おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

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後から考えると馬鹿な行動だったと分かるけど

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 なぜこんなことをしたのか、そう問われたら『衝動的に』としか答えられないと思う。
 この行動は間違いだったと思う。
 だって、自分でもも馬鹿なことしてるって、今もうすでに思っている。

「由衣」

 インターフォンのスピーカーから聞こえて来た先輩の声、私を呼ぶその声を聞いた途端玄関に走り、ドアを開けていた。
 靴箱の上の鍵を掴み部屋着のポケットに入れながらドアチェーンを外し、鍵を開けドアを開いてしまった。

「何しに来たんですか」

 会いたかったから、未練があったから、そんなんじゃない。
 どうやってマンションの中に入って来たのか分からないということは、この人は常識的な行動をしていないって事なのに。
 私は警備会社にも警察にも連絡をしようとしないまま、ドア越しですらなく先輩と対峙しているのだから、自分のことなのに何を考えているのかと思ってしまう。

「由衣、匿ってくれ。家に帰ったら殺される」
「殺される? 先輩のお父さんは暴力を振るう様には思えませんでしたけど、大袈裟に言わないで下さい」

 サンダルを履き、部屋の外に出る。
 この人を部屋に入れるわけにはいかない、それだけの理性は残っていたけれど、私は部屋の鍵を持っていてもスマホは部屋の中だからどこにも電話出来ない。
 叫び声をあげたとして、マンションに住んでいる誰かが出て来てくれる可能性は低いのに、なんで私は外に出てしまったのか。

「殺される! 根田さんは、あの人はそういう人なんだよ! 助けてくれよ、部屋は鍵を取り上げられてもう入れないんだ。由衣、俺の事まだ好きだよな? 今なら結婚してやってもいい、ここ広いし俺を住まわせてくれよっ」
「好きなわけありませんっ。帰って下さい! 私はもう二度とあなたと会いません! 部屋にも住まわせたりするものですか!!」

 根田さんって確か先輩のお父さんが言っていた人だ、どんな人か分からないけれど先輩はその名前を聞いただけで驚いてパニックになりかけていた。
 怖い人、反社会的な人なのかもしれないけれど、先輩のお父さんはその人に先輩を任せる様な事を言っていた。
 先輩が部屋の鍵を誰に取り上げられたのか分からないけれど、同情して部屋に入れるわけにはいかない。

「帰って下さい。絶対に部屋に入れたりしないし、あなたとなんか結婚するわけないでしょ!! 帰って!!」

 今日本当は、先輩とちゃんと話をするつもりだった。
 先輩に裏切られて悲しかった、なぜ貯金箱からお金を盗んだのか、二股して(実際は四股だったけど)罪悪感は無かったのか、私にも花村さんにも悪いと思ってすらいなかったのか。
 そういう話をして、一言でいいから私を裏切っていたことを謝罪して欲しかった。
 だけど、今先輩を前にして、私に謝ることもしないどころか、匿ってくれなんて言いだすその思考にただ呆れてしまうし、こんな人を一時でも好きだと思った自分の見る目のなさに情けなくて仕方ない。

「私、あなたを好きになったこと後悔してます。あなたが最低最悪な人だと見抜けずに、一瞬でも好きになったことも、無駄な時間とお金を使ってしまったことも後悔してるんです!!」

 ドアを開いた理由は、これだった。
 課長と会社が、私達と先輩とのことを片付けてくれても、それが慰謝料という形になっても、モヤモヤとした気持ちが残っていた。
 言いたかった事も言わないまま、他人に終わらせてもらってしまった。
 課長には感謝していても、気持ちが取り残されたままだった。

「最低な人、反省も何も無い。花村さんと二股だったどころか、実は四人とか節操なさすぎですし、どの人にも不誠実だし、本当に最低!! 先輩と付き合ったことに後悔しかないわ!」

 言いたいのはこんなことじゃない。
 でも、言葉が思い浮かばなくて、口から出ていくのは先輩への文句ばかり。
 
「後悔? そんなの俺の方だ! お前みたいな地味で頑固で女としての魅力の欠片もない奴、俺に相手してもらえて感謝されこそすれ、そんな風に言われるとはなっ! お前は俺の言う事大人しく聞いて、俺を匿ってればいいんだよ!」

 情けない顔で私に縋っていた先輩は、私が拒絶した途端態度を変え大声を上げ始める。
 この人のこれが本性なんだ。
 私を下に見て馬鹿にして、自分の思い通りにしようとする。
 これが先輩の本性なんだ。

「言う事なんて聞きません。私は先輩の思い通りになんてならな、ひっ」

 ガンッと両肩を掴まれて、ドアに押し付けられる。

「煩い、煩い、煩いっ!! 口答えするなっ! 大人しく従ってればいいんだよっ。俺を馬鹿にするなっ、親父もおふくろも! お前もあいつらも! なんだよ、俺悪くないだろ!」

 ぐいぐいと体を押されて、肩を掴んだ先輩の手の力強さに恐怖を感じながら「悪くないわけないでしょ!」と負けずに声を上げるけれど、体の震えは止められない。

 紺さん助けて、助けて! 声なんて届く筈ないのに、必死に紺さんに助けを求めてしまう。

「煩い、黙れ!」

 大声を上げ、先輩の右手が上がる。
 打たれる、その恐怖に思わず目を閉じるけれど、衝撃は来なかった。

「うわあああっ」

 ぐんっと風の様な、何かが飛ぶような気配がした途端先輩の手が私の肩から外れた感覚に、恐る恐る目を開けると、床にあおむけに倒れている先輩の上に白い何かが覆いかぶさっているのが見えた。

「え、なに?」

 小柄な、でも十和よりはだいぶ大きな白い何か、それを取り囲む大きな白い三匹……犬? 違うこれは。

「狐?」

 驚く私の声に、三匹は正解とばかりにこちらを見て頷いたのだった。
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