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長く長く続くその先に2 (透視点)
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「由衣っ! 俺を捨てるな! 俺を好きだろ? 好きだよな? 由衣っ!!」
音にならないと気がついても、叫ぶのを止められない。だけど由衣は俺を冷たく見るだけだった。
俺が由衣の名前を叫んでも、由衣はいつもみたいに俺を『先輩』と呼ばない。笑顔もない。
「由衣っ!!」
叫んだ瞬間、涙が零れ落ちたけど、見えたのは眉間に皺を寄せた由衣の顔だけだった。
それが由衣を見た最後で、俺はどこかに飛ばされてしまったんだ。
「なんだ、ここ、どこだ」
薄暗い場所に俺は座り込んでいた。
真上を見ても、厚い雲に覆われたどんよりと暗い空しか見えない。
視線を下に向けると、石? タイルじゃない、あちこちヒビが入っている石の上に枯れ葉や紙くずが散乱している。
「汚っ」
雨に濡れたのか、湿った感じの枯れ葉の上に膝をついていたと気がついて慌てて立ち上がりながら周囲を見渡すと、今にも倒れそうな鳥居が連なるどこかに繋がっている様に上がっていく階段が見えた。
「なんだここ、不気味だな」
廃墟、浮かんだのはそんな言葉だ。
俺が座っているのは、階段の途中の様だった。
下に視線を向けるとそちらにも鳥居が連なって見える。階段の先は見えないが下に向かう気にはなれなかった。
何せ上に向かう方より鳥居がボロボロで、階段もゴミだらけなのだ。
「何なんだよ、俺はどうしたらいいんだ」
由衣は俺をいらないと言った。
俺がいなくても、一人で生きて行けると。父親にも見限られた、お前はもう信用できない。親子の縁を切ると、今日言われてしまったのだ。
「悪いのは俺じゃない、子どもが出来たなんて嘘をカレンが言うのが悪いんだ」
それさえなければ、俺は上手く四人と付き合っていけだんだ。
カレンと神田と美紀と由衣、それぞれ性格は違うが四人とも俺のことが大好きで、俺の気を引こうと一生懸命だった。
神田は四人の中で一番年上だからなのか、ちょっと焦っている感じがあったけれど、同棲を仄めかしたら煩く言わなくなった。掃除や洗濯も面倒だったから、本当に一緒に住んでもいいかと思い始めた時にカレンから妊娠を告げられ、じゃあ神田じゃなくカレンでいいかと安易に結婚を決めた。
神田よりカレンの方が若いし美人だし、家柄も良いから悪くないと思ったんだ。
だけど、それが間違いだった。
「カレンが悪いんだ、妊娠したなんて嘘、それに神田も美紀も、由衣も、金のこと課長にバラすなんてありえないだろっ!」
ダンッと怒りに任せて足を踏み鳴らすと、その途端足元が揺れた。
「じ、地震っ!」
一瞬大きく体が傾いで、その後すぐに俺がいるところから下が崩れ出した。
「嘘だろ」
全体的に薄暗くてよく見えないが、崩れた階段と鳥居はどこかに落ちていってしまった。
その後に残ったのは、無だ。
無ってなんだよと、自分に突っ込むけれど他に言いようがなかった。
何も見えない、でも真っ暗闇なわけじゃない。
ただ無くなってしまったのだ、今までそこにあったものが一瞬で崩れて、どこかに落ちていってしまったのだ。そして、後に残ったのは何も無い空間。
「ここも崩れるのか」
落ちたら最後だと一段上に上がろうとして、見えない何かに阻まれて上れないと気がついた。
ゴミだらけの階段は一段一段が広いし、次の段への高さが俺の膝くらいの高さがある。
以前会社の用事で課長に連れられて行った、港区の神社の石段よりも多分高いし、なんだか恐ろしさもある。
「横に……なんだこれ」
階段の横に逃げようと目を向けると、両脇も下と同じ様に『無』が広がっていた。
どこにも逃げられない、その恐怖に座り込みそうになったけれど、その瞬間カランカランと何かが落ちる音がして、その驚きでビクリと体が震えた。
「なんの音だよ、見えないだけですぐ下に床があるのか?」
恐る恐る下を見ても底は見えない。
底は見えないが、カランと音を立て落ちていく階段の石の欠片は見えた。
「嘘だろ、崩れかけてんのかっ!」
声を上げると、また一つ欠片が落ちていった。
カラン、カラン、カラン。
一つ、二つ、三つ。
俺が立っている場所、階段の石の端が崩れて小さな欠片が落ちていくのを、血の気が引きながら見つめている。
逃げたくても、動いたらもっと崩れるかもしれないと思うと、身動き出来ない。
「なんだよこれ、なんなんだよ。誰か助けてくれよぉっ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんないんだよ。なんで誰も……親父の馬鹿野郎、なんなんだよ、俺を助けろよ」
助けくれと声に出しても、誰も来ない。誰もいない。その事実に打ちのめされて、なんで誰も来てくれないのかと、頭を掻きむしる。
「うわっ」
馬鹿野郎、そう口に出した瞬間、カラコロカラコロと石の欠片が何個も落ちていった。
「落ちるっ! 頼むっ助けてくれよ、なんでもするから、どんなことでもするからっ!」
恐怖を感じながら、空に向かい叫ぶ。
叫びながら、根田さんの顔が浮かんだ。
親父が最も信頼する、細目の男。どこから来るのか何をしているのか分からないが、年に一、二度家に訪ねて来て親父と話をして帰って行く。
親父は信頼しているが、俺は何故か苦手だったのにどうして彼ならばと思うのだろう。
「なんでもする、その思いに嘘はないか」
どこからか声がした。
その声で、またカラコロと石の欠片が落ちる。
「なんでもする! どんなことでも!」
恐怖に俺は叫んでいた、叫んだ結果何が起こるか分からないのに、俺は大声を上げていたんだ。
音にならないと気がついても、叫ぶのを止められない。だけど由衣は俺を冷たく見るだけだった。
俺が由衣の名前を叫んでも、由衣はいつもみたいに俺を『先輩』と呼ばない。笑顔もない。
「由衣っ!!」
叫んだ瞬間、涙が零れ落ちたけど、見えたのは眉間に皺を寄せた由衣の顔だけだった。
それが由衣を見た最後で、俺はどこかに飛ばされてしまったんだ。
「なんだ、ここ、どこだ」
薄暗い場所に俺は座り込んでいた。
真上を見ても、厚い雲に覆われたどんよりと暗い空しか見えない。
視線を下に向けると、石? タイルじゃない、あちこちヒビが入っている石の上に枯れ葉や紙くずが散乱している。
「汚っ」
雨に濡れたのか、湿った感じの枯れ葉の上に膝をついていたと気がついて慌てて立ち上がりながら周囲を見渡すと、今にも倒れそうな鳥居が連なるどこかに繋がっている様に上がっていく階段が見えた。
「なんだここ、不気味だな」
廃墟、浮かんだのはそんな言葉だ。
俺が座っているのは、階段の途中の様だった。
下に視線を向けるとそちらにも鳥居が連なって見える。階段の先は見えないが下に向かう気にはなれなかった。
何せ上に向かう方より鳥居がボロボロで、階段もゴミだらけなのだ。
「何なんだよ、俺はどうしたらいいんだ」
由衣は俺をいらないと言った。
俺がいなくても、一人で生きて行けると。父親にも見限られた、お前はもう信用できない。親子の縁を切ると、今日言われてしまったのだ。
「悪いのは俺じゃない、子どもが出来たなんて嘘をカレンが言うのが悪いんだ」
それさえなければ、俺は上手く四人と付き合っていけだんだ。
カレンと神田と美紀と由衣、それぞれ性格は違うが四人とも俺のことが大好きで、俺の気を引こうと一生懸命だった。
神田は四人の中で一番年上だからなのか、ちょっと焦っている感じがあったけれど、同棲を仄めかしたら煩く言わなくなった。掃除や洗濯も面倒だったから、本当に一緒に住んでもいいかと思い始めた時にカレンから妊娠を告げられ、じゃあ神田じゃなくカレンでいいかと安易に結婚を決めた。
神田よりカレンの方が若いし美人だし、家柄も良いから悪くないと思ったんだ。
だけど、それが間違いだった。
「カレンが悪いんだ、妊娠したなんて嘘、それに神田も美紀も、由衣も、金のこと課長にバラすなんてありえないだろっ!」
ダンッと怒りに任せて足を踏み鳴らすと、その途端足元が揺れた。
「じ、地震っ!」
一瞬大きく体が傾いで、その後すぐに俺がいるところから下が崩れ出した。
「嘘だろ」
全体的に薄暗くてよく見えないが、崩れた階段と鳥居はどこかに落ちていってしまった。
その後に残ったのは、無だ。
無ってなんだよと、自分に突っ込むけれど他に言いようがなかった。
何も見えない、でも真っ暗闇なわけじゃない。
ただ無くなってしまったのだ、今までそこにあったものが一瞬で崩れて、どこかに落ちていってしまったのだ。そして、後に残ったのは何も無い空間。
「ここも崩れるのか」
落ちたら最後だと一段上に上がろうとして、見えない何かに阻まれて上れないと気がついた。
ゴミだらけの階段は一段一段が広いし、次の段への高さが俺の膝くらいの高さがある。
以前会社の用事で課長に連れられて行った、港区の神社の石段よりも多分高いし、なんだか恐ろしさもある。
「横に……なんだこれ」
階段の横に逃げようと目を向けると、両脇も下と同じ様に『無』が広がっていた。
どこにも逃げられない、その恐怖に座り込みそうになったけれど、その瞬間カランカランと何かが落ちる音がして、その驚きでビクリと体が震えた。
「なんの音だよ、見えないだけですぐ下に床があるのか?」
恐る恐る下を見ても底は見えない。
底は見えないが、カランと音を立て落ちていく階段の石の欠片は見えた。
「嘘だろ、崩れかけてんのかっ!」
声を上げると、また一つ欠片が落ちていった。
カラン、カラン、カラン。
一つ、二つ、三つ。
俺が立っている場所、階段の石の端が崩れて小さな欠片が落ちていくのを、血の気が引きながら見つめている。
逃げたくても、動いたらもっと崩れるかもしれないと思うと、身動き出来ない。
「なんだよこれ、なんなんだよ。誰か助けてくれよぉっ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんないんだよ。なんで誰も……親父の馬鹿野郎、なんなんだよ、俺を助けろよ」
助けくれと声に出しても、誰も来ない。誰もいない。その事実に打ちのめされて、なんで誰も来てくれないのかと、頭を掻きむしる。
「うわっ」
馬鹿野郎、そう口に出した瞬間、カラコロカラコロと石の欠片が何個も落ちていった。
「落ちるっ! 頼むっ助けてくれよ、なんでもするから、どんなことでもするからっ!」
恐怖を感じながら、空に向かい叫ぶ。
叫びながら、根田さんの顔が浮かんだ。
親父が最も信頼する、細目の男。どこから来るのか何をしているのか分からないが、年に一、二度家に訪ねて来て親父と話をして帰って行く。
親父は信頼しているが、俺は何故か苦手だったのにどうして彼ならばと思うのだろう。
「なんでもする、その思いに嘘はないか」
どこからか声がした。
その声で、またカラコロと石の欠片が落ちる。
「なんでもする! どんなことでも!」
恐怖に俺は叫んでいた、叫んだ結果何が起こるか分からないのに、俺は大声を上げていたんだ。
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