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狐たちとの酒宴3
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「貰いすぎ?」
根田さんは何を思ってそう言うのだろう。
私にはそれが分からなくて首を傾げてしまう。
「そうだ。貰いすぎ、だから紺と由衣に私の力を分け与えよう」
貰いすぎたから、根田さんが力を分けてくれる。
根田さんの意図が分からず、私は根田さんと紺さんを交互に見るけれど、紺さんは「そんな、貰えるわけない」と拒否している。
「紺さん?」
「由衣への礼で、私に力をなんて」
紺さんの拒絶に根田さんは、がしりと紺さんの両肩を掴み顔を近付ける。
「由衣はお前の眷属、つまりお前の力が弱ければ眷属の守りも弱まる。今回は私達がいたからお前は由衣の助けを求める声を聞きこの場に来られたが、今のお前にその力はない。無理をして神の囲いから出ようとすれば、その瞬間お前の体は形を保てなくなって、ただ空を漂う存在となっていただろう。実際お前は今こんなにも脆い存在になっている」
紺さん達は今人の形をしていても本当は人ではなく、稲荷神の使いの狐。
四人の中で、紺さんは一番体が小さく毛艶も悪い様に見えたけれど、それは力に関係しているのだろうか。
同じ狐でも、根田さんの目には、紺さんは弱過ぎる存在と見えているのかもしれない。
「それは、でも私は……」
根田さんの言葉に、紺さんは何か言おうとしながら私を見て口をつぐんでしまった。
私を見た紺さんの顔があまりにも悲しそうで、でも何を言ったらいいのか分からない。
だって、私が出来ることなんて料理を作ることくらいなのだ。
ただの人でしかない私に出来るのは、それくらいしかないのが悲しくて紺さんから目を逸らしてしまう。
「力を分けよう。これから先、お前が望めば外に出られる様に、存在を強くしてやる」
根田さんの提案に、私はハッとして顔を上げ根田さんを見た。
彼は自信があるとばかりに胸を張り、腕を組んで私と紺さんを見ている。
その姿に、この人は別格なのだと何故か理解してしまった。なんというか、この人自体が神様なんじゃないかと思う程に神々しいのだ。
さっきお腹を鳴らし、恥ずかしそうにしていた人とは思えない。
真夜中の部屋の中なのに、妙に明るくて眩しい光を根田さんから感じるし、空気も清々しい様に思えてきてしまう。
「それは、でも」
「今のままだと、お前はずっと夜の中、あの神の守りの囲いの中で生きるだけの存在のままだ」
紺さんは人の形を保つのがやっと、何かあればすぐに消えてしまう程の存在なのだろうか、さっき根田さんが言った通り、うっかり神社の外に出たらその瞬間消えてしまうような、儚い存在。
もしも紺さんと会えなくなったら? そんなの考えたくない。
紺さんが消えてしまうかもしれないなんて、考えたくない。
「私は長く存在し、あの家を守って来た。それは今後も続く、あの家の者は一人を除いて信心深く善良だ。善良な者からの変わらぬ信仰それが私の力だ」
一人というのは、先輩のことなんだろう。
善良な人達を家族に持っていて、どうして先輩だけああだったのか、それはもう問いただすことも出来ないし、私は二度と先輩に関わらないから知ることは永遠に無い。
「紺、お前は一度消えかけた。稲荷神の一柱だったお前は信仰を失い、雷に打たれその力を失った」
「……はい。私は神だったけれど、その力を失い存在は消えかけました。今こうしていられるのは、この地を守る稲荷神の温情です。私は弱い、でも由衣を見守り続けたい。そのためだけに私は……」
項垂れながら打ち明ける、私を見守りたいと言うその紺さんの体が透け始めた。
「こ、紺さん! 体が」
思わず紺さんの腕に縋ると、その感触はとても頼りなくて、確かに腕を掴んでいるのに今にも消えてしまいそうだ。
「馬鹿者! 強い意志を持て! ただでさえ弱いお前が囲いの外で気持ちが揺らげば存在が消えると分かっているだろう!」
「紺さん!」
「由衣」
「紺さん! 私はずっと紺さんと一緒に居たい。十和も一緒に、ずっとずっとっ」
叫んでいた、その瞬間手首に着けたお守りが熱くなった。
「由衣、お前は紺の側にずっといると誓えるか」
「由衣、駄目だよ。誓っちゃ駄目だ」
根田さんは誓えるかと問い、紺さんは駄目だと言う。
近田さんと今村さんは、二人の後ろに立ち心配そうに見ている。
「誓います。私は紺さんに消えて欲しくない。私はずっと紺さんの側にいますっ!」
睨むように根田さんを見ながら、そう宣言する。
その瞬間、お守りが火傷しそうに熱を持ち、その熱が私と紺さんを包むのを感じた。
「承知した。由衣の誓いは永遠に続く、私の力を紺に分けよう。由衣の誓いが破られぬ限り与えた力は紺を守る力となる」
根田さんはそう言うと、私と紺さんを包んだ熱に両手で触れる。
その瞬間、私と紺さんを包む熱が青い炎に変化した。
「由衣の誓いは本心か」
「本心?」
「紺と共にいると、由衣は永遠に紺の側にいると本心から誓えるか」
目の前に根田さんはいるのに、何故か頭の中からその声は響いて、止めようとする紺さんを遮り私は叫んだ。
「ずっと一緒にいます! 紺さんが私を見守りたいと、そのために今の紺さんがあるなら、私はずっと紺さんの側にいます!」
祖母の願いを叶えたい、私が幸せになるのを見守りたい。その思いで紺さんが神の力を失っても私の近くにいてくれようとした。
それなら、私は紺さんと一緒に幸せになる。
「紺さんと美味しいもの食べて、美味しいお酒飲んで、今日も一日平和に終わったねと笑い合う。そうして毎日過ごすんです。ずっとずっと!」
私の叫び声に「その誓い、確かに稲荷神が受け取った。これより三浦由衣は紺の番なり」とどこからか声が響いた。
根田さんは何を思ってそう言うのだろう。
私にはそれが分からなくて首を傾げてしまう。
「そうだ。貰いすぎ、だから紺と由衣に私の力を分け与えよう」
貰いすぎたから、根田さんが力を分けてくれる。
根田さんの意図が分からず、私は根田さんと紺さんを交互に見るけれど、紺さんは「そんな、貰えるわけない」と拒否している。
「紺さん?」
「由衣への礼で、私に力をなんて」
紺さんの拒絶に根田さんは、がしりと紺さんの両肩を掴み顔を近付ける。
「由衣はお前の眷属、つまりお前の力が弱ければ眷属の守りも弱まる。今回は私達がいたからお前は由衣の助けを求める声を聞きこの場に来られたが、今のお前にその力はない。無理をして神の囲いから出ようとすれば、その瞬間お前の体は形を保てなくなって、ただ空を漂う存在となっていただろう。実際お前は今こんなにも脆い存在になっている」
紺さん達は今人の形をしていても本当は人ではなく、稲荷神の使いの狐。
四人の中で、紺さんは一番体が小さく毛艶も悪い様に見えたけれど、それは力に関係しているのだろうか。
同じ狐でも、根田さんの目には、紺さんは弱過ぎる存在と見えているのかもしれない。
「それは、でも私は……」
根田さんの言葉に、紺さんは何か言おうとしながら私を見て口をつぐんでしまった。
私を見た紺さんの顔があまりにも悲しそうで、でも何を言ったらいいのか分からない。
だって、私が出来ることなんて料理を作ることくらいなのだ。
ただの人でしかない私に出来るのは、それくらいしかないのが悲しくて紺さんから目を逸らしてしまう。
「力を分けよう。これから先、お前が望めば外に出られる様に、存在を強くしてやる」
根田さんの提案に、私はハッとして顔を上げ根田さんを見た。
彼は自信があるとばかりに胸を張り、腕を組んで私と紺さんを見ている。
その姿に、この人は別格なのだと何故か理解してしまった。なんというか、この人自体が神様なんじゃないかと思う程に神々しいのだ。
さっきお腹を鳴らし、恥ずかしそうにしていた人とは思えない。
真夜中の部屋の中なのに、妙に明るくて眩しい光を根田さんから感じるし、空気も清々しい様に思えてきてしまう。
「それは、でも」
「今のままだと、お前はずっと夜の中、あの神の守りの囲いの中で生きるだけの存在のままだ」
紺さんは人の形を保つのがやっと、何かあればすぐに消えてしまう程の存在なのだろうか、さっき根田さんが言った通り、うっかり神社の外に出たらその瞬間消えてしまうような、儚い存在。
もしも紺さんと会えなくなったら? そんなの考えたくない。
紺さんが消えてしまうかもしれないなんて、考えたくない。
「私は長く存在し、あの家を守って来た。それは今後も続く、あの家の者は一人を除いて信心深く善良だ。善良な者からの変わらぬ信仰それが私の力だ」
一人というのは、先輩のことなんだろう。
善良な人達を家族に持っていて、どうして先輩だけああだったのか、それはもう問いただすことも出来ないし、私は二度と先輩に関わらないから知ることは永遠に無い。
「紺、お前は一度消えかけた。稲荷神の一柱だったお前は信仰を失い、雷に打たれその力を失った」
「……はい。私は神だったけれど、その力を失い存在は消えかけました。今こうしていられるのは、この地を守る稲荷神の温情です。私は弱い、でも由衣を見守り続けたい。そのためだけに私は……」
項垂れながら打ち明ける、私を見守りたいと言うその紺さんの体が透け始めた。
「こ、紺さん! 体が」
思わず紺さんの腕に縋ると、その感触はとても頼りなくて、確かに腕を掴んでいるのに今にも消えてしまいそうだ。
「馬鹿者! 強い意志を持て! ただでさえ弱いお前が囲いの外で気持ちが揺らげば存在が消えると分かっているだろう!」
「紺さん!」
「由衣」
「紺さん! 私はずっと紺さんと一緒に居たい。十和も一緒に、ずっとずっとっ」
叫んでいた、その瞬間手首に着けたお守りが熱くなった。
「由衣、お前は紺の側にずっといると誓えるか」
「由衣、駄目だよ。誓っちゃ駄目だ」
根田さんは誓えるかと問い、紺さんは駄目だと言う。
近田さんと今村さんは、二人の後ろに立ち心配そうに見ている。
「誓います。私は紺さんに消えて欲しくない。私はずっと紺さんの側にいますっ!」
睨むように根田さんを見ながら、そう宣言する。
その瞬間、お守りが火傷しそうに熱を持ち、その熱が私と紺さんを包むのを感じた。
「承知した。由衣の誓いは永遠に続く、私の力を紺に分けよう。由衣の誓いが破られぬ限り与えた力は紺を守る力となる」
根田さんはそう言うと、私と紺さんを包んだ熱に両手で触れる。
その瞬間、私と紺さんを包む熱が青い炎に変化した。
「由衣の誓いは本心か」
「本心?」
「紺と共にいると、由衣は永遠に紺の側にいると本心から誓えるか」
目の前に根田さんはいるのに、何故か頭の中からその声は響いて、止めようとする紺さんを遮り私は叫んだ。
「ずっと一緒にいます! 紺さんが私を見守りたいと、そのために今の紺さんがあるなら、私はずっと紺さんの側にいます!」
祖母の願いを叶えたい、私が幸せになるのを見守りたい。その思いで紺さんが神の力を失っても私の近くにいてくれようとした。
それなら、私は紺さんと一緒に幸せになる。
「紺さんと美味しいもの食べて、美味しいお酒飲んで、今日も一日平和に終わったねと笑い合う。そうして毎日過ごすんです。ずっとずっと!」
私の叫び声に「その誓い、確かに稲荷神が受け取った。これより三浦由衣は紺の番なり」とどこからか声が響いた。
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