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想定外にも程がある1

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 先輩と話をする。
 貯金箱にいくら入っていたのか、正確には分からないから全額返せとは言わない。
 最悪返金は無しでも、とにかく謝罪して欲しい。
 あと、自分は結婚するけど、これからも上手くやっていこう。なんてふざけた事は二度と口にしないで欲しい。私は先輩みたいなクズじゃない。
 私の言いたいことをまとめると、こんな感じだ。
 冷静に私はこれらを告げて、謝罪してもらう。
 あ、もう一つあった。
 仕事以外の話はもうしたくないから、声を掛けないで欲しい。
 私や美紀ちゃんは、先輩や他の営業さん達の仕事のアシスタントをするのか仕事だ。
 だから、先輩の仕事を私的な理由で引き受けないなんてことは出来ない。
 本心ではやりたくないけれど、仕事とプライベートを混同するのは駄目だと思うから、そこは大人になって割り切るつもりだ。

 自分の気持ちを整理したし、先輩が出社したら休憩時間に会議室に行って話をする。
 そう決意していたのに、なんと先輩は十時を過ぎても出社していない。
 遅刻すると連絡があったのは課の朝礼で課長が言っていたけれど、何かあったのだろうかと気になって仕方がない。

「三浦さん、申し訳ないんだけど先週作って貰った見積書に商品追加して欲しいんだけど頼める? リストはフォルダに入れたから」

 パソコンの画面の下の時計をチラチラ見ながら、課内共有の進捗リストを確認していると、突然課長から声を掛けられた。

「はい、対応出来ます。追加品の納期の確認は終わっていますか?」

 課長は納期確認は自分でする人だけれど、念の為に確認すると当然とばかりに頷いた。

「それは大丈夫、見積り済のと同納期で対応してもらえる様にしてあるから」
「同納期ですね。分かりました、すぐに取り掛かります」

 今私が受け持っている仕事で急ぎのものはないから、見積書を先にやっても大丈夫。
 進捗リストを見ながら、頭の中で仕事の段取りを決め返事をすると「助かる、よろしくな」と課長はご機嫌な様子で自分の机に戻って行った。

「見積書作成中、納期は確認済と」

 進捗リストにコメントを入れて、ファイルを保存して閉じる。
 これはだいぶ昔に、仕事を一人で抱え込んでパンクしちゃった人がいた為に出来た、課内の情報共有ファイルだ。
 誰が今何の仕事をして、どの程度それが進んでいるか、いつまでに何をやらないといけないか、なにかボトルネックになっているものがないか等を一目で確認出来る。
 アシスタント業務をする上で、このリストの存在はかなりありがたいものだけど、ちょくちょくファイルを開いて内容を更新しないといけないのは手間でもある。
 先輩はこれをよく忘れるから、大変だった。
 それをフォローして、先輩に「助かる!」と喜んでもらえるのが嬉しかった過去の私はかなり目出度い人間だった。
 そうだ、先輩はやらなきゃいけない事を、手抜きしまくる人だった。
 なんでそれを私はフォローして、自分がやらなくていい仕事を増やしてたんだろう。

「馬鹿すぎ」

 ポツリと呟き、手首のお守りに触れる。
 お守りは何故か少し熱を持っていて、その温度が自分の馬鹿っぷりに落ち込んで俯きたくなっている私を慰めてくれている気がする。
 落ち込んでても仕方ない、過去は過去。
 私は未練も何もかも、髪と一緒に切り捨てたんだから、堂々と顔を上げて前に進んだから。
 
「追加品、追加品っと」

 わざと明るい声を出しフォルダを開くと、「三浦さん、今日珍しく元気ね。髪切ったせい?」なんて声が少し離れた席から聞こえて来た。

「え?」
「今までなんか暗かったし、その位明るい方がいいわね。その髪型小学生みたいで可愛いわ」

 トゲがいくつもあるような言葉、それは神田さんから出ていた。

「……小学生は若返り過ぎですけど、可愛いと褒めていただけて嬉しいです」

 言葉のトゲには気が付かないふりをして、ニコリと笑って受け流す。
 神田さん、いつもは男性社員がいる時は嫌味とか言わないのに、今日は余程機嫌が悪いのか、それとも私が何か気に障ったのか。
 分からないけれど、こんな嫌味程度先輩のクズっぷりに比べたらなんでもない。
 この程度じゃ、私は気に病んだりしない。

「褒めて……可愛いは褒め言葉か、チッ、可愛いし似合ってるわよ!」

 リアルに舌打ちする人なんて初めて見たかもしれない、そして神田さんは何が言いたいのか良く分からなくて、困惑してしまう。

「あ、ありがとうございます?」
「ウンウン。三浦さんその髪、私も似合ってると思うよ。あ、これはセクハラに入らないよね?」
「課長、気にしすぎっす」
「いやいや、コンプラ最近社内の厳しいから気にするっしょ。でもオーケーだと思います!」
「あはは、なら良かった。さあさあ仕事仕事!」

 戸惑いつつお礼を言った私に、課長が軽口を言いそれに乗るように部屋のアチコチから声が上がる。

「ふん」

 神田さんが苛立ちを表す様にキーボードを乱暴に叩く、カチャカチャという音を聞きながら私は課長に目礼すると、課長は目を細め小さく頷いた。

(気にすることないよ、神田さんご機嫌ナナメなだけだから。髪型可愛いよ! イメチェン大成功だと思うーー!)

 パソコンの画面に、美紀ちゃんからチャットのメッセージが届き(ありがとう!)と返す。
 神田さんの嫌味に傷付いたわけじゃない。
 人目があるところで、何がしたいんだろと思う程度だ。今までなら、自分が何かしたんだろうかと気にしていたと思うのに、トゲのある言葉を発した神田さんより、気遣ってくれた課長達への感謝の気持ちの方が上回る。
 そういう意味では私は、ちょっとだけ強くなったのかもしれない。
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