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管理人さんも喜んでくれたらしい
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「こんなに沢山頂いてしまって本当にいいんでしょうか」
洋服の査定が終って、結局私が処分しようとしていた服は全部買い取って貰えることになった。
二人で洋服が入った袋を両手に持ち、今村さんは私が焼いたお菓子が入った袋も抱えている。
「ええ、おやつに食べて貰えたら嬉しいです」
「嬉しいです。大切に頂きますね」
重い袋を持ちながら、今村さんが嬉しそうに微笑むから私も嬉しくなる。
今村さんとはすっかり仲良くなって、楽しくおしゃべりしながら一階まで下りて来ると管理人さんが入り口のガラスを拭いていた。
いつも指紋一つなく綺麗なガラスは、自動ドアだからなのもあるのかと思っていたけれど、こうやって管理人さんが綺麗にしてくれていたんだろう。
「おや、お出かけですか? 凄い荷物ですね」
「ええ、今村さんに買い取って頂いたものをお店に持って行くところなんです」
「そうですか、じゃあ私も持って行きましょう。あ、台車がありますからそれで運びましょうか」
そう言うと管理人さんは、私の返事を待たずに管理人室に入って行ってしまった。
「え、管理人さん……いいのかしら?」
「あの人が自分から言いだした時は遠慮せず、それから出来たら管理人さんではなく近田さんと呼んであげて下さいませんか」
「え、いいんですか?」
「はい。管理人というのは役割で名前は個人を表すもの。呼んで貰えるのは嬉しいものです」
確かに管理人さんより、近田さんの方が親しい様な気になる。
「それなら、遠慮なく」
「はい」
頷く今村さんは何だかとっても嬉しそうで、今日出会ったばかりなのに仲良くなれて嬉しいなって思う。
働き始めてから、会社の人以外と知り合うことが無かったけれど、ここに来て紺さんや今村さんと知り合えたし挨拶以外していなかった管理人さんとも話をするようになった。
その切っ掛けが先輩というのはあれだけど、新しい出会いはとても嬉しい。
「どうかされましたか?」
「いえ、管理人さんにいきなり近田さんなんて言ったらびっくりしそうだなって」
「ふふふ、それはそうですね。でも嫌がることはありませんよ。私が保証します」
今村さんと近田さんはとても親しいのかもしれない、自信ありげに胸を張っている今村さんを見るとそう感じる。
「お待たせしました」
管理人さんこと近田さんは、台車を押しながら管理人室から出て来た。
マンションの管理人さんが台車を使うのってどういう時なのか分からないけれど、洋服が大量に入った袋は結構の重さになっていたからとても助かる。
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ、台車拭いてありますのでそのまま置いて下さい」
態々台車を綺麗にしてくれたと知って内心驚きながら、有難く袋を台車に載せる。
洋服の袋は全部載せられて、私と今村さんの手にはそれぞれ紙袋が一つずつに残った。
「そちらも載せましょうか」
「いえ、これは、あの、甘い物ってお好きですか? クッキーと簡単なケーキとどら焼きなんですが」
「え、あの、私にですか?」
紙袋を近田さんに差し出すと、戸惑った顔で近田さんは私と今村さんの顔を交互に見た後で、「……まさか」と呟いた。
「私も頂いたんですよ。先程焼き立ても頂いたのですが、とても美味しかったです」
焼き立てクッキーは冷たい牛乳と一緒に食べたのだけど、あの時「これは幸せの味です」と食べ終わった後で今村さんはどこか遠くを見ている様な様子で言っていた。
今も似た様な顔で近田さんに言っているけれど、今村さんは甘いもの大好きなんだろうか。
「それは、あの、頂いていいのなら是非っ! あ」
是非の声が玄関ホールに響く。
言った本人もびっくりする程の大きな声で、ついビクッと震えてしまう。
「すみません、驚かせてしまって」
「いえいえ、お口に合えば嬉しいです」
所詮素人作の出来栄えだけど、喜んでもらえたら嬉しいに決まってる。
「口に合わないわけないですよ。私は物凄く口に合いましたから、本当に幸せの味でした。まだそれがここにあると思うと本当に嬉しいです」
細い目をより細めて今村さんは紙袋に頬擦りし、それを見た近田さんはごくりと喉を鳴らした。
「あの、今一つ頂いても」
「え? ええ、立ったままで良ければどうぞ」
まだ受け取って貰えていなかったから、立ったままでも食べやすいだろうクッキーが入ったジッパー付きの保存袋を取り出してジッパーを開いてから袋を差し出す。
「い、頂きます」
恐る恐るという風に近田さんは手を伸ばしクッキーを一枚取り出すと自分の顔に近付けて、くんと匂いを嗅いだ。
「いい匂いです」
「早く食べて下さい」
なぜか今村さんは近田さんを急かしながら、紙袋を抱きしめている。
「……美味しい」
小さく齧った後で、近田さんは驚いた様に一瞬目を見開き、もう一度齧って今度は目を瞑って飲み込んだ。
「美味しいです。……とても美味しくて、幸せの味です」
そんな凄いものじゃないのに、近田さんはそう言いながら残りのクッキーを食べる様子を、今村さんは「分かります、美味しいですよね。幸せですよね」と頷きながら見つめていた。
洋服の査定が終って、結局私が処分しようとしていた服は全部買い取って貰えることになった。
二人で洋服が入った袋を両手に持ち、今村さんは私が焼いたお菓子が入った袋も抱えている。
「ええ、おやつに食べて貰えたら嬉しいです」
「嬉しいです。大切に頂きますね」
重い袋を持ちながら、今村さんが嬉しそうに微笑むから私も嬉しくなる。
今村さんとはすっかり仲良くなって、楽しくおしゃべりしながら一階まで下りて来ると管理人さんが入り口のガラスを拭いていた。
いつも指紋一つなく綺麗なガラスは、自動ドアだからなのもあるのかと思っていたけれど、こうやって管理人さんが綺麗にしてくれていたんだろう。
「おや、お出かけですか? 凄い荷物ですね」
「ええ、今村さんに買い取って頂いたものをお店に持って行くところなんです」
「そうですか、じゃあ私も持って行きましょう。あ、台車がありますからそれで運びましょうか」
そう言うと管理人さんは、私の返事を待たずに管理人室に入って行ってしまった。
「え、管理人さん……いいのかしら?」
「あの人が自分から言いだした時は遠慮せず、それから出来たら管理人さんではなく近田さんと呼んであげて下さいませんか」
「え、いいんですか?」
「はい。管理人というのは役割で名前は個人を表すもの。呼んで貰えるのは嬉しいものです」
確かに管理人さんより、近田さんの方が親しい様な気になる。
「それなら、遠慮なく」
「はい」
頷く今村さんは何だかとっても嬉しそうで、今日出会ったばかりなのに仲良くなれて嬉しいなって思う。
働き始めてから、会社の人以外と知り合うことが無かったけれど、ここに来て紺さんや今村さんと知り合えたし挨拶以外していなかった管理人さんとも話をするようになった。
その切っ掛けが先輩というのはあれだけど、新しい出会いはとても嬉しい。
「どうかされましたか?」
「いえ、管理人さんにいきなり近田さんなんて言ったらびっくりしそうだなって」
「ふふふ、それはそうですね。でも嫌がることはありませんよ。私が保証します」
今村さんと近田さんはとても親しいのかもしれない、自信ありげに胸を張っている今村さんを見るとそう感じる。
「お待たせしました」
管理人さんこと近田さんは、台車を押しながら管理人室から出て来た。
マンションの管理人さんが台車を使うのってどういう時なのか分からないけれど、洋服が大量に入った袋は結構の重さになっていたからとても助かる。
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ、台車拭いてありますのでそのまま置いて下さい」
態々台車を綺麗にしてくれたと知って内心驚きながら、有難く袋を台車に載せる。
洋服の袋は全部載せられて、私と今村さんの手にはそれぞれ紙袋が一つずつに残った。
「そちらも載せましょうか」
「いえ、これは、あの、甘い物ってお好きですか? クッキーと簡単なケーキとどら焼きなんですが」
「え、あの、私にですか?」
紙袋を近田さんに差し出すと、戸惑った顔で近田さんは私と今村さんの顔を交互に見た後で、「……まさか」と呟いた。
「私も頂いたんですよ。先程焼き立ても頂いたのですが、とても美味しかったです」
焼き立てクッキーは冷たい牛乳と一緒に食べたのだけど、あの時「これは幸せの味です」と食べ終わった後で今村さんはどこか遠くを見ている様な様子で言っていた。
今も似た様な顔で近田さんに言っているけれど、今村さんは甘いもの大好きなんだろうか。
「それは、あの、頂いていいのなら是非っ! あ」
是非の声が玄関ホールに響く。
言った本人もびっくりする程の大きな声で、ついビクッと震えてしまう。
「すみません、驚かせてしまって」
「いえいえ、お口に合えば嬉しいです」
所詮素人作の出来栄えだけど、喜んでもらえたら嬉しいに決まってる。
「口に合わないわけないですよ。私は物凄く口に合いましたから、本当に幸せの味でした。まだそれがここにあると思うと本当に嬉しいです」
細い目をより細めて今村さんは紙袋に頬擦りし、それを見た近田さんはごくりと喉を鳴らした。
「あの、今一つ頂いても」
「え? ええ、立ったままで良ければどうぞ」
まだ受け取って貰えていなかったから、立ったままでも食べやすいだろうクッキーが入ったジッパー付きの保存袋を取り出してジッパーを開いてから袋を差し出す。
「い、頂きます」
恐る恐るという風に近田さんは手を伸ばしクッキーを一枚取り出すと自分の顔に近付けて、くんと匂いを嗅いだ。
「いい匂いです」
「早く食べて下さい」
なぜか今村さんは近田さんを急かしながら、紙袋を抱きしめている。
「……美味しい」
小さく齧った後で、近田さんは驚いた様に一瞬目を見開き、もう一度齧って今度は目を瞑って飲み込んだ。
「美味しいです。……とても美味しくて、幸せの味です」
そんな凄いものじゃないのに、近田さんはそう言いながら残りのクッキーを食べる様子を、今村さんは「分かります、美味しいですよね。幸せですよね」と頷きながら見つめていた。
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