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断罪の後で2
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「私、料理あんまり得意じゃなくて、でも透さんが部屋に来てくれた時に食べたいって言ったものを作ってあげたくって、料理教室に通って頑張ってたけどそれでも上手に作れなくって、美紀は駄目だなあっていつも言われてた」
美紀ちゃんの告白に、段ボールから紙を取り出そうとしていた私の手が止まる。
落ち着いてと息を吐き、止まってしまった手を動かす。
「映えないし、こんなんじゃコンビニの弁当の方が良かったと言われちゃうことも多かったの。作り終わった後で食べる気が無くなったから、コンビニ行ってあれ買ってこい。ビールが冷えてないなんて信じられないとか、献立の品数が少ないとか、デザートが無いとか、何時も駄目だしされてたなあ」
自分が言われていた言葉が美紀ちゃんの口から次々出て来て、その度に私の心臓がギュッと掴まれた様な息苦しさを感じる。
「折角作ったのに、感謝なんてしてもらえなくて良いの、ただ美味しいって言って欲しかっただけなのに。一度も言って貰えなかった。だから私駄目なんだなあって、もっともっと頑張らなくちゃって思ってた」
美紀ちゃんの声が資料室の中に響く、美紀ちゃんの声なのに私の声なんじゃないかって、私が話しているんじゃないかって錯覚しそうな程私と美紀ちゃんが先輩にされていたことは同じだ。
「……三浦さんは素直で可愛いって言ってた。美紀のことだって褒めてたわ。私それを聞くのが辛かった」
「え」
「神田さん?」
落ち着こうと深呼吸を繰り返しながら手を動かしていたのに、突然の神田さんの告白にまた手が止まる。
「私、素直になれないの。お前は可愛くないって母からも言われて育ったくらい、コンプレックスなのよ」
「コンプレックス」
「あの人自身がコンプレックスの塊だから、そういうのを察するのが上手いのよ」
先輩っていつも自信があって堂々としてる印象しかなかったから、コンプレックスの塊なんて言われてもピンとこないけれど、神田さんは何か知っているのかもしれない。
何せ私は先輩の事を知らなすぎた。
彼が一人暮らしだってことすら知らなかった、いいや先輩の家族と住んでいるという言葉を信じていたからそれを疑いもしなかった。
「普段はそういうの見せないわよ、プライド高い人だからね。自分の弱みは見せないで、人のコンプレックスを刺激して上に立とうとするの。そういうところが苦手だったけれど、一度彼が飲み会で泥酔して私が介抱した時に『親は弟だけいればいいんだ』って言い出してね」
「弟、そういえば一つ下の弟さんがいるって聞いたことあります」
美紀ちゃんが神田さんにそう言っているけれど、私は先輩の家族構成すら知らなかったと今気が付いた。
私、自分の父のことがあるから、家族の話とか世間話程度にも出さない様にしていたけれど、先輩からも家族の話を聞いた事はなかった。
「そうよ一つ下の優秀な弟、それが彼のコンプレックスの理由なの。小さいころから弟さんは優秀で比べられて育ったらしいわ。弟さんは実家の会社に入って彼は会社の取引先であるこの会社に入社させられた。それを彼は親から見限られたって思ったみたいね」
それってつまり、先輩は縁故採用ってことなのか。
この会社、私が入社試験を受けた時結構な就活倍率だったのに、先輩は縁故採用だったのか。
「この会社に縁故で入ったってこと?」
「そうよ。彼は最初私にも皆にも必死に隠そうとしてたけど、同期入社した人達は研修の時に皆気が付いてたわ。新人研修の時に入社試験や面接の話しても、彼何も覚えてないって言うんだもの。一次面接に人事部長が居たのにあれを覚えてないってあり得ないでしょ。つまり受けてないのよ入社試験も面接もね」
「人事部長の顔、インパクトあるものね。私面接の時心臓止まりそうだったなあ」
入社試験の面接は、一次と二次があって一次面接は五人程一緒に受ける集団面接だった。
私の時は、一次面接の面接官が人事部長と副部長の二人だった。
人事部長は体がとても大きくて、お顔の迫力が凄い人だ。
話をしてみるととても優しい穏やかな人だと分かるけれど、ただでさえ緊張する面接、部屋に入った時視界に飛び込んでくる人事部長のお顔はとても心臓に良く無い。
何もしていないのに謝罪して逃げたくなる見た目なのだから、あの方を覚えていないはあり得ないと思う。
ちなみに副部長は、人事部長の半分くらいしか無いんじゃないかという程小柄で、スキンヘッドがチャームポイントだと言い切るお茶目な人だけれど、部長と並んだ時のインパクトはそれなりにあるだろうから副部長の事を覚えていないというのもあり得ないと思うのに、先輩はそれを覚えていないとごまかした。
縁故入社が悪いとは思わないけれど、先輩には隠したいことだったのだろう。
「まあ、私に一度その話をしてからは私には堂々と言ってたけれどね『親父に勝手に就職先を決められた、俺はこんなところに入るつもりは無かった』ってね。私はかなり努力してこの会社に入ったから、それ聞いた時は顔が引きつったわ」
「先輩は不本意だったんですね」
「そう、弟は実家が経営している会社に入ったのに、自分は入れて貰えなかったって拗ねてたわ」
弟さんだけ会社に入れた理由が分からないけれど、他の会社で経験を積ませるというのは良く聞く話だ。
先輩のお父さんもそういう意図があったんじゃないかと思うけれど、先輩はそう思ってはいなかったのだろう。
「拗ねてたんですか」
「そうよ。拗ねて自分は親から見捨てられたなんて言うから、絆されちゃったのよね。私が側にいなくちゃって」
神田さんは「馬鹿よね。私だけに弱いところ見せてくれたって思っちゃったのよ」と、笑いながら肩を落としたのだった。
美紀ちゃんの告白に、段ボールから紙を取り出そうとしていた私の手が止まる。
落ち着いてと息を吐き、止まってしまった手を動かす。
「映えないし、こんなんじゃコンビニの弁当の方が良かったと言われちゃうことも多かったの。作り終わった後で食べる気が無くなったから、コンビニ行ってあれ買ってこい。ビールが冷えてないなんて信じられないとか、献立の品数が少ないとか、デザートが無いとか、何時も駄目だしされてたなあ」
自分が言われていた言葉が美紀ちゃんの口から次々出て来て、その度に私の心臓がギュッと掴まれた様な息苦しさを感じる。
「折角作ったのに、感謝なんてしてもらえなくて良いの、ただ美味しいって言って欲しかっただけなのに。一度も言って貰えなかった。だから私駄目なんだなあって、もっともっと頑張らなくちゃって思ってた」
美紀ちゃんの声が資料室の中に響く、美紀ちゃんの声なのに私の声なんじゃないかって、私が話しているんじゃないかって錯覚しそうな程私と美紀ちゃんが先輩にされていたことは同じだ。
「……三浦さんは素直で可愛いって言ってた。美紀のことだって褒めてたわ。私それを聞くのが辛かった」
「え」
「神田さん?」
落ち着こうと深呼吸を繰り返しながら手を動かしていたのに、突然の神田さんの告白にまた手が止まる。
「私、素直になれないの。お前は可愛くないって母からも言われて育ったくらい、コンプレックスなのよ」
「コンプレックス」
「あの人自身がコンプレックスの塊だから、そういうのを察するのが上手いのよ」
先輩っていつも自信があって堂々としてる印象しかなかったから、コンプレックスの塊なんて言われてもピンとこないけれど、神田さんは何か知っているのかもしれない。
何せ私は先輩の事を知らなすぎた。
彼が一人暮らしだってことすら知らなかった、いいや先輩の家族と住んでいるという言葉を信じていたからそれを疑いもしなかった。
「普段はそういうの見せないわよ、プライド高い人だからね。自分の弱みは見せないで、人のコンプレックスを刺激して上に立とうとするの。そういうところが苦手だったけれど、一度彼が飲み会で泥酔して私が介抱した時に『親は弟だけいればいいんだ』って言い出してね」
「弟、そういえば一つ下の弟さんがいるって聞いたことあります」
美紀ちゃんが神田さんにそう言っているけれど、私は先輩の家族構成すら知らなかったと今気が付いた。
私、自分の父のことがあるから、家族の話とか世間話程度にも出さない様にしていたけれど、先輩からも家族の話を聞いた事はなかった。
「そうよ一つ下の優秀な弟、それが彼のコンプレックスの理由なの。小さいころから弟さんは優秀で比べられて育ったらしいわ。弟さんは実家の会社に入って彼は会社の取引先であるこの会社に入社させられた。それを彼は親から見限られたって思ったみたいね」
それってつまり、先輩は縁故採用ってことなのか。
この会社、私が入社試験を受けた時結構な就活倍率だったのに、先輩は縁故採用だったのか。
「この会社に縁故で入ったってこと?」
「そうよ。彼は最初私にも皆にも必死に隠そうとしてたけど、同期入社した人達は研修の時に皆気が付いてたわ。新人研修の時に入社試験や面接の話しても、彼何も覚えてないって言うんだもの。一次面接に人事部長が居たのにあれを覚えてないってあり得ないでしょ。つまり受けてないのよ入社試験も面接もね」
「人事部長の顔、インパクトあるものね。私面接の時心臓止まりそうだったなあ」
入社試験の面接は、一次と二次があって一次面接は五人程一緒に受ける集団面接だった。
私の時は、一次面接の面接官が人事部長と副部長の二人だった。
人事部長は体がとても大きくて、お顔の迫力が凄い人だ。
話をしてみるととても優しい穏やかな人だと分かるけれど、ただでさえ緊張する面接、部屋に入った時視界に飛び込んでくる人事部長のお顔はとても心臓に良く無い。
何もしていないのに謝罪して逃げたくなる見た目なのだから、あの方を覚えていないはあり得ないと思う。
ちなみに副部長は、人事部長の半分くらいしか無いんじゃないかという程小柄で、スキンヘッドがチャームポイントだと言い切るお茶目な人だけれど、部長と並んだ時のインパクトはそれなりにあるだろうから副部長の事を覚えていないというのもあり得ないと思うのに、先輩はそれを覚えていないとごまかした。
縁故入社が悪いとは思わないけれど、先輩には隠したいことだったのだろう。
「まあ、私に一度その話をしてからは私には堂々と言ってたけれどね『親父に勝手に就職先を決められた、俺はこんなところに入るつもりは無かった』ってね。私はかなり努力してこの会社に入ったから、それ聞いた時は顔が引きつったわ」
「先輩は不本意だったんですね」
「そう、弟は実家が経営している会社に入ったのに、自分は入れて貰えなかったって拗ねてたわ」
弟さんだけ会社に入れた理由が分からないけれど、他の会社で経験を積ませるというのは良く聞く話だ。
先輩のお父さんもそういう意図があったんじゃないかと思うけれど、先輩はそう思ってはいなかったのだろう。
「拗ねてたんですか」
「そうよ。拗ねて自分は親から見捨てられたなんて言うから、絆されちゃったのよね。私が側にいなくちゃって」
神田さんは「馬鹿よね。私だけに弱いところ見せてくれたって思っちゃったのよ」と、笑いながら肩を落としたのだった。
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