許可を頂いたら、匂い袋に使う布を選びましょうね」
「はい、お姉様! 行ってまいります!」
元気に部屋を出ていくカレンを見送ると、ルルが心配そうに私の側にやってきました。
「お嬢様」
「仕方がない話だけれど、カレンが嫁いでしまうのは寂しいわね。ルル服飾担当の者たちに匂い袋に適した布を用意するよう伝えて来てくれる? 殿下の好みが分からないから、上等なでもかれん好みの物をいくつか揃えて欲しいのよ」
「畏まりました」
ルルに指示を出すと私はソファーに深く座り目を閉じました。
優しい妹の為に私は何が出来るでしょうか、今までカレンを妬んだ事への償いに私は必死に考えを巡らせたのです。
0
お気に入りに追加
814
あなたにおすすめの小説
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる