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一人で帰るのは寂しいものなんだ2
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「あれ? 灯り、ついてない」
泣きたいのとも怒りとも違う、訳の分からない感情を胸に抱きながら地下鉄に乗り住んでいる街まで戻って来た私は、商店街の酒屋さんで日本酒を買い、人気の無い道を神社に向かい歩いた。
心身共に疲れ果てすでに夜中の様な気がしているけれど、居酒屋にいた時間は二時間程だからまだまだ夜はこれからだから、駅近くの商店街はそれなりに人通りがあったけれど、商店街を抜けた後は今まで歩いていた人達はどこへ行ったのかと思う程急に人気が無くなる。
神社に向かう道を歩く私の靴音が妙に響いている様に感じながら、紺さんに話を聞いて貰うためだけに一人歩いていたというのに、いざ神社に辿りついてみると赤い鳥居が続く参道は真っ暗だった。
金曜日のあの夜、ぽつりぽつりと置かれた小さな石の灯籠の青白い灯り、長い参道に延々と置かれた赤い鳥居を照らしていたあの灯りが一つもない。
「どうして」
紺さんは、自分が居る時は灯りが点いていると言っていた。
そう私に言ったということは、いつも紺さんが神社にいるわけでは無いということだ。
それでも、昨日紺さんに今日先輩と話をした結果を報告すると約束していたから、居てくれるものだと思い込んでいた。
「用事が出来たのかな」
十和はどうしているだろう。
紺さんがいつもいるあの社務所に行けば紺さんは兎も角十和はいるのだろうか、そう思いはしても灯りのない参道の月の光だけで薄ぼんやり見える鳥居は何だが私を拒絶している様に見えて、足を踏み入れる事が出来なかった。
「もう終わったことだし、急ぐ話でもないし」
酒瓶を抱える手、左手首のお守りを見つめる。
絶対に今日話を聞いて貰う必要は無いし、紺さんだって自分の用事は色々あるのだから私の都合を優先して欲しいなんて思うのはおかしな話だ。
それでも、左手首のお守りと紺さんに話を聞いて貰うことだけを心の励みに先輩と対峙していたから、どうしても気落ちしてしまうのは否めない。
「帰ろ」
自分の都合で勝手に期待して、そうならなかったからと落ち込んでしまっている自分が嫌だと思いながら、急に手に負担を感じた酒瓶の重みに、どれだけ紺さんに会いたかったのかと笑ってしまう。
参道に灯りが点いていて、その灯りを辿って行った先で紺さんが私を待っていてくれる。
それを当然の様に信じていたのだ。
「明日はいるかもしれない、そしたら紺さんに今日の事を報告して、一緒にお酒飲もう」
未練がましく灯りの点いていない参道を見て、シンと静まり返っている様子にため息を吐きマンションに向かい歩き始める。
夜だから暗くて当たり前だというのに、参道に足を踏み入れることすら拒絶されている様な、入ってはいけないと言われている様な気がして、追われる様に歩みを早める。
「気持ちを切り替えて明日からまた頑張らないとね」
出社したら課長に今日のお礼を言って、先輩の退職で色々噂が出るかもしれないけれど冷静に仕事をする。
実家の都合で急に退職、私達三人は何も話を聞いていない。勿論付き合っていたなんて話は絶対にしない。
それが会社からお金を支払われる条件だ。
私達は先輩とは仕事以外の関りは何も無かった。誰かに訪ねられてもそう徹底する旨を誓約書に記されていた。
私達が誓約書通り黙っていれば、先輩の噂なんてすぐに無くなってしまうだろう。
花村さんは私達の事を知らないらしく、課長や会社の上の方々も花村さんに私達のことは話していないらしい。
表面上は、先輩と関りがあったのは花村さんだけとされている。
不思議なことに、花村さん以外は先輩と付き合っていたことを社内の誰にも話をしていなかった。
付き合っている彼と同棲するかもと、神田さんは美紀ちゃんに話をしていたけれど相手が先輩だとは言っていなかったそうだ。
一緒に仕事をしているのに、付き合っていると周囲にバレたら仕事に差し障りが出るかもしれないし、下手すると部署を移動させられるかもしれないから内緒にしておこう。先輩はそう言って二人の口を塞いでいたのだそうだ。
私にも似たようなことを言っていたから、先輩は私達三人が互いに誰と付き合っているかを間違っても話をしない様に念押ししていたのかもしれない。
そういう意味では先輩は、上手く私達を操っていた。
私も神田さんも美紀ちゃんも、花村さんのことすら気が付いていなかったし、私達と三人が先輩と付き合っていたなんて想像すらしていなかったし、自分こそが唯一の彼女だと思う程度にそれぞれと付き合っていたのだから、先輩は結婚詐欺師として優秀だったのかもしれない。
「結婚詐欺師として優秀って変な言い方」
自分で自分の考えに笑い、その笑い声が周囲に響いてビクリと体を震わせる。
思わず周囲に視線を彷徨わせ、人気の無さに安心するやら不安になるやらだ。
仕事で終電で帰ることだってあるし、夜中にコンビニに行くことだってあるのに、人気のない道を一人歩くのが不安に感じるなんておかしい気がするけれど、ざわざわと心が泡立つ。
灯りの点いてない参道、それが不意に頭の中に蘇った。
この街に住む様になって、何度も何度も神社の前を歩いたのに、どうして拒絶されている様に感じたのか分からない。
早く帰ろう、家に帰ろう。
一人歩く道は遠い、コツコツと響く足音、その音に余計に一人だと感じてしまう。
帰ろう、早く家に。
家に戻って、扉を閉めて、そして朝を待つ。
明るくなれば変わるから、朝になれば変わるから。
一人で歩く道は寂しくて、響く足音が何故が怖くて、私は何かから逃げる様に一人歩き続けていた。
泣きたいのとも怒りとも違う、訳の分からない感情を胸に抱きながら地下鉄に乗り住んでいる街まで戻って来た私は、商店街の酒屋さんで日本酒を買い、人気の無い道を神社に向かい歩いた。
心身共に疲れ果てすでに夜中の様な気がしているけれど、居酒屋にいた時間は二時間程だからまだまだ夜はこれからだから、駅近くの商店街はそれなりに人通りがあったけれど、商店街を抜けた後は今まで歩いていた人達はどこへ行ったのかと思う程急に人気が無くなる。
神社に向かう道を歩く私の靴音が妙に響いている様に感じながら、紺さんに話を聞いて貰うためだけに一人歩いていたというのに、いざ神社に辿りついてみると赤い鳥居が続く参道は真っ暗だった。
金曜日のあの夜、ぽつりぽつりと置かれた小さな石の灯籠の青白い灯り、長い参道に延々と置かれた赤い鳥居を照らしていたあの灯りが一つもない。
「どうして」
紺さんは、自分が居る時は灯りが点いていると言っていた。
そう私に言ったということは、いつも紺さんが神社にいるわけでは無いということだ。
それでも、昨日紺さんに今日先輩と話をした結果を報告すると約束していたから、居てくれるものだと思い込んでいた。
「用事が出来たのかな」
十和はどうしているだろう。
紺さんがいつもいるあの社務所に行けば紺さんは兎も角十和はいるのだろうか、そう思いはしても灯りのない参道の月の光だけで薄ぼんやり見える鳥居は何だが私を拒絶している様に見えて、足を踏み入れる事が出来なかった。
「もう終わったことだし、急ぐ話でもないし」
酒瓶を抱える手、左手首のお守りを見つめる。
絶対に今日話を聞いて貰う必要は無いし、紺さんだって自分の用事は色々あるのだから私の都合を優先して欲しいなんて思うのはおかしな話だ。
それでも、左手首のお守りと紺さんに話を聞いて貰うことだけを心の励みに先輩と対峙していたから、どうしても気落ちしてしまうのは否めない。
「帰ろ」
自分の都合で勝手に期待して、そうならなかったからと落ち込んでしまっている自分が嫌だと思いながら、急に手に負担を感じた酒瓶の重みに、どれだけ紺さんに会いたかったのかと笑ってしまう。
参道に灯りが点いていて、その灯りを辿って行った先で紺さんが私を待っていてくれる。
それを当然の様に信じていたのだ。
「明日はいるかもしれない、そしたら紺さんに今日の事を報告して、一緒にお酒飲もう」
未練がましく灯りの点いていない参道を見て、シンと静まり返っている様子にため息を吐きマンションに向かい歩き始める。
夜だから暗くて当たり前だというのに、参道に足を踏み入れることすら拒絶されている様な、入ってはいけないと言われている様な気がして、追われる様に歩みを早める。
「気持ちを切り替えて明日からまた頑張らないとね」
出社したら課長に今日のお礼を言って、先輩の退職で色々噂が出るかもしれないけれど冷静に仕事をする。
実家の都合で急に退職、私達三人は何も話を聞いていない。勿論付き合っていたなんて話は絶対にしない。
それが会社からお金を支払われる条件だ。
私達は先輩とは仕事以外の関りは何も無かった。誰かに訪ねられてもそう徹底する旨を誓約書に記されていた。
私達が誓約書通り黙っていれば、先輩の噂なんてすぐに無くなってしまうだろう。
花村さんは私達の事を知らないらしく、課長や会社の上の方々も花村さんに私達のことは話していないらしい。
表面上は、先輩と関りがあったのは花村さんだけとされている。
不思議なことに、花村さん以外は先輩と付き合っていたことを社内の誰にも話をしていなかった。
付き合っている彼と同棲するかもと、神田さんは美紀ちゃんに話をしていたけれど相手が先輩だとは言っていなかったそうだ。
一緒に仕事をしているのに、付き合っていると周囲にバレたら仕事に差し障りが出るかもしれないし、下手すると部署を移動させられるかもしれないから内緒にしておこう。先輩はそう言って二人の口を塞いでいたのだそうだ。
私にも似たようなことを言っていたから、先輩は私達三人が互いに誰と付き合っているかを間違っても話をしない様に念押ししていたのかもしれない。
そういう意味では先輩は、上手く私達を操っていた。
私も神田さんも美紀ちゃんも、花村さんのことすら気が付いていなかったし、私達と三人が先輩と付き合っていたなんて想像すらしていなかったし、自分こそが唯一の彼女だと思う程度にそれぞれと付き合っていたのだから、先輩は結婚詐欺師として優秀だったのかもしれない。
「結婚詐欺師として優秀って変な言い方」
自分で自分の考えに笑い、その笑い声が周囲に響いてビクリと体を震わせる。
思わず周囲に視線を彷徨わせ、人気の無さに安心するやら不安になるやらだ。
仕事で終電で帰ることだってあるし、夜中にコンビニに行くことだってあるのに、人気のない道を一人歩くのが不安に感じるなんておかしい気がするけれど、ざわざわと心が泡立つ。
灯りの点いてない参道、それが不意に頭の中に蘇った。
この街に住む様になって、何度も何度も神社の前を歩いたのに、どうして拒絶されている様に感じたのか分からない。
早く帰ろう、家に帰ろう。
一人歩く道は遠い、コツコツと響く足音、その音に余計に一人だと感じてしまう。
帰ろう、早く家に。
家に戻って、扉を閉めて、そして朝を待つ。
明るくなれば変わるから、朝になれば変わるから。
一人で歩く道は寂しくて、響く足音が何故が怖くて、私は何かから逃げる様に一人歩き続けていた。
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