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緊張と落胆1

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「カレン、どうしましょう」

 ソファーに座り刺繍の練習をしているカレンの後ろを、私はハンカチを手に持ったままウロウロと歩いていました。

「お姉様落ち着いて下さいませ」

 私の方を見もせずに、カレンは刺繍に集中しています。
 だいぶ刺繍に慣れてきたカレンは指に針を指すことも少なくなりました。
 屋敷を出発した当初からは考えられない成長具合です。

「それは私だってそうしたいけれど」

 出来るはずがありません。
 もうすぐディアス兄様がここに来るのです。

 王都の屋敷に着いた私達は、それぞれの部屋で旅の疲れを癒やした後夕食の時間となりました。
 利用した宿の料理も美味しかったですが、屋敷の料理人達の腕の良さに十分満足した私は、カレンとの約束も忘れ食後のお茶とお菓子を楽しんでいました。

「ディアス兄様、後で私達のサロンにいらして頂けますか? やっと刺完成した刺繍が、お姉様以外の方にどの様に見えるか確認して欲しいのです」

 突然の誘いに、私は飲みかけの紅茶を吹き出しそうになりました。

「あら、お母様にも見せて欲しいわ」
「お母様では駄目よ。私が何を刺していたかご存知ですもの。何も知らない兄様が見て刺したものを当てられるか知りたいのです。到着したばかりでお手数を掛けてしまうのは申し訳ありませんが、お願いできますか?」

 両手を胸の前で組んで小首を傾げて兄様を見るカレンは、とても愛らしくて私の方がドキドキしてしまいます。

「刺繍の良し悪しなんて分からないがいいよかな」
「勿論です」

 そうしてカレンはディアス兄様との約束をあっさり取り付けてしまったのです。

「私が刺繍を見ていただいたら、適当に理由を付けて部屋を出ますから、お姉様はしっかり告白して下さいませね」
「分かったわ、頑張るわ」

 手に持っているハンカチは、馬車の中で仕上げたディアス兄様への贈り物です。
 先程アイロンを掛けたハンカチを皺にならない様に気をつけながら、でも落ち着かずウロウロ歩いていたのです。

 失恋覚悟とはいえ、本当にそうなったら私はこれからどうやって生活したらいいのでしょうか。
 兄様に振られても私達が従兄妹だというのは変わりません。
 気まずい関係になってしまうなら、黙っていたほうがいいのではないでしょうか。

「カレン……」
「あ、いらしたわ」

 やはり止めたいとカレンを呼んだ瞬間、扉が叩かれました。

「カレン、入っていいか」
「お待ちしていました。どうぞ」

 カレンの返事にメイドが扉を開きました。
 ディアス兄様は、私の姿に気が付き一瞬ギョッとした後、意を決して部屋に入ってきました。

「お兄様お疲れのところ申し訳ございません」
「いやいいよ」

 にこやかな笑顔が何故かぎこち無く見えるのは私の思い込みでしょうか。
 カレンの正面のソファーに座ったディアス兄様は、カレンと並んで座っている私では無く
カレンの方に視線を向けているのが悲しいです。

「それで、刺繍を見せて貰えるかな」
「はい、これです」

 カレンは初めてマトモに刺繍を完成させたハンカチをディアスの手に渡しました。

「ふむ」

 ハンカチを広げると、カレンの努力の証があらわになりました。
 刺繍は第三王子の紋章ではありません。
 流石にあれは難しすぎるので、刺し方の練習として紋章の一部、月桂冠を除いた鷹だけを刺したものです。
 形は鷹ですが、紋章よりだいぶ簡略化しています。
 鷹の形だけ真似た程度ですが、兄様にはどう見えるでしょうか。

「うーん。王子殿下の紋章の鷹に見えるけれど、だいぶ簡単にしている……のか?」
「凄いわ大当たりよ!」

 自信なさげに答えた兄様に、カレンは大喜びで立ち上がりました。

「凄いわ、お姉様。私が刺した刺繍が何か分かるなんて、夢みたい!」
「カレン良かったわね」
「はいっ! 私お母様達に報告してきます。お父様にも鷹に見えるか確認してきますから、二人はこちらで待っていて下さいませね!」
「え、ええ。分かったわ頑張ってねカレン」

 何とも適当な退出理由を述べて、カレンは控えていたメイド達を伴い部屋を出ていきました。
 扉は開いていますが、大胆すぎます。

「カレンは嬉しくて舞い上がってるわね」
「そ、そうだな」

 二人だけの部屋は、何て居心地が悪いのでしょう。
 これはもう早く告白して振られるしかありません。

「ディアス兄様、カレンの練習に付き合って私も刺繍したのよ。このハンカチを貰って下さいませ」

 私は早口でそれだけ言うと、ディアス兄様にハンカチを手渡したのです。
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