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招かれざる客
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「あれ、留守だったんだ」
しょんぼりとしながらマンションに帰ると、管理人室のドアの前に『本日一日留守にしております』と書かれた張り紙が貼ってあった。
緊急連絡先の電話番号と、警備会社の問い合わせ先も書かれている。
十和のことを聞きたかったけれど近田さんが留守にしているのなら、きっと十和を紺さんのところに連れて行ってくれている筈だ。
「留守かあ、そうかあ」
管理人室の営業時間は夜七時までだからすでに時間は過ぎているのだけど、もし近田さんに会えたら十和の事を聞きながらお酒を渡してしまおうと思っていた。
紺さんと飲もうと、ちょっと良い日本酒を買っていたのだけれど、紺さんには会えなかった。
近田さんも今村さんも、日本酒が好きだと聞いていたから、二人で飲んで貰えたらいいかなと思い直したのだ。
「今日はそういう日か。仕方ないね」
しょんぼりしていた気持ちを更にしょんぼりさせて部屋に帰ると、部屋の鍵を靴箱の上のトレイに、お弁当をキッチンに、日本酒はカウンターにそれぞれ置いてから、鞄を持ったまま寝室に向かう。
「明日はこっちのコートにしようかな。服は……このワンピースかな」
鞄をクローゼットの中の引き出しの上に置き、コートを脱いでハンガーに掛け、着ていた服を脱いで部屋着に着替える。
ブラウスとハンカチとストッキングは洗濯、スカートと上着はあと二、三回着た後で洗濯するからそれぞれハンガーに掛ける。
「鞄は明日もこれでいいか。じゃあ中身の移動は無しと」
通勤鞄として使っているのは三つ、その日の服装に合わせて使い分けているけれど明日は同じ鞄で良いかなと考えてクローゼットの扉を閉める。
「洗濯は明日でいいか。シーツは昨日洗ったばかりだし」
一人だけだと洗濯物が溜まらないから、平日は二、三日に一回のペースで洗濯している。
洗濯物を抱えて寝室を出て、洗濯機の上に置いていた籠の中に放り込む。
「お風呂のお湯溜める前に、まだ時間早いし動画編集しようかな」
洗面台でうがいと手洗いをしてから、薬缶でお湯を沸かし始めキッチンに戻りお弁当箱を洗ってからお茶の用意をし、明日の朝とお弁当用にお米を研いで炊飯器の予約のスィッチを押す。
「明日はおむすびセットにしようかな」
おかずは卵焼きとブロッコリーと小さく焼いて冷凍していたハンバーグにしよう。
人参のラぺもいいかも、これだけ作ってからお茶を飲もう。
「人参、レーズン、蜂蜜にオリーブオイルにお酢」
材料を揃えている間にお湯が沸いたから、ポットに注ぎ薬缶を片付ける。
「千切り千切り、レーズンは大目に入れちゃおう」
人参を洗って皮を剥いてから千切りにしてタッパーに入れ、その上にレーズンを散りばめる。
「ちょっと酸っぱいかな、もう少し蜂蜜いれて、塩胡椒も」
独り言はどうしても多くなりがちだ、一人の部屋に私の声だけが響く。
調味料を和えて、味を見てから最後にレモンを切って絞って追加する。
「明日の朝は美味しく漬かってるかな」
料理を作り始めると、次々何か作りたくなってくる。
お風呂に入ったり、動画の編集したりするより、今私がしたいことって料理みたいだ。
「なんだろ、単純作業がしたいのかな」
人参を千切りするとか、洗い物をするとか、そういうことが今の気持ちに合っているのかもしれない。
お風呂に浸かりぼんやりする時間を作ってしまったら、多分今日のことを考えてしまう。
「もう考えたくないし、考えても仕方ないし」
刻んだ人参の上にドレッシングを掛けて、ざっと和えてからタッパーの蓋を閉めて冷蔵庫にしまう。
洗い物をして、キッチンを片付けて、さて何か作れるものはあるかなと冷蔵庫を再び開いた時だった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
インターフォンが鳴った? いいや今も鳴り続けている。
え、インターフォン? これ、エントランスのところにあるインターフォンの音じゃない?
エントランスのインターフォンは、チャララン、チャラランという音だから聞き間違えじゃないと思う。
「これ、玄関の方……間違い?」
このマンションは一番外のドアとエントランスホールから入る為のガラスの自動ドアがある。
ガラスの自動ドアはオートロックで、居住者が持っている鍵でドアを開くか、部屋の中から操作してドアを開く方法しかない。
宅配便の人やお客が中に入るには、エントランスのインターフォンを鳴らし居住者に自動ドアを開けて貰わないといけない。なのに、今私の部屋の前に付いているインターフォンが鳴っている。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
一体誰がここに? インターフォンのモニターの前に移動し画面を見ても誰も映っていない。エントランスも玄関も、インターフォンの周囲に誰かが立つとその時点で防犯カメラが作動し始めるのに、映っていないということは隠れているとしか思えない。
「誰?」
エントランスの自動ドアをどうやって開けてここまで来たのか、玄関は鍵を閉めているし勿論ドアチェーン(チェーンタイプじゃないけど、その場合なんていうのか分からない)も閉めている。
「近田さん……留守なんだ。どうしよう」
警備会社に連絡? それとも警察? でも部屋を間違えているだけだったら?
「エントランスのドア通って来てるんだし、部屋を間違えてるのかも?」
もしかして酔っ払って、部屋を間違えてるとか? そんなことあるだろうかと思いながら通話ボタンを押すと、スピーカーから聞こえてきたのは、もう二度と会わない筈の人の声だった。
しょんぼりとしながらマンションに帰ると、管理人室のドアの前に『本日一日留守にしております』と書かれた張り紙が貼ってあった。
緊急連絡先の電話番号と、警備会社の問い合わせ先も書かれている。
十和のことを聞きたかったけれど近田さんが留守にしているのなら、きっと十和を紺さんのところに連れて行ってくれている筈だ。
「留守かあ、そうかあ」
管理人室の営業時間は夜七時までだからすでに時間は過ぎているのだけど、もし近田さんに会えたら十和の事を聞きながらお酒を渡してしまおうと思っていた。
紺さんと飲もうと、ちょっと良い日本酒を買っていたのだけれど、紺さんには会えなかった。
近田さんも今村さんも、日本酒が好きだと聞いていたから、二人で飲んで貰えたらいいかなと思い直したのだ。
「今日はそういう日か。仕方ないね」
しょんぼりしていた気持ちを更にしょんぼりさせて部屋に帰ると、部屋の鍵を靴箱の上のトレイに、お弁当をキッチンに、日本酒はカウンターにそれぞれ置いてから、鞄を持ったまま寝室に向かう。
「明日はこっちのコートにしようかな。服は……このワンピースかな」
鞄をクローゼットの中の引き出しの上に置き、コートを脱いでハンガーに掛け、着ていた服を脱いで部屋着に着替える。
ブラウスとハンカチとストッキングは洗濯、スカートと上着はあと二、三回着た後で洗濯するからそれぞれハンガーに掛ける。
「鞄は明日もこれでいいか。じゃあ中身の移動は無しと」
通勤鞄として使っているのは三つ、その日の服装に合わせて使い分けているけれど明日は同じ鞄で良いかなと考えてクローゼットの扉を閉める。
「洗濯は明日でいいか。シーツは昨日洗ったばかりだし」
一人だけだと洗濯物が溜まらないから、平日は二、三日に一回のペースで洗濯している。
洗濯物を抱えて寝室を出て、洗濯機の上に置いていた籠の中に放り込む。
「お風呂のお湯溜める前に、まだ時間早いし動画編集しようかな」
洗面台でうがいと手洗いをしてから、薬缶でお湯を沸かし始めキッチンに戻りお弁当箱を洗ってからお茶の用意をし、明日の朝とお弁当用にお米を研いで炊飯器の予約のスィッチを押す。
「明日はおむすびセットにしようかな」
おかずは卵焼きとブロッコリーと小さく焼いて冷凍していたハンバーグにしよう。
人参のラぺもいいかも、これだけ作ってからお茶を飲もう。
「人参、レーズン、蜂蜜にオリーブオイルにお酢」
材料を揃えている間にお湯が沸いたから、ポットに注ぎ薬缶を片付ける。
「千切り千切り、レーズンは大目に入れちゃおう」
人参を洗って皮を剥いてから千切りにしてタッパーに入れ、その上にレーズンを散りばめる。
「ちょっと酸っぱいかな、もう少し蜂蜜いれて、塩胡椒も」
独り言はどうしても多くなりがちだ、一人の部屋に私の声だけが響く。
調味料を和えて、味を見てから最後にレモンを切って絞って追加する。
「明日の朝は美味しく漬かってるかな」
料理を作り始めると、次々何か作りたくなってくる。
お風呂に入ったり、動画の編集したりするより、今私がしたいことって料理みたいだ。
「なんだろ、単純作業がしたいのかな」
人参を千切りするとか、洗い物をするとか、そういうことが今の気持ちに合っているのかもしれない。
お風呂に浸かりぼんやりする時間を作ってしまったら、多分今日のことを考えてしまう。
「もう考えたくないし、考えても仕方ないし」
刻んだ人参の上にドレッシングを掛けて、ざっと和えてからタッパーの蓋を閉めて冷蔵庫にしまう。
洗い物をして、キッチンを片付けて、さて何か作れるものはあるかなと冷蔵庫を再び開いた時だった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
インターフォンが鳴った? いいや今も鳴り続けている。
え、インターフォン? これ、エントランスのところにあるインターフォンの音じゃない?
エントランスのインターフォンは、チャララン、チャラランという音だから聞き間違えじゃないと思う。
「これ、玄関の方……間違い?」
このマンションは一番外のドアとエントランスホールから入る為のガラスの自動ドアがある。
ガラスの自動ドアはオートロックで、居住者が持っている鍵でドアを開くか、部屋の中から操作してドアを開く方法しかない。
宅配便の人やお客が中に入るには、エントランスのインターフォンを鳴らし居住者に自動ドアを開けて貰わないといけない。なのに、今私の部屋の前に付いているインターフォンが鳴っている。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
一体誰がここに? インターフォンのモニターの前に移動し画面を見ても誰も映っていない。エントランスも玄関も、インターフォンの周囲に誰かが立つとその時点で防犯カメラが作動し始めるのに、映っていないということは隠れているとしか思えない。
「誰?」
エントランスの自動ドアをどうやって開けてここまで来たのか、玄関は鍵を閉めているし勿論ドアチェーン(チェーンタイプじゃないけど、その場合なんていうのか分からない)も閉めている。
「近田さん……留守なんだ。どうしよう」
警備会社に連絡? それとも警察? でも部屋を間違えているだけだったら?
「エントランスのドア通って来てるんだし、部屋を間違えてるのかも?」
もしかして酔っ払って、部屋を間違えてるとか? そんなことあるだろうかと思いながら通話ボタンを押すと、スピーカーから聞こえてきたのは、もう二度と会わない筈の人の声だった。
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