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想定外にも程がある3
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お昼の休憩が終って午後の仕事が始まった。
先輩はしれっと出勤してきて、呑気な顔で隣の席の人と話をしている。
視界の隅に入る先輩の顔、先輩が結婚すると知るまでは、時々視線が合うことが嬉しくてたまらなかったけど、今はほんの少しも見たくないに変わっている。
「……ふう」
キーボードをカタカタと打ちながら、たった数日でこんなに意識が変わってしまったことに驚くとともに、ほんの少しも未練がないのが嬉しいし、そんな自分を誇らしいと思う。
好きだから、不倫でもいいと縋ってしまう程未練があったら、この仕事環境は凄く辛かっただろう。
でも私はすでに吹っ切れている、先輩に今ある感情は、結婚後も上手く付き合っていこうなんて二度と言って欲しくないということと、仕事の後輩で一応は付き合っていた相手が貯めていたお金を盗んだ、最低な行為について謝罪して欲しいってことだ。
でも、この話をどうやってしたらいいんだろう。
出来れば電話とかトークアプリとかじゃなく、先輩の顔を見て言ってやりたいんだけど、もしその為に時間を作って欲しいと言ったら逃げられてしまうだろうか。
考えながら作業を終えたファイルを保存したその直後、パソコンの画面にチャットの画面が表示された。
「……え」
小さなチャット画面、それは先輩から届いたメッセージだった。
(結婚するのやめた。カレンの奴、妊娠嘘だったんだ。あいつ最低だろ?)
パソコンの画面を見て、文字を読んで、小さな「え」という言葉だけですませられた私は凄いと思う。
叫ばなかったのは、驚き過ぎてメッセージの意味が理解出来なかったからだけど。
(どういうことですか)
(あいつ今朝生理になって、流産なのかと俺が慌ててたら妊娠したってのは嘘だったて認めたんだ)
私の返信にすぐに先輩の返事が届く。
花村さんはお祝いの会で、確かに「実は授かり婚なんですよ」と美紀ちゃんに言っていた。
結婚と妊娠のダブルに、私は物凄い衝撃を受けてやけ酒に至ったのだからしっかり覚えている。
(周期が狂ったのを妊娠だって勘違いしただけじゃないんですか? そんなことで結婚止めるなんて花村さんが可哀相じゃないですか)
結婚をするもしないも先輩の自由だと思うけれど、一旦結婚すると決めたのならそんなに簡単に止めるとか言わないで欲しい。
(勘違い? ナイナイ。あいつは結婚したくて嘘ついたんだよ。そう認めたし、だいたい避妊完璧だったのに出来たっていうからおかしいって思ってたんだよ。結婚しちまえばごまかせるって思ってたんだとさ、馬鹿だよな。だからそんな嘘つくやつ信用出来ないから別れようって言ったら、カレンの奴朝から大泣きしてさあそれで遅刻だよ。俺を騙したんだから慰謝料請求するって言ったらさあ、あいつ捨てないでって大騒ぎ、馬鹿だよな。だからこれから由衣とも気兼ねなく会えるから)
もう驚き過ぎてキーボードを打つ手が止まってしまった。
気持ち悪すぎて、ぎゅっと紺さんがくれたお守りをつけた手首を握る。手の平に伝わるお守りの感触、なぜかほんのり感じる温もりに、勇気を貰ってキーボードに手を伸ばす。
(そんな話、聞かされるの迷惑です。私はもう先輩と仕事以外で関わるつもりありませんから。二股しただけじゃなく、お金盗む様な人は信用出来ませんから)
それだけ打って送信し、また縋る様にお守りに触れる。
ほんのり伝わるお守りの温もり、それが私を励ましてくれる。
もう、先輩と関りたくない。
結婚を簡単にするとか止めるとか、別れるからまた私と気兼ねなく会えるとか、先輩の考えを理解したくなくて気持ち悪すぎて涙が出そうになる。
「紺さん、助けて」
お守りをつけた手首をぎゅっと反対の手で握り、そう息だけで呟くと、急にお守りが熱くなった。
「……なっ。鈴木透! これはどういうことだっ!!」
突然課長が立ち上がり、先輩の名前を呼んだから、皆の視線が先輩に向かった。
「え? あれ? まさか」
「何がまさかだ。これはなんだと聞いている!」
普段温厚で怒鳴ったりすることがない課長の大声に、何があったと皆が先輩と課長を交互に見ている。
私もその一人だけど、ふと見ると美紀ちゃんは泣き始めていて、神田さんは顔を真っ赤にして先輩を睨んでいた。
「鈴木、第一会議室予約取るからお前はそっちに行っていろ」
「か、課長。あの」
「誰に送るつもりだったか知らないが、そういうことだ」
課長のその声に、先輩はひっと息を飲み顔色を変えた。
大人しく部屋を出ていく先輩を見送った後あまりの衝撃に数分仕事に戻れずにいた私のパソコンに、課長から(すまないがチャットのログを見た。三浦さんも第一会議室に来て欲しい)とチャットが届いたのだった。
先輩はしれっと出勤してきて、呑気な顔で隣の席の人と話をしている。
視界の隅に入る先輩の顔、先輩が結婚すると知るまでは、時々視線が合うことが嬉しくてたまらなかったけど、今はほんの少しも見たくないに変わっている。
「……ふう」
キーボードをカタカタと打ちながら、たった数日でこんなに意識が変わってしまったことに驚くとともに、ほんの少しも未練がないのが嬉しいし、そんな自分を誇らしいと思う。
好きだから、不倫でもいいと縋ってしまう程未練があったら、この仕事環境は凄く辛かっただろう。
でも私はすでに吹っ切れている、先輩に今ある感情は、結婚後も上手く付き合っていこうなんて二度と言って欲しくないということと、仕事の後輩で一応は付き合っていた相手が貯めていたお金を盗んだ、最低な行為について謝罪して欲しいってことだ。
でも、この話をどうやってしたらいいんだろう。
出来れば電話とかトークアプリとかじゃなく、先輩の顔を見て言ってやりたいんだけど、もしその為に時間を作って欲しいと言ったら逃げられてしまうだろうか。
考えながら作業を終えたファイルを保存したその直後、パソコンの画面にチャットの画面が表示された。
「……え」
小さなチャット画面、それは先輩から届いたメッセージだった。
(結婚するのやめた。カレンの奴、妊娠嘘だったんだ。あいつ最低だろ?)
パソコンの画面を見て、文字を読んで、小さな「え」という言葉だけですませられた私は凄いと思う。
叫ばなかったのは、驚き過ぎてメッセージの意味が理解出来なかったからだけど。
(どういうことですか)
(あいつ今朝生理になって、流産なのかと俺が慌ててたら妊娠したってのは嘘だったて認めたんだ)
私の返信にすぐに先輩の返事が届く。
花村さんはお祝いの会で、確かに「実は授かり婚なんですよ」と美紀ちゃんに言っていた。
結婚と妊娠のダブルに、私は物凄い衝撃を受けてやけ酒に至ったのだからしっかり覚えている。
(周期が狂ったのを妊娠だって勘違いしただけじゃないんですか? そんなことで結婚止めるなんて花村さんが可哀相じゃないですか)
結婚をするもしないも先輩の自由だと思うけれど、一旦結婚すると決めたのならそんなに簡単に止めるとか言わないで欲しい。
(勘違い? ナイナイ。あいつは結婚したくて嘘ついたんだよ。そう認めたし、だいたい避妊完璧だったのに出来たっていうからおかしいって思ってたんだよ。結婚しちまえばごまかせるって思ってたんだとさ、馬鹿だよな。だからそんな嘘つくやつ信用出来ないから別れようって言ったら、カレンの奴朝から大泣きしてさあそれで遅刻だよ。俺を騙したんだから慰謝料請求するって言ったらさあ、あいつ捨てないでって大騒ぎ、馬鹿だよな。だからこれから由衣とも気兼ねなく会えるから)
もう驚き過ぎてキーボードを打つ手が止まってしまった。
気持ち悪すぎて、ぎゅっと紺さんがくれたお守りをつけた手首を握る。手の平に伝わるお守りの感触、なぜかほんのり感じる温もりに、勇気を貰ってキーボードに手を伸ばす。
(そんな話、聞かされるの迷惑です。私はもう先輩と仕事以外で関わるつもりありませんから。二股しただけじゃなく、お金盗む様な人は信用出来ませんから)
それだけ打って送信し、また縋る様にお守りに触れる。
ほんのり伝わるお守りの温もり、それが私を励ましてくれる。
もう、先輩と関りたくない。
結婚を簡単にするとか止めるとか、別れるからまた私と気兼ねなく会えるとか、先輩の考えを理解したくなくて気持ち悪すぎて涙が出そうになる。
「紺さん、助けて」
お守りをつけた手首をぎゅっと反対の手で握り、そう息だけで呟くと、急にお守りが熱くなった。
「……なっ。鈴木透! これはどういうことだっ!!」
突然課長が立ち上がり、先輩の名前を呼んだから、皆の視線が先輩に向かった。
「え? あれ? まさか」
「何がまさかだ。これはなんだと聞いている!」
普段温厚で怒鳴ったりすることがない課長の大声に、何があったと皆が先輩と課長を交互に見ている。
私もその一人だけど、ふと見ると美紀ちゃんは泣き始めていて、神田さんは顔を真っ赤にして先輩を睨んでいた。
「鈴木、第一会議室予約取るからお前はそっちに行っていろ」
「か、課長。あの」
「誰に送るつもりだったか知らないが、そういうことだ」
課長のその声に、先輩はひっと息を飲み顔色を変えた。
大人しく部屋を出ていく先輩を見送った後あまりの衝撃に数分仕事に戻れずにいた私のパソコンに、課長から(すまないがチャットのログを見た。三浦さんも第一会議室に来て欲しい)とチャットが届いたのだった。
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