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そんなの無理と妹は叫ぶ
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「そんなの無理!むりむりむりむりっ!」
ある日の午後、お父様の執務室に呼ばれた私と妹のカレンは、妹に来たという求婚話を聞かされました。
我がゲネット侯爵家には、妖精の様に愛らしいと社交界で評判のカレンがいます。
カレンへの婚約の打診は数あれど、ある理由からすべてお断りしていますが、今回ばかりはそうはいかないと私にも分かります。
予想もしなかった相手からの求婚に私は顔を青ざめる程度ですが、当事者である妹のカレンは執務室の床にしゃがみこむと頭を抱えて大声をあげ始めました。
「ジョーシー、カレンを落ち着けなさい」
カレンの貴族令嬢とは思えない言動に頭痛がし始めたのか、お父様は額に手を当てながら私に言いますが、私にも出来ることと出来ないことがあり、これは後者です。
「お父様、私には出来かねます。こうなってしまったらお母様でなければ難しいかと」
カレンはどちらかと言えば大人しい方ですが、一度興奮してしまうと落ち着くまで時間が掛かります。
こうなったカレンを落ち着かせることが出来るのは、お母様だけなのです。
「ジョーシー」
「この子の手綱を取れるのはお母様位ですが、今日は騎士隊の奥様達に誘われて教会の慰問にお出掛けですから、諦めてください」
「あぁ、そうだった。やはり彼女のいない時に話をしたのが悪かったな」
がっくりと肩を落とすお父様は、まだ「むりむりむり」と言い続けているカレンを見て、深く深くため息をつきました。
「それにしても何故、領地に引きこもっているカレンに話が来たのでしょう」
カレンが今こうなってしまった理由は、とんでもないところから婚約の話が来てしまったから、いつもなら呆れるカレンのこの行いも、今日ばかりは落ち着くまで好きにさせてあげたいけれど、それはお父様が許さないでしょう。
「夜会で、殿下がカレンを見初めてしまった。こうなると分かっていたら出席させなかったのに」
ため息を吐きながらお父様は、カレンに求婚の打診が来た理由を話してくれましたが、まさか領地に引きこもっていたカレンが久しぶりに出席した夜会で王子殿下に見初められてしまうとは想像もしていませんでした。
「それは先日出席した王家主催の夜会で、ということでしょうか?」
王太子殿下の婚約者を御披露目する為として開かれた夜会に、カレンも出席していました。
でもカレンが王子殿下と個人的に話をしていただろうかと、記憶を辿りますが思い出せません。
国王陛下と王妃殿下、王太子殿下とその婚約者には家族揃って挨拶しましたが、求婚して来たのは婚約したばかりの王太子殿下ではないでしょう。
「そうだ。あれ以外の夜会などカレンはデビュー以外出ていないだろう? カレンは話をしなければ愛らしく大人しい令嬢に見えるからなぁ。長く一緒にいればそうでは無いと分かるのだが……はあ」
お父様は、カレンを見つめながらため息を何度も吐いています。
床にしゃがみこんだままのカレンは、とても大人しい令嬢には見えません。「むりむりむり」と声を上げていても愛らしいのは変わりませんが、この姿を見たら求婚を即取り消しされそうです。
上位貴族である我が家には家族全員に招待状が来ており、今年の春に社交界デビューを果たしたものの、その後は領地に引きこもり夜会に出ていなかった妹のカレンも出席していました。
カレンは貴族令嬢としては少々心配なところがある為、家族全員カレンから目を離さない様に気をつけていたのですが、まさかその夜会で見初められるとは人生何があるか分かりません。
「殿下とは何番目の方ですか」
王子殿下と聞いただけでその確認を忘れていたのは、私も少なからず動揺していたのでしょう。
「第三王子殿下だ。現在第二騎士団の団長を勤められている。剣の腕も魔法の才能もある方だから、普通であれば喜ぶべきことなのだが」
第一騎士団は剣や槍のみ扱える騎士、第二騎士団は魔法も使える騎士達で構成されています。
お父様は俯いて机の上の書状を見つめますが、顔は少しも嬉しそうではありません。
王家の紋章がついた美しい箱に納められた書状には、王家からゲネット侯爵家へ婚約を打診したい旨が書かれているのです。
打診と言いながら王家からの縁談を一臣下でしかない侯爵家が断れるわけがありませんから、これは王命と言っても良いのかもしれません。
「あの夜会、ジョーシーはカレンと一緒にいただろう。殿下はカレンと話をしたりしていたのか?」
「カレンはあの夜会では足を挫いていたことにしていましたから、ダンスはすべてお断りしていました。私は数人と踊りましたのでカレンとはその間は離れていました。でも、私が離れている間はディアス兄様が側にいてくれましたので、一人になる時間はなかったかと」
話をしたわけでも、ダンスをしたわけでもないのにいつ殿下は妹を見初めたのでしょうか。
まさか、遠目で見たカレンの姿だけを見て決めたのでしょうか?
確かにお母様譲りの光の加減で桃色にも見える金髪は艶があってとても美しいですし、長いまつげに縁どられた紫色の瞳は愛らしく魅力的です。
お父様似のキツメな顔立ちでこの国ではありきたりな金髪で緑色の瞳の私とは違います。
「確かにあの夜会に出ていた時のカレンは、姉の私から見ても妖精か何かかと思う程綺麗でしたけれど」
華奢な体に薄い絹地を何枚も重ねたドレスを纏ったカレンは、人の世界にこっそり遊びにきた妖精ではないかと錯覚する程でした。
多分あの夜会でカレンを見初めたのは、第三王子殿下だけではないのでしょう。
何せ私の隣を歩くカレンに見惚れていた男性は、一人や二人では無かったのですから。
でも、あの夜のカレンを見初めたとして、今のこの姿を見てもその思いは冷めないものでしょうか。
まだ現実に戻ってきていない妹を見つめながら、私はちょっと失礼なことを考えていました。
ある日の午後、お父様の執務室に呼ばれた私と妹のカレンは、妹に来たという求婚話を聞かされました。
我がゲネット侯爵家には、妖精の様に愛らしいと社交界で評判のカレンがいます。
カレンへの婚約の打診は数あれど、ある理由からすべてお断りしていますが、今回ばかりはそうはいかないと私にも分かります。
予想もしなかった相手からの求婚に私は顔を青ざめる程度ですが、当事者である妹のカレンは執務室の床にしゃがみこむと頭を抱えて大声をあげ始めました。
「ジョーシー、カレンを落ち着けなさい」
カレンの貴族令嬢とは思えない言動に頭痛がし始めたのか、お父様は額に手を当てながら私に言いますが、私にも出来ることと出来ないことがあり、これは後者です。
「お父様、私には出来かねます。こうなってしまったらお母様でなければ難しいかと」
カレンはどちらかと言えば大人しい方ですが、一度興奮してしまうと落ち着くまで時間が掛かります。
こうなったカレンを落ち着かせることが出来るのは、お母様だけなのです。
「ジョーシー」
「この子の手綱を取れるのはお母様位ですが、今日は騎士隊の奥様達に誘われて教会の慰問にお出掛けですから、諦めてください」
「あぁ、そうだった。やはり彼女のいない時に話をしたのが悪かったな」
がっくりと肩を落とすお父様は、まだ「むりむりむり」と言い続けているカレンを見て、深く深くため息をつきました。
「それにしても何故、領地に引きこもっているカレンに話が来たのでしょう」
カレンが今こうなってしまった理由は、とんでもないところから婚約の話が来てしまったから、いつもなら呆れるカレンのこの行いも、今日ばかりは落ち着くまで好きにさせてあげたいけれど、それはお父様が許さないでしょう。
「夜会で、殿下がカレンを見初めてしまった。こうなると分かっていたら出席させなかったのに」
ため息を吐きながらお父様は、カレンに求婚の打診が来た理由を話してくれましたが、まさか領地に引きこもっていたカレンが久しぶりに出席した夜会で王子殿下に見初められてしまうとは想像もしていませんでした。
「それは先日出席した王家主催の夜会で、ということでしょうか?」
王太子殿下の婚約者を御披露目する為として開かれた夜会に、カレンも出席していました。
でもカレンが王子殿下と個人的に話をしていただろうかと、記憶を辿りますが思い出せません。
国王陛下と王妃殿下、王太子殿下とその婚約者には家族揃って挨拶しましたが、求婚して来たのは婚約したばかりの王太子殿下ではないでしょう。
「そうだ。あれ以外の夜会などカレンはデビュー以外出ていないだろう? カレンは話をしなければ愛らしく大人しい令嬢に見えるからなぁ。長く一緒にいればそうでは無いと分かるのだが……はあ」
お父様は、カレンを見つめながらため息を何度も吐いています。
床にしゃがみこんだままのカレンは、とても大人しい令嬢には見えません。「むりむりむり」と声を上げていても愛らしいのは変わりませんが、この姿を見たら求婚を即取り消しされそうです。
上位貴族である我が家には家族全員に招待状が来ており、今年の春に社交界デビューを果たしたものの、その後は領地に引きこもり夜会に出ていなかった妹のカレンも出席していました。
カレンは貴族令嬢としては少々心配なところがある為、家族全員カレンから目を離さない様に気をつけていたのですが、まさかその夜会で見初められるとは人生何があるか分かりません。
「殿下とは何番目の方ですか」
王子殿下と聞いただけでその確認を忘れていたのは、私も少なからず動揺していたのでしょう。
「第三王子殿下だ。現在第二騎士団の団長を勤められている。剣の腕も魔法の才能もある方だから、普通であれば喜ぶべきことなのだが」
第一騎士団は剣や槍のみ扱える騎士、第二騎士団は魔法も使える騎士達で構成されています。
お父様は俯いて机の上の書状を見つめますが、顔は少しも嬉しそうではありません。
王家の紋章がついた美しい箱に納められた書状には、王家からゲネット侯爵家へ婚約を打診したい旨が書かれているのです。
打診と言いながら王家からの縁談を一臣下でしかない侯爵家が断れるわけがありませんから、これは王命と言っても良いのかもしれません。
「あの夜会、ジョーシーはカレンと一緒にいただろう。殿下はカレンと話をしたりしていたのか?」
「カレンはあの夜会では足を挫いていたことにしていましたから、ダンスはすべてお断りしていました。私は数人と踊りましたのでカレンとはその間は離れていました。でも、私が離れている間はディアス兄様が側にいてくれましたので、一人になる時間はなかったかと」
話をしたわけでも、ダンスをしたわけでもないのにいつ殿下は妹を見初めたのでしょうか。
まさか、遠目で見たカレンの姿だけを見て決めたのでしょうか?
確かにお母様譲りの光の加減で桃色にも見える金髪は艶があってとても美しいですし、長いまつげに縁どられた紫色の瞳は愛らしく魅力的です。
お父様似のキツメな顔立ちでこの国ではありきたりな金髪で緑色の瞳の私とは違います。
「確かにあの夜会に出ていた時のカレンは、姉の私から見ても妖精か何かかと思う程綺麗でしたけれど」
華奢な体に薄い絹地を何枚も重ねたドレスを纏ったカレンは、人の世界にこっそり遊びにきた妖精ではないかと錯覚する程でした。
多分あの夜会でカレンを見初めたのは、第三王子殿下だけではないのでしょう。
何せ私の隣を歩くカレンに見惚れていた男性は、一人や二人では無かったのですから。
でも、あの夜のカレンを見初めたとして、今のこの姿を見てもその思いは冷めないものでしょうか。
まだ現実に戻ってきていない妹を見つめながら、私はちょっと失礼なことを考えていました。
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