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狐たちとの酒宴2
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「あ、すまない。人の形を取るとたまにこうなるのだ」
恥ずかしそうにそう言うと、今村さんと近田さんがコクコクコクコクと頷く。
その頷き方があまりにも素早すぎて、どれだけ空腹を感じるのかと心配になる。
そういえば先日今村さんにパウンドケーキを出した時、あと一切れもう一切れと止められなかったと言っていた。
あれは空腹すぎたせいだったのだろうか、そうだとしたら、お腹が鳴る程に空腹を感じている根田さんにも、あの時の今村さんみたいに食べてほしい。
「分かります、分かります。食べなければ食べないで全然いられるんです。何も食べないのが当たり前ですし、仮に食べたいと願ってもお供え頂けなければ食べられませんし」
近田さんが少し寂しそうに言うのが、私には衝撃すぎた。
今朝お弁当を渡した時の嬉しそうな笑顔、あんな顔をする人が、食べないのが当たり前だなんて。
「三浦さん、そんな顔をなさらないで下さい。そもそも私達のこれは本体では無いのです。ですから人のような欲なんてものはありません。食べないことが辛いわけでもありません。でも食べられるものが側にあると、空腹を感じてしまうんです。ただ、それだけなんです」
近田さんはそう言いながら、テーブルに置いた沢山の料理の中から厚揚げの煮物を選び取ると、大きな口を開けて齧り付く。
ゆっくりと咀嚼して、ごくりと喉を鳴らし飲み込んで「美味しいなあ」と呟いた。
その瞬間「沢山食べてください。今日のお礼、助けに来てくれて本当にありがとうございます」と私は声を上げていた。
「では遠慮なくいただきます」
「はい」
大きく頷く私に根田さんが微笑んで、割り箸を取ると綺麗な所作で食べ始める。
昨日紺さんのところに持って行った残りの厚揚げの煮物とひじき煮、それに厚揚げに挟んだひき肉餡の残りを入れて煮込んだ、ロール白菜。白菜と油揚げの煮びたし、鰯の煮物、鯵の南蛮漬け、茄子と鶏肉のオランダ煮、それぞれ量は少ないけれど、テーブルの上一杯に置いてあるそれらを皆でどんどん食べていく。
「沢山食べて下さい」
普通はお供えされないと食べられないものでも、私は紺さんの眷属扱いだから私が作った物なら食べられる。
皆が嬉しそうに食べる姿に、私の食べさせたい欲求が刺激される。
こんなに美味しい美味しいと嬉しそうに食べているのに、普段は好きに食べられない。紺さん達はともかく、根田さんは今後こういう機会があるかどうかも分からない。
だったら今日は、皆に食べられるだけ食べて行って欲しい。
お酒を皆のグラスにたっぷりと注ぐと、私は勢いよく立ち上がりキッチンに向かう。
「由衣?」
「食材沢山ありますから、どんどん作りますから」
紺さん達は、私を助けるために来てくれた。
だったら心を込めてお礼をするのは、当然のことだ。
「お腹いっぱいになるまで、食べて下さい」
戸惑った様な声を出す紺さん達にそう言うと、冷蔵庫を開け卵を取り出す。
まずはだし巻き卵、どんどん作ってどんどん食べて貰おう。
卵を三つ割り、出汁少々と塩と醤油でじゅうっと卵焼きを焼く、焼きながら冷蔵庫と冷凍庫の中身を思い浮かべ、次に作れるものを考える。
そうだ、炊き込みご飯も作ろう。ご飯が炊ける間に他のものを作って、食べきれ無ければご飯はおむすびにして持って帰って貰えばいい。
紺さんのところに持って行こうと、食材は沢山買いこんでいたから色んなものが作れる。
焼き上がっただし巻き卵を適当な大きさに切って皿に盛り、テーブルに運ぶとすぐにキッチンに戻って、炊き込みご飯用の具材を切って研いだお米に調味液を注いで早炊きモードで炊き始める。
冷凍していた味付け済の鶏肉をレンチンで解凍し粉を付けて揚げ、揚げる寸前の状態で冷凍していたコロッケも揚げ始め、合間にさささっとキャベツの千切りを作る。
「凄い、手際が良すぎてずっと見てられます」
「卵美味しいです。ほわほわと温かくて夢みたいな食べ物です」
「由衣、あんまり無理しないで」
「食べ物の匂いって、こんなにお腹がすくものなんだな」
「きゅうん?」
今村さんが喜び、近田さんがうっとりとし、紺さんが心配し、根田さんはまだお腹を鳴らしながら困惑している。
それぞれ反応は違うものの、どんどん食べ物が皆の胃の中に消えていく。
料理が出来る度にテーブルに運んで、その度にグラスにお酒を注いでいく。日本酒が無くなって、冷蔵庫から出した缶ビールを注ぎ、梅酒割を出す。
私がグラスに注いだだけでも飲めるようになるけれど、自分で注いでは飲めないらしい。
試しと根田さんがビールをグラスに注ごうとしたら、ビールを注いだ筈のグラスの中身が消えてしまって驚いた。
こんなの見せられたら、グラスを見てしょんぼりした紺さんとこの結果を分かっていたらしい近田さんと今村さんの無の顔、ビールの缶を持ったまま深くなった根田さんの眉間の皺を見てしまったら、私の料理を作るスピードが加速してしまう。
美味しいって食べて、幸せ気分になって欲しい。
常には難しくても、せめて今だけは。
料理を張り切る私の横で、いつの間にか空いた皿を今村さんがキッチンに下げて洗ってくれて、近田さんが出来た料理を運んでくれて、紺さんは野菜を洗っていた。
根田さんは十和を膝に抱き、グラスを傾けながらそれを見て微笑んでいる。
漸く根田さんの額から消えた皺に、私はホッとしながら、じゅううっと春巻きの皮でチーズと豚肉を巻いたものを焼く。
勢い余って、ホットプレートを出しお好み焼きを焼いて、更に勢い余って今村さんの好きなパウンドケーキも焼き始めた。
パウンドケーキを焼き始めてから、そうだ焼き菓子なら持って帰って貰えると気が付いて、更にクッキーとマドレーヌも焼いて、炊き込みご飯を食べるためにお味噌汁も作ってから、今度は白米を炊いて焼いた鮭をほぐしおむすびを作り始める。
家にあるだけのお酒を飲み尽くし、作れるだけ作った料理を食べそうして日付が変わる頃、根田さんが帰ろうと立ち上がった。
「ご馳走様でした。こんなに沢山食べたのは、生まれて初めてのことです。どれも美味しかった」
「沢山食べて下さりありがとうございます。今日助けて下さったこと、感謝します」
そう言いながら、焼き菓子と鮭のおむすびの包みを根田さんに差し出した。
「これは?」
「根田さんは遠くに暮らしているから、なかなか会えないでしょう?」
「振る舞って貰ったのも十分過ぎるというのに、これは貰い過ぎだ。紺」
私と根田さんのやり取りを、少し離れた位置で見ていた紺さんは根田さんの声に足音も無く近付いて来た。
恥ずかしそうにそう言うと、今村さんと近田さんがコクコクコクコクと頷く。
その頷き方があまりにも素早すぎて、どれだけ空腹を感じるのかと心配になる。
そういえば先日今村さんにパウンドケーキを出した時、あと一切れもう一切れと止められなかったと言っていた。
あれは空腹すぎたせいだったのだろうか、そうだとしたら、お腹が鳴る程に空腹を感じている根田さんにも、あの時の今村さんみたいに食べてほしい。
「分かります、分かります。食べなければ食べないで全然いられるんです。何も食べないのが当たり前ですし、仮に食べたいと願ってもお供え頂けなければ食べられませんし」
近田さんが少し寂しそうに言うのが、私には衝撃すぎた。
今朝お弁当を渡した時の嬉しそうな笑顔、あんな顔をする人が、食べないのが当たり前だなんて。
「三浦さん、そんな顔をなさらないで下さい。そもそも私達のこれは本体では無いのです。ですから人のような欲なんてものはありません。食べないことが辛いわけでもありません。でも食べられるものが側にあると、空腹を感じてしまうんです。ただ、それだけなんです」
近田さんはそう言いながら、テーブルに置いた沢山の料理の中から厚揚げの煮物を選び取ると、大きな口を開けて齧り付く。
ゆっくりと咀嚼して、ごくりと喉を鳴らし飲み込んで「美味しいなあ」と呟いた。
その瞬間「沢山食べてください。今日のお礼、助けに来てくれて本当にありがとうございます」と私は声を上げていた。
「では遠慮なくいただきます」
「はい」
大きく頷く私に根田さんが微笑んで、割り箸を取ると綺麗な所作で食べ始める。
昨日紺さんのところに持って行った残りの厚揚げの煮物とひじき煮、それに厚揚げに挟んだひき肉餡の残りを入れて煮込んだ、ロール白菜。白菜と油揚げの煮びたし、鰯の煮物、鯵の南蛮漬け、茄子と鶏肉のオランダ煮、それぞれ量は少ないけれど、テーブルの上一杯に置いてあるそれらを皆でどんどん食べていく。
「沢山食べて下さい」
普通はお供えされないと食べられないものでも、私は紺さんの眷属扱いだから私が作った物なら食べられる。
皆が嬉しそうに食べる姿に、私の食べさせたい欲求が刺激される。
こんなに美味しい美味しいと嬉しそうに食べているのに、普段は好きに食べられない。紺さん達はともかく、根田さんは今後こういう機会があるかどうかも分からない。
だったら今日は、皆に食べられるだけ食べて行って欲しい。
お酒を皆のグラスにたっぷりと注ぐと、私は勢いよく立ち上がりキッチンに向かう。
「由衣?」
「食材沢山ありますから、どんどん作りますから」
紺さん達は、私を助けるために来てくれた。
だったら心を込めてお礼をするのは、当然のことだ。
「お腹いっぱいになるまで、食べて下さい」
戸惑った様な声を出す紺さん達にそう言うと、冷蔵庫を開け卵を取り出す。
まずはだし巻き卵、どんどん作ってどんどん食べて貰おう。
卵を三つ割り、出汁少々と塩と醤油でじゅうっと卵焼きを焼く、焼きながら冷蔵庫と冷凍庫の中身を思い浮かべ、次に作れるものを考える。
そうだ、炊き込みご飯も作ろう。ご飯が炊ける間に他のものを作って、食べきれ無ければご飯はおむすびにして持って帰って貰えばいい。
紺さんのところに持って行こうと、食材は沢山買いこんでいたから色んなものが作れる。
焼き上がっただし巻き卵を適当な大きさに切って皿に盛り、テーブルに運ぶとすぐにキッチンに戻って、炊き込みご飯用の具材を切って研いだお米に調味液を注いで早炊きモードで炊き始める。
冷凍していた味付け済の鶏肉をレンチンで解凍し粉を付けて揚げ、揚げる寸前の状態で冷凍していたコロッケも揚げ始め、合間にさささっとキャベツの千切りを作る。
「凄い、手際が良すぎてずっと見てられます」
「卵美味しいです。ほわほわと温かくて夢みたいな食べ物です」
「由衣、あんまり無理しないで」
「食べ物の匂いって、こんなにお腹がすくものなんだな」
「きゅうん?」
今村さんが喜び、近田さんがうっとりとし、紺さんが心配し、根田さんはまだお腹を鳴らしながら困惑している。
それぞれ反応は違うものの、どんどん食べ物が皆の胃の中に消えていく。
料理が出来る度にテーブルに運んで、その度にグラスにお酒を注いでいく。日本酒が無くなって、冷蔵庫から出した缶ビールを注ぎ、梅酒割を出す。
私がグラスに注いだだけでも飲めるようになるけれど、自分で注いでは飲めないらしい。
試しと根田さんがビールをグラスに注ごうとしたら、ビールを注いだ筈のグラスの中身が消えてしまって驚いた。
こんなの見せられたら、グラスを見てしょんぼりした紺さんとこの結果を分かっていたらしい近田さんと今村さんの無の顔、ビールの缶を持ったまま深くなった根田さんの眉間の皺を見てしまったら、私の料理を作るスピードが加速してしまう。
美味しいって食べて、幸せ気分になって欲しい。
常には難しくても、せめて今だけは。
料理を張り切る私の横で、いつの間にか空いた皿を今村さんがキッチンに下げて洗ってくれて、近田さんが出来た料理を運んでくれて、紺さんは野菜を洗っていた。
根田さんは十和を膝に抱き、グラスを傾けながらそれを見て微笑んでいる。
漸く根田さんの額から消えた皺に、私はホッとしながら、じゅううっと春巻きの皮でチーズと豚肉を巻いたものを焼く。
勢い余って、ホットプレートを出しお好み焼きを焼いて、更に勢い余って今村さんの好きなパウンドケーキも焼き始めた。
パウンドケーキを焼き始めてから、そうだ焼き菓子なら持って帰って貰えると気が付いて、更にクッキーとマドレーヌも焼いて、炊き込みご飯を食べるためにお味噌汁も作ってから、今度は白米を炊いて焼いた鮭をほぐしおむすびを作り始める。
家にあるだけのお酒を飲み尽くし、作れるだけ作った料理を食べそうして日付が変わる頃、根田さんが帰ろうと立ち上がった。
「ご馳走様でした。こんなに沢山食べたのは、生まれて初めてのことです。どれも美味しかった」
「沢山食べて下さりありがとうございます。今日助けて下さったこと、感謝します」
そう言いながら、焼き菓子と鮭のおむすびの包みを根田さんに差し出した。
「これは?」
「根田さんは遠くに暮らしているから、なかなか会えないでしょう?」
「振る舞って貰ったのも十分過ぎるというのに、これは貰い過ぎだ。紺」
私と根田さんのやり取りを、少し離れた位置で見ていた紺さんは根田さんの声に足音も無く近付いて来た。
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