おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

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その後の私達2

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「それで、先輩は根田さんのところで何かしているんですか?」
「償いをしていると根田さんは言っていたけど」

 けど? 紺さんの言葉をお弁当箱を洗いながら小さく繰り返して、続きを話そうとしない紺さんへ視線を向ける。

「私何聞いても大丈夫ですよ」

 五年という月日は、長いようで短いし短いようで長くもある。
 紺さんは夜、稲荷様の境内で過ごすより私の部屋に十和と共にやってきて過ごすことが増えたし、近田さんや今村さんも来て一緒にお酒を飲んだり食事したりすることも多い。
 
「無理してない?」
「はい、無理なんてしてません。私だけでなく、先輩の話を聞いてもきっと美紀ちゃんや神田さんも、今はもう何とも思わないと思います」

 先輩が会社を辞めてすぐ、花村さんと神田さんも会社を辞めてしまった。
 花村さんがどうしているか分からないけれど、神田さんは慰謝料として受け取ったお金を使い沖縄に移住した。今は従姉妹が家族で経営している宿の従業員として働きながら、ダイビングインストラクターもしているらしく、今年届いた年賀状には日焼けした顔で笑っている神田さんの写真が「是非遊びに来て!」とコメント付きで写っていた。
 そして美紀ちゃんは、先月課長と結婚した。
 あの騒動の後、美紀ちゃんは課長に色々相談することが増え、そのうち付き合う様になったらしい。ひと回り程の年齢差があるけれど、とっても幸せそうだ。

「そう?」
「はい。私達皆ちゃんと前に進んでますから。根田さんが何故私が作ったお弁当を先輩に届けようと考えたのか分かりませんが、何を聞いても平気です」
「そっか」
「だから教えてください。先輩が五年間何をしていたのか」

 お弁当箱を洗い終え、お酒とおつまみをテーブルに運んでからそうお願いすると、紺さんは私と並んでソファーに座ってから口を開いた。
 その話は、私の想像を超えたものだった。 
 根田さんの神域に作られた、先輩の心の闇を具現化した世界で、先輩は食事も睡眠も取れないまま長く長く続く石段を一段ずつ清めていたというのだ。
 石段に降り積もる落ち葉は、湿り気を帯びところどころ虫食いもあるものばかり、そこに紙屑などのゴミも散乱している。
 先輩が何か暴言を吐けばその途端石段は崩れ落ちていく、石段の欠片が落ちる先は闇、闇以外何もない場所、そこにうっかり落ちてしまえば二度と人の世界には戻れなくなる。
 飢えと疲労だけでなく、その恐怖とも闘いながら光を目指してただひたすら石段を清めるしかないのだと聞いて、私はその恐ろしさに無意識に自分自身を抱きしめていた。

「真冬の寒さの中、眠ることすら出来ない?」
「うん。昼は薄暗く夜は自分の指先さえ見えない闇の世界にずっと一人でいたんだ」
「すっと一人で……」

 薄暗い中、ただ一つの希望は遠くに見える光、そこに行くには石段を一段一段清め、上に上ることだけれど、どれだけ石段を上っても先輩が改心しなければ石段が無くなることはないのだと、紺さんは続けて言った。
 自分の行いを自覚し反省すれば、すぐに出られる場所だけれど、先輩は反省以前に、五年の間自分が何をしてきたのか等考えることすらせずに、時々暴言を吐き、こんな変なところに閉じ込められた自分は可哀想だと言いながら、ゴミと思うものを拾い集めていただけだったそうだ。
 だけど、どれだけ石段を綺麗にしても近づく気配すらない光に自棄になり、とうとう籠を捨ててしまったのだそうだ。
 籠に入れず落ち葉を石段の下に落としても清めたことにはならない。籠に自らの手で入れて初めて清めたことになると根田さんは決めていたのに、先輩はその籠を捨ててしまったのだ。

「それでは五年間は無駄だった?」
「いいや、最後に気がついた。自分が考え無しに行動し周囲を悲しませていたことを。やっと気が付いてそして心が折れてしまった」
「心が折れる?」
「……自分にはもう明るい未来は無いと、そう悲観して自棄になったのかもしれない」

 一人だけの場所で、何故先輩がそう考えたのか私には分からない。
 あの日の後、先輩のお父さんは私達に謝罪してくれた。自分の子供とはいえ成人した立派な大人のしたことなのだから、お父さんに責任はないと思うのに、迷惑を掛け人として最低なことをしたと謝罪して、お金で解決するのは申し訳ないがと言いながらびっくりする位のお金を慰謝料として払ってくれたのだ。
 あのお父さんなら、先輩が心から反省したらきっと許してくれると思う。
 馬鹿だったなと言いながら、先輩が前向きに生きていくための道筋を一緒に考えてくれると、そう思う。

「……そうだね。根田さんは、彼の家族はとても善良な方達だって言ってたから、厳しいことは言っても見捨てはしないだろう」

 私の考えを話すと、紺さんは同意してくれた。
 でも、先輩はそうじゃないと考えたんだ。
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