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恋心は複雑なのです

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「いたたたっ。お姉様痛いですっ!」
「あなたの教育にこれは不可欠だとお母様に許可は頂いていますっ!」

 拳を作ってカレンの頭をグリグリとするお仕置きはお母様の得意技ですが、カレンが馬鹿な発言をした時に使う許可を私は今回の旅の間に限り頂きました。
 カレンは色んな方面に不器用ですが、うっかり発言も多いのです。
 外ではさすがに気を付けているようですが、今の様な身内だけの場では思いついたまま言葉を発してしまう癖があります。第三王子とはいえ王家の方と婚約が決まってしまえば、社交の場に出るのは必至ですしその席でうっかり発言などたった一度でも出来る筈がありません。
 ですから気を許したカレンのうっかりを戒める為に、このお仕置きの許可が出たのです。

「お姉様痛いですっ。反省しましたから許して」

 言いながらカレンは無詠唱で治癒魔法を使いました。
 私の力が入りすぎたせいで痛みが強すぎたのでしょうが、相変わらずの高度な治癒魔法に惚れ惚れすると共にこの器用さが日常生活にも生かされればと願わずにはいられませんでした。

「今回は許します。でも次はありませんからね」
「でも、本当の」
「カレン?」

 馬車の揺れをものともせず、がしりとカレンの両肩を掴み目を合わせます。
 私の本気の怒りを感じたのか、カレンはやっとおとなしくなりました。

「そう責めるなよ。ジョーシーが俺を好きなのは昔からだろ。兄様、兄様っていつも俺の後ろを着いて来ていたじゃないか。今さら恥ずかしがる必要ないだろ」

 能天気にディアス兄様は笑いますが、それは誤解しているからです。

「ディアス兄様」
「ジョーシーもカレンも、可愛い妹だよ。うんうん、二人とも可愛い可愛い」
「……お姉様、本心から反省しました。馬鹿な私をお許し下さい」

 こういう所は察しがいいカレンは、しょんぼりとした顔で謝ってきました。
 それがディアス兄様の気持ちを代弁している様で、情けなくて泣きたくなります。

「反省したなら、次の休憩までにそれ一枚完成させなさい。私は少し寝ます。昨日遅くまで起きていたから疲れているの。ディアス兄様も少しお休みになって下さい。留守にする為に無理をされたでしょう?」

 これ以上、起きていたら変なことを口走りそうで私はカレンに命令すると背中に当てていたクッションを取り抱きしめて目を閉じました。
 日常着ているドレスでは馬車に乗って居眠り等到底出来ませんが、今は締め付けが少ない旅装ですからこうして休む事が出来ますし馬車での移動は慣れていますから、揺れる車内でも眠ることは出来ます。
 私は目を閉じて寝た振りをしながら、先程のディアス兄様の反応を思い返していました。

 カレンのうっかり発言を、ディアス兄様はなんでもない顔で笑って受け流していました。
 あの反応を素直に信じるならディアス兄様にとって私は、ただの従妹です。
 カレンと同じ、可愛い妹扱いです。

 でも私は、ずっとずーっと前からディアス兄様を男性として好きでした。
 それはカレンだけでなくお母様もご存じで、だからこそ私のエスコート探しが面倒だからと理由を付けてディアス兄様に私の相手を頼んでくれていたのです。

「ジョーシー疲れてるんだな。俺もお言葉に甘えて少し寝ようかな、カレンは頑張れよ」
「はい」

 私の本心を知らないのはディアス兄様だけですが、もしかしたら気持ちに気が付いていて『妹』と言っている可能性がないわけではありません。
 でも、知らないにせよ知っているにせよどちらにしても私の気持ちに応えるつもりはないのだと、言われている様なものです。

 カレンの婚約が決まったら、次は私の番になります。
 今まではのらりくらりと誤魔化していましたが、妹の婚約が決まったのに姉の私はまだ相手がいませんなんて、適齢期の娘が笑っていられる状況ではないのです。

 本心を言ってしまえばディアス兄様が相手でないのなら、領地をしっかり治めてくれる人なら誰でもいいです。
 誰でも同じです。
 政略結婚に愛なんて求めません。

 ディアス兄様が従兄でなければ、告白して思い切りふられて諦められるのに。
 ほぼ毎日顔を合わせる相手には、ふられた後の気まずさを考えると告白なんて出来ません。

 なんて、これは告白できない言い訳ですが。
 断れない相手からの婚約が来たのが私だったら良かったのに、そうしたら無理矢理に諦められるのに。
 拗ねた考えをしながら私は眠りにつきました。
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