おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

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見苦しい、最低男への断罪1

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「お前、最低だな」

 課長はそう言い捨てると、スクリーンを上げ部屋の明かりを点ける。
 明るくなった筈の室内は重苦しい空気でどんよりと曇っているように感じるけれど、それは私がそういう気持ちになっているからなのだろう。
 金曜の夜から、何度も何度も先輩に呆れ失望したけれど、それでも更に酷い感情があるなんて知らなかった。
 呆れや失望よりも強い感情、憎しみとも怒りとも違う、これは何? どろどろとしていて苦しくて悲しい。
 こんな人を一時でも好きだったなんて、一時でも信用していたなんて。そんな過去けしてしまいたい。
 ぎゅっと、お守りを着けた手首を反対の手で握りしめて、負けないように泣かない様に自分を奮い立たせる。
 私は先輩にはっきり言うって決めたんだ、負けないで卑屈にならないで言うんだ。

「私、証拠撮ってますから、先輩、貯金箱だけでなく金庫にも手をかけましたよね」

 ポケットからスマホを操作し、指紋がついた金庫の扉の写真を見せる。

「そ、それはっ!」
「被害届、警察に出しますから、先輩のしたことは窃盗です。私は借りただけなんて先輩の言葉は認めません」

 貯金箱の指紋は洗い流してしまったけれど、金庫の方はそのまま、寝室のクローゼット中に設置してある金庫に先輩が触れる理由は無いのだから、盗みの意思があったと判断されるだろう。
 実際金庫の扉は開けられていないけれど、盗もうとした事実は残る。

「どういうことだ、三浦さん」
「リビングに置いてあった貯金箱、そこに五百円玉貯金をしていて、先輩はそこからお金を盗んでいたんですけど、それだけじゃなく寝室のクローゼットの中に設置してある金庫にも指紋があったんです。それがこれです」

 私の説明に、先輩はオロオロと「いやでも、開けられなかったし」と白状してから、はっと右手で口を押さえた。

「開けられなかったとしても、盗むつもりはあったんですよね」
「そんなんじゃ、金庫があったから気になって」
「先輩を寝室に入れたことが無いのに、なんでクローゼットの中に金庫があるって知ってたんですか。私はそんな話先輩にしたこともありませんよ」
「それは、あの」

 オロオロと先輩は視線を動かし、ガタガタと体を震わせる。先輩は貧乏ゆすりが癖だ。
 苛々したり、落ち着かない気分の時にこの癖が出るけど、今まさにその癖が出ているのだろう。

「鈴木、三浦さんの部屋を物色したのか? 貯金箱の金を盗み金庫にまで手を掛けたのか?」
「盗んだなんて、借りただけ」
「無断で持って行くのは、借りたとは言わないと思いますし、千円、二千円の端金ならともかく、多分何度も盗みを繰り返しその結果総額五十万以上の盗みですよ。それを借りたつもりは酷いんじゃないですか?」

 冷静にと思いながら、どんどん声が大きくなっていくのが止められない。
 五十万以上の声に、課長は弾かれた様に私を見た気配がしたけれど、そんなことも気にならない位勢いよく美紀ちゃんが立ち上がり、バンッと両手でテーブルを叩く。

「わ、私が渡したお金は何に使ったんですか! 夏と冬のボーナスほぼ全額透さんに渡したのに!」
「え、美紀ちゃん? 先輩、実家暮らしでなんでそんなにお金必要なんです?」

 確か先輩は、口うるさい家族と住んでるから私を家には呼べないって言ってた。
 先輩のご両親もまだ正社員で働いていると言っていたのに、私からお金を盗んだだけじゃなく、美紀ちゃんのお金までなんて、一体どうして?
 だけど、私の疑問はすぐに解消してしまった。

「三浦さん、鈴木は一人暮らしだ。実家は地方だからね」
「嘘、だって家族と住んでるって」

 驚いていたのは私だけ、神田さんと美紀ちゃんは先輩が一人暮らしなのを知っていたのか何も言わない。
 
「先輩、嘘吐いてたんですか」
「透さん、夢のためにお金が必要だっていうのも嘘だったんですか? 今は貯金しないといけないと言うから私自分の食費削って透さんが必要だっていう物買って、ボーナスだって……」
「私と一緒に住む気も無かったの?」

 私、美紀ちゃん、神田さんそれぞれの声が会議室の中に響いて、それを聞いた先輩はすっかり開き直ってしまった。

「そんなの嘘に決まってるだろ。お前らだって薄々気がついてたんだろ。それでも俺に尽くした、馬鹿だよなあ」
「鈴木っ、お前ってやつは!」
「なんですか、課長に関係ないですよね、プライベートのことに首を突っ込まないで下さいよ!」

 課長が声を上げても、開き直ってしまった先輩は動じないどころか言い返す始末で、呆れ返る。
 
「先輩、一体何にお金を使ったんですか? 普通に暮らすなら先輩のお給料で十分やっていける筈ですよね」

 うちの会社、給料もボーナスもそこそこ貰える。勿論大手と一緒というわけじゃないけれど、安月給って嘆く程じゃない。むしろ中小企業としては上の方だと思う。
 確かに先輩が来ているスーツはブランド品じゃないけど、良い物だって分かる。使っている鞄と靴は老舗の革製品を扱っているお店のものだと聞いたことがあるから、身に着けるものにこだわりがあるんだなって思っていた。
 でも、スーツやその他の物って気軽に買い替えるものじゃないから、大金が必要という事じゃない筈だ。
 
「それは……男には付き合いってものが」
「何が付き合いだ。……さて、話は聞いていただけましたか。鈴木社長」

 課長はホワイトボードに画面を向けていたノートパソコンを自分の方に向け、呼びかけた。
 パソコンの画面はWEB会議の画面が出ていて、課長の他にもう一人の名前が出ているのが見えた。 
 
「鈴木、社長って……まさか」

 開き直っていた先輩は、鈴木社長の言葉に顔色が変わる。

『透、お前なんてことを』

 聞いた事がない声が、ノートパソコンから聞こえて来て、その声に先輩は声にならない悲鳴を上げた。 
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