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断罪の後で1
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私、何やってるんだろう。
先輩とのお話し合いの後、私達が課長に連れられてやって来たのは資料室だった。
蛍光灯の明かりがあっても何となく薄暗く感じる書類棚だらけの資料室、その部屋の奥に来た私達は数台のシュレッダーとその付近に山積みになった段ボールを背にした課長に「就業までシュレッダーかけを頼みたいんだ」と指示を受けた。
ペーパーレス化が進んでいるけれど、過去の資料は紙で大量に残っている。保存不要なものも多いけれど残して置かないといけないものもあるらしく、そういうものはスキャンしデータ化後紙は廃棄と決まった。
各部署でデータ化はすでに完了し、残っているのは紙の廃棄作業だ。社外秘なものが多いから、安易に資源ごみにも出来ないので、シュレッダーに掛けるというひと手間が必要なのだそうだ。
私達三人とも急ぎの仕事が無いとしっかり把握したらしい課長は、私達に指示すると忙しそうに足早に去って行ってしまった。
これから先輩の件について、上と話をするのかもしれないし、勿論仕事もあるのだろう。
課長、普段から忙しいのに私達の問題に巻き込んで申し訳なかったな。
反省しつつ右に美紀ちゃん、左に神田さん、その間に挟まれて黙々とシュレッダーを掛けていると私何やってるんだろうと、ぼんやりしてしまった。
ガガガッと紙がシュレッダーに引き込まれていく音、ガサガサと段ボールから紙を数枚取り出して、またガガガッとシュレッダーに紙を掛けていく。その繰り返し、会話もなく三人でそれを繰り返しているその理由の先輩のさっきの姿を思い出し、フッと笑ってしまった。
「なにがおかしいの」
不機嫌そうな神田さんの声に、私は左を見ると声だけでなく顔も不機嫌そのものに見えた。
「いえ、何か」
「何か? なに?」
「……先輩、普段会社で落ち着いた感じなのに、さっきの慌てっぷり、それを思い出したら何だかおかしくて」
言いながら笑ってしまう。
「情けないなあって」
「笑えるの? もう笑い話に出来るの」
笑いながら言う私に、神田さんは怒りの目を向けながらバンッとシュレッダーを叩く。
「笑い話にするしかないじゃないですか、あんな酷い人好きだと思ってたなんて、見る目なさすぎでしたよね」
「でもっ! もしかしたら何か理由が」
「理由? 花村さんと私と美紀ちゃんと神田さんと同時に付き合わなきゃいけない理由って、そんなものあると思いますか?」
言葉にすると本当に酷い。
「子供が出来たから花村さんと結婚を決めて、部の皆にお祝いの会を開いて貰って、その夜に先輩うちに来て自分が結婚してからも上手くやって行こうって言ったんですよ。勿論断りましたけどね。上手くやって行こうって、人を馬鹿にし過ぎです」
「そ、そん……。本当にあなたの家に?」
「ええ。でも子供は出来てなくて、花村さんと結婚しないとか慰謝料請求するとか言い出して、何なんですかね」
先輩が金曜日の夜私の家に来ていたのがショックだったのか、神田さんは眉間に皺を寄せ私を睨むように見ながらまたシュレッダーを叩いた。
「何なんですかねって、そんなの分かるわけないでしょ! 分からないわよ、分かるわけないでしょ」
「そうですよね」
ガガガとまたシュレッダーに紙を掛ける作業に戻りながら、先輩の気持ちも事情も私に分かるわけないし分かりたくもないと、心の中で呟く。
「三浦さんはきっと、本気で好きだったわけじゃないのよ。だからそんなに冷静でいられるのよ」
「冷静になってるかどうか分かりませんけど、休みの間に気持ちの整理は殆ど出来ていたから、ちょっとはマシになったのかもしれません」
神田さんは、多分先輩のことをついさっきまで信じてたんだと思う。
花村さんが妊娠したから結婚するけれど、自分と同棲するつもりだった気持ちは嘘じゃないと、そう信じていたのかもしれない。
「気持ちの整理」
「そうです。だって私金庫の場所なんて先輩に言ったこと無かったし、クローゼットの中も見せたことないんですよ。そこに私以外の指紋がついていたのを見た時のショック、分かります? ほら、見てくださいベタベタ指紋だらけ、私金庫開けた後絶対に指紋を拭き取るんです」
スマホをポケットから取り出し写真を見せると、神田さんは「他の人かも」と言うから、首を横に振る。
「これを見るまで、私は先輩以外誰も部屋に入れていないんです」
「それじゃ、本当に?」
「ええ、先輩は私が日々貯めていた五百円玉貯金を盗み続けただけじゃ足りなくて、私が部屋を留守にしている間部屋を物色して、クローゼットの中の金庫を開けようとしたんです」
「そんな、でも留守って?」
美紀ちゃんが首を傾げる。
部屋に人を招いて、自分だけ留守にする。そんな状況が想像出来ないんだろう。
「先輩の好きなお菓子とかお酒とか、そういうのはいつも用意してたの。でも、今日はビールの気分じゃ無いとか、アイスやプリンが食べたいとか言われることが多くて、コンビニに買い物に行くことがよくあったの。その間に先輩は部屋の中物色したり貯金箱からお金を盗んだりしてたんでしょうね」
それに気が付かずに、先輩の希望を叶えようといそいそ買い物に行ってたのよ、そう自嘲気味に言うと「私もしてた」と美紀ちゃんが俯いてしまったのだった。
先輩とのお話し合いの後、私達が課長に連れられてやって来たのは資料室だった。
蛍光灯の明かりがあっても何となく薄暗く感じる書類棚だらけの資料室、その部屋の奥に来た私達は数台のシュレッダーとその付近に山積みになった段ボールを背にした課長に「就業までシュレッダーかけを頼みたいんだ」と指示を受けた。
ペーパーレス化が進んでいるけれど、過去の資料は紙で大量に残っている。保存不要なものも多いけれど残して置かないといけないものもあるらしく、そういうものはスキャンしデータ化後紙は廃棄と決まった。
各部署でデータ化はすでに完了し、残っているのは紙の廃棄作業だ。社外秘なものが多いから、安易に資源ごみにも出来ないので、シュレッダーに掛けるというひと手間が必要なのだそうだ。
私達三人とも急ぎの仕事が無いとしっかり把握したらしい課長は、私達に指示すると忙しそうに足早に去って行ってしまった。
これから先輩の件について、上と話をするのかもしれないし、勿論仕事もあるのだろう。
課長、普段から忙しいのに私達の問題に巻き込んで申し訳なかったな。
反省しつつ右に美紀ちゃん、左に神田さん、その間に挟まれて黙々とシュレッダーを掛けていると私何やってるんだろうと、ぼんやりしてしまった。
ガガガッと紙がシュレッダーに引き込まれていく音、ガサガサと段ボールから紙を数枚取り出して、またガガガッとシュレッダーに紙を掛けていく。その繰り返し、会話もなく三人でそれを繰り返しているその理由の先輩のさっきの姿を思い出し、フッと笑ってしまった。
「なにがおかしいの」
不機嫌そうな神田さんの声に、私は左を見ると声だけでなく顔も不機嫌そのものに見えた。
「いえ、何か」
「何か? なに?」
「……先輩、普段会社で落ち着いた感じなのに、さっきの慌てっぷり、それを思い出したら何だかおかしくて」
言いながら笑ってしまう。
「情けないなあって」
「笑えるの? もう笑い話に出来るの」
笑いながら言う私に、神田さんは怒りの目を向けながらバンッとシュレッダーを叩く。
「笑い話にするしかないじゃないですか、あんな酷い人好きだと思ってたなんて、見る目なさすぎでしたよね」
「でもっ! もしかしたら何か理由が」
「理由? 花村さんと私と美紀ちゃんと神田さんと同時に付き合わなきゃいけない理由って、そんなものあると思いますか?」
言葉にすると本当に酷い。
「子供が出来たから花村さんと結婚を決めて、部の皆にお祝いの会を開いて貰って、その夜に先輩うちに来て自分が結婚してからも上手くやって行こうって言ったんですよ。勿論断りましたけどね。上手くやって行こうって、人を馬鹿にし過ぎです」
「そ、そん……。本当にあなたの家に?」
「ええ。でも子供は出来てなくて、花村さんと結婚しないとか慰謝料請求するとか言い出して、何なんですかね」
先輩が金曜日の夜私の家に来ていたのがショックだったのか、神田さんは眉間に皺を寄せ私を睨むように見ながらまたシュレッダーを叩いた。
「何なんですかねって、そんなの分かるわけないでしょ! 分からないわよ、分かるわけないでしょ」
「そうですよね」
ガガガとまたシュレッダーに紙を掛ける作業に戻りながら、先輩の気持ちも事情も私に分かるわけないし分かりたくもないと、心の中で呟く。
「三浦さんはきっと、本気で好きだったわけじゃないのよ。だからそんなに冷静でいられるのよ」
「冷静になってるかどうか分かりませんけど、休みの間に気持ちの整理は殆ど出来ていたから、ちょっとはマシになったのかもしれません」
神田さんは、多分先輩のことをついさっきまで信じてたんだと思う。
花村さんが妊娠したから結婚するけれど、自分と同棲するつもりだった気持ちは嘘じゃないと、そう信じていたのかもしれない。
「気持ちの整理」
「そうです。だって私金庫の場所なんて先輩に言ったこと無かったし、クローゼットの中も見せたことないんですよ。そこに私以外の指紋がついていたのを見た時のショック、分かります? ほら、見てくださいベタベタ指紋だらけ、私金庫開けた後絶対に指紋を拭き取るんです」
スマホをポケットから取り出し写真を見せると、神田さんは「他の人かも」と言うから、首を横に振る。
「これを見るまで、私は先輩以外誰も部屋に入れていないんです」
「それじゃ、本当に?」
「ええ、先輩は私が日々貯めていた五百円玉貯金を盗み続けただけじゃ足りなくて、私が部屋を留守にしている間部屋を物色して、クローゼットの中の金庫を開けようとしたんです」
「そんな、でも留守って?」
美紀ちゃんが首を傾げる。
部屋に人を招いて、自分だけ留守にする。そんな状況が想像出来ないんだろう。
「先輩の好きなお菓子とかお酒とか、そういうのはいつも用意してたの。でも、今日はビールの気分じゃ無いとか、アイスやプリンが食べたいとか言われることが多くて、コンビニに買い物に行くことがよくあったの。その間に先輩は部屋の中物色したり貯金箱からお金を盗んだりしてたんでしょうね」
それに気が付かずに、先輩の希望を叶えようといそいそ買い物に行ってたのよ、そう自嘲気味に言うと「私もしてた」と美紀ちゃんが俯いてしまったのだった。
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