おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
62 / 80

狐たちとの酒宴1

しおりを挟む
「それじゃ、中へどうぞ」

 部屋のドアを開き私が先に中へと入ってから振り返ると、そこには狐から人の形に変化した男女がぞろぞろと中に入って来ていた。

「え、紺さん、近田さん、今村さん?」

 三人の後ろに立っている物凄く背の高い男性以外は良く知った顔で、私はぽかんと口を開けて、行儀悪く指をさしてしまった。

「お邪魔します。三浦様」
「改めまして今晩は、三浦さん」
「由衣、気が付いてなかったんだね」

 今村さん、近田さん、紺さん、三人が苦笑しながらそれぞれ言うから「全然分かってませんでした」と驚きながら返事をする。
 
「私は根田です。これどうぞ」
「あ、ありがとうございます。とりあえず皆さん奥へどうぞ」

 根田さんが通路の床に置いたまま忘れていたトレイを持って来てくれたのを礼を言い受け取って、リビングへ案内する。
 一人では広く感じる部屋も、これだけ人が集まるとちょっと狭く感じるけれど、ソファーには何とか全員座ることが出来そうでホッとする。

「まさか近田さんと今村さんも狐さんだとは思わなかったです」

 食器棚から取り出したグラスと取り皿を、さっと洗ってからトレイに載せる。
 冷蔵庫から作り置きの総菜を出してお皿に盛り、割りばしもトレイに載せてから、今村さんがいるならお菓子も必要かと、もう一度冷蔵庫を開ける。
 焼いた後ざっくりと切り分けてガラスの入れ物に入れていたベイクドチーズケーキ、今朝お弁当で渡した缶詰みかん入りの牛乳寒天の残りも出して、それぞれ取れる様にデザートの器とスプーンを出す。

「凄いご馳走ですね!」

 テーブルに運ぶとすぐに今村さんが嬉しそうな声を上げ、その横に座っている近田さんもにこにこ笑顔で嬉しそうにテーブルの上を見ている。

「お酒、どうぞ。何か温かいもの作りますね」

 すぐ出来るのは、だし巻き卵とレンコンのきんぴら、後は油揚げの上にしらすとチーズをのっけて焼いてみようか、と考えながらテーブルに並べ、それぞれのグラスに日本酒を注ぐ。

「どうぞ沢山召し上がってください」

 自分のグラスにも注ぐと、乾杯とグラスを合わせる。

「私が留守にしていたばかりに、三浦さんに怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「近田さんが留守にしていたのと、先輩のことは無関係ではありませんか?」

 皆がそれぞれグラスに口をつけ料理を皿取るのを眺めながら、近田さんに聞くと申し訳なさそうに口を開いた。

「普段であれば私が見張っているので問題は無いのですが、あの人は他の住人が自動ドアのロックを開けて中に入った時に、住人の振りをして一緒に中に入った様なんです。……本当に申し訳ありません」
「それで中に入れたんですね」

 このマンションに住み始めてから、今まで一度も怖い思いをしたことが無かったから、このマンションの鍵を持っていない先輩が簡単に入ってくるかもしれないなんて警戒をしていなかった。
 近田さんが留守だったから、先輩はここまで入ってこられたのか。

「そもそも神社で由衣に会えなかったのが悪かったんだ。由衣怖い思いをさせて本当にごめん」

 今度は紺さんがしょんぼりしてしまうけれど、紺さんの言葉を根田さんが遮った。

「それなら悪いのは私だ。皆を呼び出したのは私だからな」
「ええと、根田さんとお呼びしても?」
「ああ、それでいい。私があれの事で皆を呼び出したから、紺は神社を留守にして近田もここから離れた」

 根田さんは他の三人よりだいぶ年上(神様に年上とかあるのか分からないけれど)に感じる。外見は近田さんが年上に見えるけれど、会話した感じは根田さんの方が上の様だ、実際はどうなんだろう。

「先輩の事で、どうして?」
「お前は紺の眷属だろう。力が弱いとはいえ稲荷様の使いである狐の眷属から盗みを働いたのだ、あれの家に長年関わる私がこちらの神に謝罪に来るのは当然だろう。紺達に会ったのはそのついでみたいなものだな」

 謝罪と言いながら、ちょっとそういう風には聞こえないなと顔が引きつるけれど、根田さんが出向いた理由が私が紺さんの眷属扱いだから? らしいから、狐として格上らしい根田さんの言動はこれで正しいのかもしれない。

「そういうことだったんですね」
「そうだ。あの馬鹿の行いを詫びる。由衣、すまなかった」
「え、根田さんに謝られることじゃ」

 私が先輩にされた事で、根田さんが謝るのは何かが違う気がする。
 
「あんなどうしようもない者でも、私がずっと守って来た家の者であるから、本当にどうしようもない馬鹿でも、私には大事な守るべき者だったから」

 過去形で言っているけれど、もう先輩はその対象から外れてしまったのだろうか、ぐいとグラスの中身を呷る根田さんに新たに日本酒を注ぐと、またぐいと呷る。
 あんまり良く無い飲み方だなと思うけれど、そういう気分なのかもしれないと視線を横にずらす。

「……今村さん、ケーキお口に合いましたか?」

 眉間に皺を寄せている根田さんとは対照的に、今村さんはにこにこしてチーズケーキを皿に載せ頬張っていた。

「凄く美味しいです。今朝頂いたお弁当も美味しかったですけれど、このケーキ最高に美味しいので食べることが出来てとてもとても嬉しいです」
「あ、お弁当食べて下さったんですね」
「はいっ。豚カツと千切りキャベツがたっぷり挟んであって、とても美味しいサンドイッチでした。それに一緒に入れて下さったキュウリと人参とパプリカのマリネが、豚カツで脂っこくなっていた口の中をさっぱりとしてくれて、牛乳寒天は甘くてプルプルしていて、本当幸せでした」

 うっとりと感想を話す今村さんの横で、根田さんがぐうとお腹を鳴らした。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)

双葉
キャラ文芸
 キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。  審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

蛇のおよずれ

深山なずな
キャラ文芸
 平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。  ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...