侯爵令嬢の婚約の行方~妖精の様だと言われる可愛い妹と素直になれない私~(旧、やって出来ないこともある)

木嶋うめ香

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咲いたばかりの菫は考えなしなのです

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「カレン、あなたあの夜私達に隠れて何かしたのかしら? さあ答えてカレン」

 床にしゃがみ込んだままのカレンが落ち着くまで見守ってあげたい気持ちはあるものの、このままでは話が進まないので、私は最終手段を使うことにしました。
 淑女にあるまじき行動ですが、しゃがみこんだままのカレンの両手を引いて無理矢理立たせると、両肩を掴みしっかりと目を合わせます。
 目をしっかりと合わせて、ゆっくりはっきりそれなりの大声でカレンに話し掛けます。
 これはお母様がカレンを大人しくさせる時に行う方法です。
 勿論人目があるところでは行えませんが、すぐに気が動転してしまうカレンを落ち着かせるにはこれが一番だそうなのです。
 淑女の肩をがっしりと掴むなんて、礼儀作法の先生が見たら卒倒しそうな行いですが、これでも駄目な時は頭を掴むしかないのでまだマシな方です。

「え、あの。何かとは」

 お母様の助言通り、カレンはやっと大人しくなり会話が出来るようになりました。
 この方法を編み出したお母様は、さすがだと言う他ありません。
 カレンの視線はおろおろとさ迷い落ち着きませんが、会話が出来るようになっただけで十分ですから、そっと両肩から手を外します。

「先日の夜会よ、私がダンスをしている間はディアス兄様と一緒にいたのよね? 誰からもダンスの誘いは受けなかったのでしょう?」
「ええと、あの」

 私の視線を避けようと顔を背けるカレンの様子から、何かあったのだと確信した私は大袈裟なため息を吐きながら問い詰めます。

「カレン、あなた自分で絶対に私かディアス兄様の側から離れないと約束していたというのに、約束を破ったの?」
「破ったと言うか、なんというか」

 もごもごと口の中で言い訳をしながら、じりじりと後退りしていくカレンの肩をまた両手で掴みます。
 その辺の貴族の令息に見初められたならともかく、相手は王子殿下なのですから見初められて良かったわねでは済まされないのです。

「カレン、これは重大なことなのよ」

 デビューした晩のカレンは、『咲いたばかりの菫の様だ。人間界に紛れ込んだ妖精だ』等と言われてその夜会に出た同じ年頃の男性達を魅了しました。
 当然その夜会の後から我が家は大量の婚約の打診と釣書きが届き始めましたが、カレンはとてもそれを受けられる状況では無かったため病を得た為病気療養中だとすべての話を断り領地に引きこもっていたのです。
 そんなカレンが夜会に来ているとあって、一度は婚約を断られた令息達や初めてカレンを見た令息達は浮き足だった様子で私達にダンスを申し込んできました。
 明らかにカレン狙いな方々でしたが、自分は足を捻挫しているからお姉様と踊っていらしてとカレンが断るのもので、私は疲れているとも言えずダンスの相手をさせられていたのです。
 お父様とお母様は挨拶回りに忙しくカレンの側にはいられなかった為、私のエスコートとして来ていた従兄のディアス兄様も協力していたというのに、当の本人は何をしていたというのでしょうか。

「カレン」

 カレンは私から目をそらし、視線だけでお父様へ助けを求めますがそんなことは許しません。

「答えなさいカレン。惚けるつもりなら教会への慰問用の刺繍を全部あなたにさせるわよそれでもいいのね」

 この国では基本、お目当ての令嬢と一度も会話をしないまま求婚をすることは良しとされていません。
 その昔、令嬢の噂と遠くから見た印象だけで二人姉妹の姉に求婚し、両家の当主同士で婚約を確定した後で婚約したかったのは妹の方だったと分かって大騒ぎになり、姉が失意のあまり自殺してしまった。ということがあり、それから話もせずに求婚してはいけないと言われる様になったのだそうです。
 もっとも政略結婚の婚約など、結婚式当日まで相手の顔を見る事すらないという場合もあるので、これは建前でしかありませんが、我が家ではこれを重要視していることになっています。
 そうしないと領地に引きこもり病気療養中でカレンに会えなくても、婚約の話だけでも進めたいと言う人が出かねないからです。

「まさか殿下とお話なんて、していないわよね」

 話をせずに云々は貴族同士の話で、王族はこれに該当しないのは当たり前です。
 外見だけ言えば咲いたばかりの菫と言われる妹を、遠目で見て恋に落ちたと言われても納得は出来ますが、カレンの様子を見るとどうもそうではない様です。

「ごめんなさいっ! お姉様がダンスに行かれてる間、ご不浄に行った後迷子になりました!」

 がばりとカレンは勢いよく頭を下げました。
 その勢いの良さは、カレンの美しい金髪がばさりと揺れる程です。
 この場に行儀作法の先生がいらっしゃらなくて、本当に良かったと思います。

「迷子? ディアス兄様はそんな話おっしゃらなかったわよ」
「さすがにご不浄の前でディアス兄様を待たせるわけにはいかないから、お姉様に怒られるから内緒にしとお願いして一人で向かいました。そしたら帰りに迷子になってしまって。だって大広間からご不浄まで遠いんですもの、行きは王宮のメイドが案内して下さったのだけど、まさか迷うとは思わなくて」

 カレンの言い訳に思わず天を仰ぎながら王宮のご不浄の場所を思い浮かべましたが、距離は少しあるものの曲がり角もない真っ直ぐに廊下を進んだ先にあったというのに、どうしてあそこで迷子になれるのでしょう。
 右と左を間違えたのでしょうか、遠目でも大広間の扉は見えたでしょうにどうして?

「あの、それでお姉様が焼いたクッキーをあげる約束を……」

 カレンの返事を聞いて現実逃避したくなっていた私の耳に、カレンが勝手にした約束が聞こえてきました。

「まさか、あれ、カレンが約束したの?」

 先日の夜会の後、ディアス兄様は私にクッキーをねだりに来ましたが、それがカレンとの約束だったとは言いませんでした。
 貴族令嬢は料理や菓子作り等しないものですが、私は菓子作りが趣味で家族もディアス兄様も喜んで食べてくれます。
 ディアス兄様が自分からクッキーが食べたいなどと言ってくるのは珍しいと思いながら、彼が好きな味のクッキーを言われるまま焼いて差し上げたのに、許せませんっ。

「ディアス兄様、次会ったら覚えていらっしゃい」

 お父様の弟の息子であるディアス兄様は、とても優しくて頼りになる人ですが、それでも内緒にして良いことと悪いことがあります。

「兄様を怒らないで、悪いのは私なのですからっ。痛いーー」
「あなたが悪いのは百も承知よ。それで迷子になってどうしたの?」

 拳をつくり、カレンの頭にグリグリと押し当てます。
 これはお母様のお仕置き方法です。
 お母様は過激というか、なんというか野性的な面があります。
 隣国の王女だったお母様はお父様と結婚するまでは自国の魔法騎士団に所属していたそうで、妖精の様な外見からは想像出来ない行動をされます。
 カレンの見た目はお母様そっくりで、私の見た目はどちらかと言えばお父様似です。醜くは無いと思いますが、可愛らしくも無い私の顔を鏡で見る度に、私もカレンみたいな顔に生まれたかったと密かに思っているのは誰にも行った事はありませんし、そもそもカレンを嫌いなわけではありません。
 だからこれは八つ当たりではなく、お馬鹿なカレンへのお仕置きです。

「迷子になって、綺麗なお庭をさ迷っていたら騎士団の制服を着た方が広間まで送ってくださったの」
「それだ!」
「それだわ!」

 私とお父様は二人揃って叫び声を上げた後、揃って頭を抱えたのです。
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