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長く長く続くその先に7 (透視点)
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「我儘や暴言を許してくれる理由が俺を好きだからとは限らないのに、なんで俺はあんな事……」
くしゃくしゃになった絵の、セロテープで貼り合わせているところを撫でる。
破ってくしゃくしゃに丸めて捨てた絵を、母親はどんな気持ちで貼り合わせたのだろう。
母親が絵を貼り合わせている姿を想像した途端ぽたりと涙が絵の……母親の顔の辺りに落ち、慌てて指先で涙の雫を拭うと、俺の指先の汚れでが絵に移り母親の顔に塗った色と輪郭のペンの黒が擦れてしまった。
「母さん。俺さ、付き合ってた子に『先輩なんて私の人生に必要ありません。先輩がいなくても私は一人で生きていけます。むしろいない方が幸せになれます』って言われちゃったんだよ」
由衣が、あんな風に自分の意見をハッキリ言い切れる子だとは思ってなかった。入社したばっかの頃自信なさげに不安そうにしてて、仕事を教えていくうちに親しくなって付き合うようになった。
由衣は器用になんでもこなすくせに、自己肯定感が低くかったから、俺が少し褒めただけで物凄く大袈裟に驚くし喜ぶし謙遜しまくるけど、俺が不機嫌にすると由衣が全く悪くないことでも自分から謝ってくる。
由衣のそういう態度を見ているうちに、何をしてもいいと錯覚するようになり、由衣の部屋から金を盗むことも平気でするようになった。
「由衣は付き合う前から、俺のことを先輩って呼んで慕ってくれてたのに、俺は自分から信用無くす様な真似して裏切ってたんだ」
今まで酷い事をした自覚すら無かったのに、一旦そうだったんだと気が付いてしまうと、後悔ばかり後から後から浮かんで来てしまう。
四人と付き合って、上辺だけ好意を見せて、傷つけても平気だった。
四人共俺の事が好きで、だから尽くしてくれるのが、俺の望みを叶えてくれるのが当然だと思い込んでいた。
由衣だけでなく、他の三人も俺の反応に一喜一憂することに優越感すら持っていた。俺が投げつける酷い言葉に傷付いて落ち込む様子に、支配欲が満たされた。相手だって感情のある人間で、俺の心無い言葉や態度に傷付いているだなんて、考えもしなかった。
「俺、必要ないって言われて悲しかった。嘘だろってそんなの嘘だろって」
俺を愛して欲しかった。
必要だと、俺がいないと駄目なんだってそう思っていて欲しかった。
「でも反省なんてしなかった。俺を必要としなくなった由衣が悪いんだって逆恨みした。由衣達が会社で大袈裟に騒いだせいで、会社にいられなくなったことも、あいつらが悪いんだって……」
次から次へと自分がやらかしたことを思い出しては自己嫌悪に陥ってしまうけれど、俺はもう彼女達に会えないし合わせる顔がない。
「親にも見捨てられ、彼女達にも見捨てられて、もしここから出られても俺はどうしたらいい?」
まだまだ続く石段と鳥居、その先に明るい光が見えてもそれはまだまだ遠い。
「ここを綺麗にして、落ち葉とゴミを拾って、そして先に進んで外に出られても、俺には何も残ってないんだ」
俯くと視界に籠が入ってくる。その中に入っていたゴミだと思っていたものは、俺がしでかした何かだと気がついて、石段に落ちていたゴミは、今までの様に機械的に籠に捨てられるだろうか。
外に出られても、何も良いことはないと分かっていて、それでも上に行く意味ってあるんだろうか。
「俺が、落ちたほうが良いのか、その方が」
ふらりと石段の端に立ち、そこから下を見下ろすと、いつの間にか今いるところから下が全て無くなって『無』になっていた。
俺が一歩足を前に出すだけで、俺はそこに、無の中に落ちることが出来る。
そうしたら俺は何も考えずにすむ。過去のやらかしを後悔し、ここから先何も無いと嘆くことも無くなる。
寒くて眠くて喉が渇いてお腹が空いて、そんな苦しみからも開放される、楽になれる。
「落ちてしまえば……」
楽になりたい、その誘惑に俺は躊躇わず足を踏み出した。
「甘ったれるな!」
ふいに声が聞こえて、腕を何かに引き戻された。
「えっ、狐?」
「不愉快な人間、でも自ら消えるなんて許さない」
ぐいっと引き戻し、俺をすごい力で押し倒したのは一匹の白い狐だった。
「根田と一緒にいた?」
根田の足元にいた狐だろうか、でもあれよりだいぶ小さい気がする。
「落ちて楽になろうなんて許さない」
「なんで、狐がここに」
疑問はあった、あったけれど、それよりも。
ぐうううっ。
微かに漂う食べ物の匂いに、俺の腹が盛大に鳴り始めたんだ。
くしゃくしゃになった絵の、セロテープで貼り合わせているところを撫でる。
破ってくしゃくしゃに丸めて捨てた絵を、母親はどんな気持ちで貼り合わせたのだろう。
母親が絵を貼り合わせている姿を想像した途端ぽたりと涙が絵の……母親の顔の辺りに落ち、慌てて指先で涙の雫を拭うと、俺の指先の汚れでが絵に移り母親の顔に塗った色と輪郭のペンの黒が擦れてしまった。
「母さん。俺さ、付き合ってた子に『先輩なんて私の人生に必要ありません。先輩がいなくても私は一人で生きていけます。むしろいない方が幸せになれます』って言われちゃったんだよ」
由衣が、あんな風に自分の意見をハッキリ言い切れる子だとは思ってなかった。入社したばっかの頃自信なさげに不安そうにしてて、仕事を教えていくうちに親しくなって付き合うようになった。
由衣は器用になんでもこなすくせに、自己肯定感が低くかったから、俺が少し褒めただけで物凄く大袈裟に驚くし喜ぶし謙遜しまくるけど、俺が不機嫌にすると由衣が全く悪くないことでも自分から謝ってくる。
由衣のそういう態度を見ているうちに、何をしてもいいと錯覚するようになり、由衣の部屋から金を盗むことも平気でするようになった。
「由衣は付き合う前から、俺のことを先輩って呼んで慕ってくれてたのに、俺は自分から信用無くす様な真似して裏切ってたんだ」
今まで酷い事をした自覚すら無かったのに、一旦そうだったんだと気が付いてしまうと、後悔ばかり後から後から浮かんで来てしまう。
四人と付き合って、上辺だけ好意を見せて、傷つけても平気だった。
四人共俺の事が好きで、だから尽くしてくれるのが、俺の望みを叶えてくれるのが当然だと思い込んでいた。
由衣だけでなく、他の三人も俺の反応に一喜一憂することに優越感すら持っていた。俺が投げつける酷い言葉に傷付いて落ち込む様子に、支配欲が満たされた。相手だって感情のある人間で、俺の心無い言葉や態度に傷付いているだなんて、考えもしなかった。
「俺、必要ないって言われて悲しかった。嘘だろってそんなの嘘だろって」
俺を愛して欲しかった。
必要だと、俺がいないと駄目なんだってそう思っていて欲しかった。
「でも反省なんてしなかった。俺を必要としなくなった由衣が悪いんだって逆恨みした。由衣達が会社で大袈裟に騒いだせいで、会社にいられなくなったことも、あいつらが悪いんだって……」
次から次へと自分がやらかしたことを思い出しては自己嫌悪に陥ってしまうけれど、俺はもう彼女達に会えないし合わせる顔がない。
「親にも見捨てられ、彼女達にも見捨てられて、もしここから出られても俺はどうしたらいい?」
まだまだ続く石段と鳥居、その先に明るい光が見えてもそれはまだまだ遠い。
「ここを綺麗にして、落ち葉とゴミを拾って、そして先に進んで外に出られても、俺には何も残ってないんだ」
俯くと視界に籠が入ってくる。その中に入っていたゴミだと思っていたものは、俺がしでかした何かだと気がついて、石段に落ちていたゴミは、今までの様に機械的に籠に捨てられるだろうか。
外に出られても、何も良いことはないと分かっていて、それでも上に行く意味ってあるんだろうか。
「俺が、落ちたほうが良いのか、その方が」
ふらりと石段の端に立ち、そこから下を見下ろすと、いつの間にか今いるところから下が全て無くなって『無』になっていた。
俺が一歩足を前に出すだけで、俺はそこに、無の中に落ちることが出来る。
そうしたら俺は何も考えずにすむ。過去のやらかしを後悔し、ここから先何も無いと嘆くことも無くなる。
寒くて眠くて喉が渇いてお腹が空いて、そんな苦しみからも開放される、楽になれる。
「落ちてしまえば……」
楽になりたい、その誘惑に俺は躊躇わず足を踏み出した。
「甘ったれるな!」
ふいに声が聞こえて、腕を何かに引き戻された。
「えっ、狐?」
「不愉快な人間、でも自ら消えるなんて許さない」
ぐいっと引き戻し、俺をすごい力で押し倒したのは一匹の白い狐だった。
「根田と一緒にいた?」
根田の足元にいた狐だろうか、でもあれよりだいぶ小さい気がする。
「落ちて楽になろうなんて許さない」
「なんで、狐がここに」
疑問はあった、あったけれど、それよりも。
ぐうううっ。
微かに漂う食べ物の匂いに、俺の腹が盛大に鳴り始めたんだ。
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