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長く長く続くその先に5 (透視点)
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「駄目だ、何も見えないのに」
拳を見えない壁に何度叩きつけても駄目だった。叩き過ぎてジンジンと痛む両手を摩りながら、忌々しい見えない壁を睨む。
「ちっ! ひっ」
忌々しさに舌打ちをした瞬間、コロコロと石が転がる気配がして身を竦める。
見えない壁は消える気配が無いのに、俺がちょっと声を荒げるだけで足元が崩れ始める。
それなりの広さがあったその場所は段々と狭くなり、うっかりすると本当に落ちてしまいそうになっている。
「……綺麗にすればいいんだろ。綺麗に」
しゃがみ込み両手で落ち葉をかき集め、籠に入れる。
「冷たいし、湿ってるのが気持ち悪い。最悪だ」
最悪だと言った途端、またコロコロと石が落ちていく。
その気配に、ほんの少しの愚痴も駄目なんだと思い知らされる。
「腹減った」
落ち葉は湿っていて冷たい。それを両手でかき集めているだけで、指先から全身に冷えが伝わっていく。
「これ、籠に全部入るのか? 入りきらなくなったらどうすればいいんだよ」
とにかく落ち葉とゴミを籠に押し込んで綺麗にしなければ、いつまでもこんなところにいられない。
その思いだけで必死に湿った感触を我慢しながら落ち葉をかき集め籠に入れていくと、大きいと思っていた籠いっぱいに落ち葉とゴミが溜まっていた。
「押し込むか……消えた?」
やっと一段分のゴミを拾い終えて、こんもりと籠に山盛りになったそれを押し込もうとした瞬間、籠の中の落ち葉が消えてしまった。
「落ち葉だけ? ゴミは残ったまま?」
なぜ落ち葉だけ消えてしまったのか、その理由が分からないまま視線を上に向けると透明な壁が消えているように見えた。
見えないものが見えるってなんなんだ。
でも、なぜかそう見えて俺は見えない壁に向かい手を伸ばすと、俺の手は壁があった筈の場所を通り抜けていた。
「消えた」
どれだけ叩いても消えなかった見えない壁が、拍子抜けするくらいあっさりと消えていた。
「これで上に行ける」
普通の階段よりかなり高いが上れないわけじゃない、とっとと上にあがって出口に行こう。
一段上り、もう一段進もうとしたのにまた見えない壁に阻まれてしまった。
「嘘だろ、ここも綺麗にしろっていうのか?」
籠は下の段に置いたままだっていうのに、舌打ちしかけて慌てて思いとどまる。
また崩れてしまったら困る。
「なんでこんなことしなきゃならないんだよ、根田のやろ……嫌、今のは嘘だ、そんなこと思ってないからっ! 根田の言う通り綺麗にしなきゃな!」
根田への愚痴を言おうとした瞬間、下の段が全て崩れ始め、慌てて訂正しながら籠を持ち上げる。
「落ちた」
俺は上の段に上がっていて、ギリギリのところで籠も持ち上げられたけれど、今までいた場所が無くなってしまった衝撃に、心臓がバクバクし始める。
「籠、落ちたらどうなる?」
枯れ葉を下に落としても無くならなかった。
籠に全て入れなきゃ綺麗にしたことにならないっていうのに、もし籠が下に落ちてしまったら?
「一生ここに? こんな場所に?」
カランコロンと石が落ちる音、その音が俺の疑問を肯定している様に聞こえてブルリと体が震える。
一生、こんな暗く不気味な場所にいなきゃいけなくなるのか? 寒くて喉が渇いて腹が減ってるし疲れからなのか体が重くなってきた。
それなのに、こんな少し油断したら下に落ちてしまいそうな場所にずっと居なきゃいけないのか?
「早く綺麗にしなきゃ。籠は背中に背負って」
これを落としたら最後だと、今気がついて本当に良かった。
籠を落としたと叫んでも、きっと根田はもうここには来ないだろう。
籠を落としたら、俺は終わりだ。
「綺麗に、早く綺麗に」
籠を背負い、両手で落ち葉をかき集めるとそのまま持ち上げ背中の籠に入れる。
入れ損ねたものがパラパラと落ちてくるのが気持ち悪いけれど、そんなの今更だ。
両手は土に汚れているし、服も汚くなっている。
「綺麗に、早く、もっと綺麗に」
何度も何度も落ち葉とゴミをかき集めては籠に入れるのを繰り返すと、二段目はすぐに綺麗になって次の段に進めた。
「なんだ、簡単じゃないか」
あっさりと次に進めたことに安堵して、三段目四段目と進んでいく。
そうやって数十段進んだ俺は、すっかり油断していたんだと思う。
油断と疲れと空腹で、気が抜けていたんだ。
上にあがっても、下の段は消えずに残っていて一番下の段は既に見えなくなっていた。
それだけ俺は上にあがっていて、だからうっかり気を抜いてしまったんだ。
「こんなのいつまでさせるつもりだよ、いいかげん俺を外に出してくれよなぁ。根田の野郎性格悪すぎだろっ。あんなどこ見てるのか分からない細目のくせによぉ。せめて何か食わせてくれよ」
腹が空いて仕方がない。
疲れたし眠いし、もうこんなことするの嫌だ。
「なんで俺がこんな目にあわなきゃ……うわっ」
そう呟いた途端、俺がいる段から下が突然崩れ出し全て消えてしまったのだ。
「嘘だろ」
ガラゴロと石と鳥居が転がり落ちる音だけが響いて、全て無くなって暗闇だけになった。
俺がいる段から下が、全部消えてしまった。
「上にはまだ行けない。まだまだ上が、出口……」
どれだけ段を上ったのか、十段を過ぎた辺りで数えるのは止めてしまった。
かなり上ったのに、まだ階段は続く。鳥居が続いている。
「まだ続くのか、終わりなんてあるのか?」
途方に暮れながら俺は、落ち葉をかき集め続けるしか無かったんだ。
拳を見えない壁に何度叩きつけても駄目だった。叩き過ぎてジンジンと痛む両手を摩りながら、忌々しい見えない壁を睨む。
「ちっ! ひっ」
忌々しさに舌打ちをした瞬間、コロコロと石が転がる気配がして身を竦める。
見えない壁は消える気配が無いのに、俺がちょっと声を荒げるだけで足元が崩れ始める。
それなりの広さがあったその場所は段々と狭くなり、うっかりすると本当に落ちてしまいそうになっている。
「……綺麗にすればいいんだろ。綺麗に」
しゃがみ込み両手で落ち葉をかき集め、籠に入れる。
「冷たいし、湿ってるのが気持ち悪い。最悪だ」
最悪だと言った途端、またコロコロと石が落ちていく。
その気配に、ほんの少しの愚痴も駄目なんだと思い知らされる。
「腹減った」
落ち葉は湿っていて冷たい。それを両手でかき集めているだけで、指先から全身に冷えが伝わっていく。
「これ、籠に全部入るのか? 入りきらなくなったらどうすればいいんだよ」
とにかく落ち葉とゴミを籠に押し込んで綺麗にしなければ、いつまでもこんなところにいられない。
その思いだけで必死に湿った感触を我慢しながら落ち葉をかき集め籠に入れていくと、大きいと思っていた籠いっぱいに落ち葉とゴミが溜まっていた。
「押し込むか……消えた?」
やっと一段分のゴミを拾い終えて、こんもりと籠に山盛りになったそれを押し込もうとした瞬間、籠の中の落ち葉が消えてしまった。
「落ち葉だけ? ゴミは残ったまま?」
なぜ落ち葉だけ消えてしまったのか、その理由が分からないまま視線を上に向けると透明な壁が消えているように見えた。
見えないものが見えるってなんなんだ。
でも、なぜかそう見えて俺は見えない壁に向かい手を伸ばすと、俺の手は壁があった筈の場所を通り抜けていた。
「消えた」
どれだけ叩いても消えなかった見えない壁が、拍子抜けするくらいあっさりと消えていた。
「これで上に行ける」
普通の階段よりかなり高いが上れないわけじゃない、とっとと上にあがって出口に行こう。
一段上り、もう一段進もうとしたのにまた見えない壁に阻まれてしまった。
「嘘だろ、ここも綺麗にしろっていうのか?」
籠は下の段に置いたままだっていうのに、舌打ちしかけて慌てて思いとどまる。
また崩れてしまったら困る。
「なんでこんなことしなきゃならないんだよ、根田のやろ……嫌、今のは嘘だ、そんなこと思ってないからっ! 根田の言う通り綺麗にしなきゃな!」
根田への愚痴を言おうとした瞬間、下の段が全て崩れ始め、慌てて訂正しながら籠を持ち上げる。
「落ちた」
俺は上の段に上がっていて、ギリギリのところで籠も持ち上げられたけれど、今までいた場所が無くなってしまった衝撃に、心臓がバクバクし始める。
「籠、落ちたらどうなる?」
枯れ葉を下に落としても無くならなかった。
籠に全て入れなきゃ綺麗にしたことにならないっていうのに、もし籠が下に落ちてしまったら?
「一生ここに? こんな場所に?」
カランコロンと石が落ちる音、その音が俺の疑問を肯定している様に聞こえてブルリと体が震える。
一生、こんな暗く不気味な場所にいなきゃいけなくなるのか? 寒くて喉が渇いて腹が減ってるし疲れからなのか体が重くなってきた。
それなのに、こんな少し油断したら下に落ちてしまいそうな場所にずっと居なきゃいけないのか?
「早く綺麗にしなきゃ。籠は背中に背負って」
これを落としたら最後だと、今気がついて本当に良かった。
籠を落としたと叫んでも、きっと根田はもうここには来ないだろう。
籠を落としたら、俺は終わりだ。
「綺麗に、早く綺麗に」
籠を背負い、両手で落ち葉をかき集めるとそのまま持ち上げ背中の籠に入れる。
入れ損ねたものがパラパラと落ちてくるのが気持ち悪いけれど、そんなの今更だ。
両手は土に汚れているし、服も汚くなっている。
「綺麗に、早く、もっと綺麗に」
何度も何度も落ち葉とゴミをかき集めては籠に入れるのを繰り返すと、二段目はすぐに綺麗になって次の段に進めた。
「なんだ、簡単じゃないか」
あっさりと次に進めたことに安堵して、三段目四段目と進んでいく。
そうやって数十段進んだ俺は、すっかり油断していたんだと思う。
油断と疲れと空腹で、気が抜けていたんだ。
上にあがっても、下の段は消えずに残っていて一番下の段は既に見えなくなっていた。
それだけ俺は上にあがっていて、だからうっかり気を抜いてしまったんだ。
「こんなのいつまでさせるつもりだよ、いいかげん俺を外に出してくれよなぁ。根田の野郎性格悪すぎだろっ。あんなどこ見てるのか分からない細目のくせによぉ。せめて何か食わせてくれよ」
腹が空いて仕方がない。
疲れたし眠いし、もうこんなことするの嫌だ。
「なんで俺がこんな目にあわなきゃ……うわっ」
そう呟いた途端、俺がいる段から下が突然崩れ出し全て消えてしまったのだ。
「嘘だろ」
ガラゴロと石と鳥居が転がり落ちる音だけが響いて、全て無くなって暗闇だけになった。
俺がいる段から下が、全部消えてしまった。
「上にはまだ行けない。まだまだ上が、出口……」
どれだけ段を上ったのか、十段を過ぎた辺りで数えるのは止めてしまった。
かなり上ったのに、まだ階段は続く。鳥居が続いている。
「まだ続くのか、終わりなんてあるのか?」
途方に暮れながら俺は、落ち葉をかき集め続けるしか無かったんだ。
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