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消えてしまった後で
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「嘘だっ、嘘だ、嘘だ!! 由衣、お前は俺がいないと駄目だろ、俺に好きだと言われたくて必死だった、俺が不味いと言っても飯を作って、酒やツマミ用意してたじゃないか。俺がいつ部屋に行っても嬉しそうにしてたくせに!」
狐に抑え込まれて動けない筈の先輩は、それでも抵抗しようと体を震わせながら大声を上げる。
こんなに大声を出していたら、同じ階に住んでいる人達が何事かと外に出て来そうなのにそれが無いのは何故だろう。もしかして狐たちが何かしているのだろうか。
そう思う程に先輩の声は大きかった。
「俺がカレンと結婚すると言った時、死にそうな顔してたじゃないか。強がるなよ、俺がいないと駄目なんだろ。由衣は俺に愛されたくて仕方なかったんだよな。いつも寂しそうな顔してたじゃないか。俺がいなくても大丈夫なんて無理するなよ、一人でいいなんて言うな。俺が必要だろ、必要だよな!!」
何故先輩はそんなに必死に、縋るみたいに言うんだろう。
私だけと付き合っていたわけじゃないし、私だけ好きだったわけじゃないし、むしろ先輩が私を好きだったのかも怪しいのに。
なぜ今、こんなに必死にしているんだろう。
「親父もおふくろも俺なんてどうでも良かった。弟だけいればそれで、でもお前らは違う。俺の気を惹きたくて必死だった。機嫌が悪い振りをちょっとでもすればご機嫌取りをしてただろ。カレンとのことが不満なら、美紀たちとの事が不満なら由衣一人だけにしてやってもいい。年寄り臭い飯も我慢してやる。それなら良いんだろ!」
何故だろう。縋られている様に聞こえるけれど、ちっとも嬉しくない。
それどころか耳を塞いで、聞こえない振りをしたくなる。
「俺を好きだと言えよ。俺だけ大事だって、そう言えよ! 俺を一人にするなっ、俺を捨てるな!!」
「……好きだなんて、二度と思いません。先輩は私の信頼を裏切った、先輩みたいな人私の人生に必要ないです」
「嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!」
「情けない姿は見苦しいだけな。もういいか」
狐が前足を先輩の額に当てると、先輩は口をぱくぱくと開いているのに声が聞こえなくなってしまった。
「もう十分です。言いたい事は言えました。ありがとうございます」
ぱくぱくと口を開いている先輩は、私の声を聞き一筋の涙を流した。
それが贖罪からの涙では無いだろうことは、今までのやり取りで分かっている。
この人は多分一生変わらない。
私の父が自分の都合で、母のお腹を蹴って早産にさせた挙句、私に初恋の女性の名前を付けた時みたいに。
母が私と兄を連れ実家に戻り、離婚に至った時も謝罪一つしなかった様に。
先輩はきっと父と同じだ。他人が全く理解出来ない、自分だけの都合で私や他の人に自分だけを大事にしろと言い続け、自分が正しいのだと思い込み母を傷付け続けた父と同じ、その本質はきっと一生変わらないクズのままだ。
「分かった。これは神域の私の囲いに送る。改心し心が清められるまで一生外には出られない」
「分かりました。どうぞよろしくお願い致します」
狐に深く頭を下げると、ばさりと大きなしっぽが揺れてその瞬間先輩の姿が消えた。
最後に先輩と視線が合った気がした。
涙の痕が見えたけれど、でもあの涙は謝罪でも後悔でもない、ただこれからの自分を思って流した涙の様に感じてしまった。
「由衣、大丈夫?」
「はい。紺さんこそ大丈夫ですか? 先輩の悪いもの受けて、体は辛くないですか?」
心配そうに私を見上げる紺さんと十和に、しゃがみ込んで視線を近づける。
「体はもう平気、由衣が清めてくれたお陰で助かった。ありがとう」
そう言うと紺さんは、大きな狐よりだいぶ細いしっぽを揺らす。
紺さんのしっぽは、十和よりも細い気がする。大きな狐以外の二匹の狐よりもだいぶしっぽは細いし体も小さい。
「私は何も。そうだ良ければ皆さん中に入りませんか」
大きな狐がさっき、自分が食せるのは供えられた生米と酒と野菜と餅だと言った時、なんだか寂しいと感じてしまった。
大きな狐と会えるのは、これが最後かもしれない。そう感じて、だったら最後に私が作ったものを食べて欲しいとそう思った。
「日本酒まだありますし、私が漬けた梅酒もあります。作り置きで作ったものをツマミに飲むのはどうですか」
断られてしまうだろうか、それを恐れながら早口で言うと狐たちは互いに顔を見合わせて、私の提案に頷いてくれたのだった。
狐に抑え込まれて動けない筈の先輩は、それでも抵抗しようと体を震わせながら大声を上げる。
こんなに大声を出していたら、同じ階に住んでいる人達が何事かと外に出て来そうなのにそれが無いのは何故だろう。もしかして狐たちが何かしているのだろうか。
そう思う程に先輩の声は大きかった。
「俺がカレンと結婚すると言った時、死にそうな顔してたじゃないか。強がるなよ、俺がいないと駄目なんだろ。由衣は俺に愛されたくて仕方なかったんだよな。いつも寂しそうな顔してたじゃないか。俺がいなくても大丈夫なんて無理するなよ、一人でいいなんて言うな。俺が必要だろ、必要だよな!!」
何故先輩はそんなに必死に、縋るみたいに言うんだろう。
私だけと付き合っていたわけじゃないし、私だけ好きだったわけじゃないし、むしろ先輩が私を好きだったのかも怪しいのに。
なぜ今、こんなに必死にしているんだろう。
「親父もおふくろも俺なんてどうでも良かった。弟だけいればそれで、でもお前らは違う。俺の気を惹きたくて必死だった。機嫌が悪い振りをちょっとでもすればご機嫌取りをしてただろ。カレンとのことが不満なら、美紀たちとの事が不満なら由衣一人だけにしてやってもいい。年寄り臭い飯も我慢してやる。それなら良いんだろ!」
何故だろう。縋られている様に聞こえるけれど、ちっとも嬉しくない。
それどころか耳を塞いで、聞こえない振りをしたくなる。
「俺を好きだと言えよ。俺だけ大事だって、そう言えよ! 俺を一人にするなっ、俺を捨てるな!!」
「……好きだなんて、二度と思いません。先輩は私の信頼を裏切った、先輩みたいな人私の人生に必要ないです」
「嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!」
「情けない姿は見苦しいだけな。もういいか」
狐が前足を先輩の額に当てると、先輩は口をぱくぱくと開いているのに声が聞こえなくなってしまった。
「もう十分です。言いたい事は言えました。ありがとうございます」
ぱくぱくと口を開いている先輩は、私の声を聞き一筋の涙を流した。
それが贖罪からの涙では無いだろうことは、今までのやり取りで分かっている。
この人は多分一生変わらない。
私の父が自分の都合で、母のお腹を蹴って早産にさせた挙句、私に初恋の女性の名前を付けた時みたいに。
母が私と兄を連れ実家に戻り、離婚に至った時も謝罪一つしなかった様に。
先輩はきっと父と同じだ。他人が全く理解出来ない、自分だけの都合で私や他の人に自分だけを大事にしろと言い続け、自分が正しいのだと思い込み母を傷付け続けた父と同じ、その本質はきっと一生変わらないクズのままだ。
「分かった。これは神域の私の囲いに送る。改心し心が清められるまで一生外には出られない」
「分かりました。どうぞよろしくお願い致します」
狐に深く頭を下げると、ばさりと大きなしっぽが揺れてその瞬間先輩の姿が消えた。
最後に先輩と視線が合った気がした。
涙の痕が見えたけれど、でもあの涙は謝罪でも後悔でもない、ただこれからの自分を思って流した涙の様に感じてしまった。
「由衣、大丈夫?」
「はい。紺さんこそ大丈夫ですか? 先輩の悪いもの受けて、体は辛くないですか?」
心配そうに私を見上げる紺さんと十和に、しゃがみ込んで視線を近づける。
「体はもう平気、由衣が清めてくれたお陰で助かった。ありがとう」
そう言うと紺さんは、大きな狐よりだいぶ細いしっぽを揺らす。
紺さんのしっぽは、十和よりも細い気がする。大きな狐以外の二匹の狐よりもだいぶしっぽは細いし体も小さい。
「私は何も。そうだ良ければ皆さん中に入りませんか」
大きな狐がさっき、自分が食せるのは供えられた生米と酒と野菜と餅だと言った時、なんだか寂しいと感じてしまった。
大きな狐と会えるのは、これが最後かもしれない。そう感じて、だったら最後に私が作ったものを食べて欲しいとそう思った。
「日本酒まだありますし、私が漬けた梅酒もあります。作り置きで作ったものをツマミに飲むのはどうですか」
断られてしまうだろうか、それを恐れながら早口で言うと狐たちは互いに顔を見合わせて、私の提案に頷いてくれたのだった。
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