おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
67 / 80

長く長く続くその先に1(透視点)

しおりを挟む
「先輩がいなくても私は一人で生きていけます。むしろいない方が幸せになれます」

 由衣が冷たい目で俺を見ながら言うのが信じられなかった。
 先輩、先輩と俺を呼ぶ甘い声、優しい目、そんなのが嘘だったと言わんばかりの冷たい声を嘘だと思いたくて、俺は「うわあああぁっ!!」と声をあげたんだ。

「嘘だっ、嘘だ、嘘だ!! 由衣、お前は俺がいないと駄目だろ、俺に好きだと言われたくて必死だった、俺が不味いと言っても飯を作って、酒やツマミ用意してたじゃないか。俺がいつ部屋に行っても嬉しそうにしてたくせに!」

 由衣に縋りつきたいのに、狐に抑え込まれて動けない。
 それでも俺は必死で大声を上げ、狐から逃れて由衣に触れようと抵抗する。
 由衣が俺を拒絶するなんて、信じられない信じたくない。

「俺がカレンと結婚すると言った時、死にそうな顔してたじゃないか。強がるなよ、俺がいないと駄目なんだろ。由衣は俺に愛されたくて仕方なかったんだよな。いつも寂しそうな顔してたじゃないか。俺がいなくても大丈夫なんて無理するなよ、一人でいいなんて言うな。俺が必要だろ、必要だよな!!」

 遊びで付き合っていたカレンに子供が出来たと言われて、仕方ないかと結婚を決めた。
 それを会社の奴らに報告したのを聞いていた由衣は、面白い位に顔色を変え今にも死にそうに見えたんだ。
 その顔が可哀想で、情けなくて、凄く気分が良かった。しっかり自立しているように見えても、由衣は俺がいないと駄目なんだ。
 俺が結婚するって知ってショックなんだよな、でも大丈夫だ俺はお前を捨てたりしない。
 カレンと結婚しても、由衣とだって上手くやっていくから。そう思ってたのに。
 なんで一人で生きていけるなんて言うんだよ!
 俺を好きなんだろ! 俺がいないと駄目なんだ、そうだよな!!

「親父もおふくろも俺なんてどうでも良かった。弟だけいればそれで、でもお前らは違う。俺の気を惹きたくて必死だった。機嫌が悪い振りをちょっとでもすればご機嫌取りをしてただろ。カレンとのことが不満なら、美紀たちとの事が不満なら由衣一人だけにしてやってもいい。年寄り臭い飯も我慢してやる。それなら良いんだろ!」

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!
 大声をあげすぎて喉が痛くなるけど、狐に抑えつけられた体が痛むけれど、それでも大声で、俺を捨てるなと縋り続ける。
 捨てる? そうだ、由衣は俺を捨てようとしてるんだ。俺は必要ない、もう好きじゃないって!
 そんなの、嫌だ、一人になりたくないっ!

「俺を好きだと言えよ。俺だけ大事だって、そう言えよ! 俺を一人にするなっ、俺を捨てるな!!」

 叫びながら力の限り狐に抵抗するけれど、体は動かない。
 由衣に縋りたいのに、小さな体に触れたいのに指一本も自由にならないんだ。

「……好きだなんて、二度と思いません。先輩は私の信頼を裏切った、先輩みたいな人私の人生に必要ないです」

 由衣が俺をいらないと言う。
 そんなの信じたくない、これは夢だ。悪い夢だ。
 だって由衣がそんなこと俺に言うはずない、こんな虫けらを見るような目で俺を見る筈がない。

「嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!」

 叫び続けて、喉の奥が切れた気がしたけれど、それでも構わず叫んでも、由衣は嫌そうに眉をしかめるだけで手を差し伸べてはくれない。
 その姿に絶望を感じながら尚も叫ぼうとして口を開いた瞬間、「情けない姿は見苦しいだけな。もういいか」と狐が言いながら前足を俺の額に当てると俺の声が消えてしまった。
 叫んでるのに、「なんだこれっ! 由衣! なんだよこれ、由衣っ」俺がいくら叫んでも俺の声は聞こえてこない。
 どうしたんだ、どうしたらいいんだ。

「もう十分です。言いたい事は言えました。ありがとうございます」

 由衣のその声が聞こえた瞬間、俺と由衣の繋がっていたものが全て消えてしまった。
 細く細く繋がっていた筈の何かが、プツリと切れて亡くなってしまったんだと分かって、その喪失感に俺は知らない内に涙を零していたんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)

双葉
キャラ文芸
 キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。  審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

蛇のおよずれ

深山なずな
キャラ文芸
 平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。  ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...